291話【からそら】
『――全く』
翅を失い、地さえ無い空へと墜ちていく蟲共。
振り翳された蒼天、舞い躍る円環剣、一閃の度に空は晴れていく。
『この程度で――嫌がらせになるとでも?』
どうせ聞いているだろう?
軽い挑発に、応じる声は無く。
今や長蟲の群れはとうに存在せず。
敗残蟲が無様に散り逝くばかりだ。
わざわざ、【魔物】を減らして何になる?
[消滅への中途に在る]くせに、[窮すれば鈍ずる]か?
[何かの策]とも思えない。
ただの――浪費だ。
……いや。
むしろ――
『――』
最後に残った一匹が――ボクの背後から、襲いかかるのが見える。
「ッ!!
ダメぇーッ!!」
一閃――否、僅かに乱れて二閃。
[最後の一匹]は、アルルの双剣によって十字に引き裂かれた――のを、確認し――振り返る。
『――少しは、慣れましたか?』
「……え?」
『お見事です、良い斬撃でした』
「え、ええと――?
ありがとう、ございます……?」
{困惑}気味に、少女は頷く。
些か頼り無さげではあったが――それなりの修練は経ているらしい。
『今ので――最後のようですね』
「そうなんですかね?
えっと、たぶん――」
――増援は、無しか。
逐次投入、というわけでもないのか。
ただ徒に戦力を消耗している訳ではない、とすると。
――[倒させること]に、意味があった?
それにしては――何の仕込みも見受けられない。
死骸を活用した罠や、呪詛の類いも無い。
――揺さぶりを、かけてみるか?
空を睨み――語りかける。
『――そろそろ、出てきたらどうです?』
「えっ!?」
『……』
――沈黙か。
女神の応える声はなく――姿も、現そうとしない。
アルルは不安げに、きょろきょろと辺りを見渡している――
――少しばかり、時間が経過する。
だが、返答も、増援も、[次なる一手]の一つも来やしない。
『……』
――現そうとしない、のではなく。
現せない、とすれば?
「あの……あの、メガリスさん」
『どうしました? アルル』
「ここに、[空の女神]がいるんです――よね?」
『……その筈です、恐らくは』
――全く。
何処に、消えてしまったというのか――
「なんていうか、その――
本当に、いるんでしょうか?」
『捕らえたものが――女神ではなかった、と?』
「いえ、いいえ、そうじゃないんです。
なんとなく、雰囲気は似ていましたし、けど――」
言葉は、幾らか曖昧で、弱々しく。
だが少なくとも、欠片ほどの{確信}を以て言ってのける。
「なんていうか――薄いんです。
その……[気配]、みたいなものが」
『……』
――気配の、薄さ。
存在の――希薄化。
だとすれば、やはり――
「――?
どうか、したんですか、メガリスさん……?」
『……離れていてください、アルル。
ひとつ、思いついたことがあります』
「え?
――あっ、はい」
姿を――"現さない"のではなく、"現せない"。
"戦力を浪費"しているのではなく――"制御できていない"。
――〓〓は、如何なる■■か?
『――!』
"死の途上に在る"はずの空は――
『――そうだ』
――既に、死の最中にある――
――ならば。
可能な筈だ、当機になら。
死に逝く神を繋ぎ止める――傲慢なる神の御業を!
『――[鉄血最大展開]!』
虚空に満ちる空の残滓を――空そのものを――掻き集め、捕らえ、一塊にしていく――
「ひゃあっ!」
空が薄れ、掻き消え――ボクの虚空が再び、虚無に満ちる。
『――!』
手のひらに浮かぶ、空色の球体。
そこには確かに――脈動がある。
――私は、お前を止められなかったが――
――私がお前を、留めてやろうじゃないか!
『 ――【強制増設・全工程】!! 』
虚無の器に、空色と銀色とが混ざりあい――現れたのは。
――嗚呼、然り。
紛れもなく神だった――




