290話【ぼくらのせかい】
『これは――』
――見渡せば――一面の、空。
嗚呼――
空間は既に、虚空に非ず。
どこまでも青く澄み渡る――空。
大気が流れ、雲が流れ――眩いほどの陽光に満ち溢れている。
――成程。
この浮遊島世界において、【空】は【虚空】と共にある存在だ。
ならば、【空の女神】が――[封印櫃内部空間]を[自分の領域]に書き換えたとしても、何もおかしくはない。
――だとすれば。
この空間は、おそらく――
【空の女神】の[内包世界]
――そう考えざるを得ない。
ならば大地の時のように。
本体というべき人型実体が、どこかに存在しているはず――
「――あの、メガリスさん?」
『どうしました? アルル』
アルルはゆっくりと指を伸ばし、雲の途切れる辺りを指し示す。
「あれ、何でしょう――?」
見れば雲の切れ間に、なにやら浮いているものがある。
――何でもない、ということはおそらくあり得ない。
空の女神は、そういうやつだからだ。
『――確認します。
アルル、付いてきてください』
「あっ、はい――」
ゆらりと、ふわりと。
アルルは、翼も出さずに飛翔する。
空に――適応している。
ごく自然に、それが当然だとでも言うように。
――ならば。
彼女は、やはり――
――[空に在って然るべき神格]
そういうことになる。
尤も、それは[月は空に在りて]なのだが――
――だからこそ、ボクの化身は。
最初から、翼もなしに飛翔できたのだろう。
雲の裂け目を覗き込み――現れた存在は――
『ッ!?』
「――なんでしょうね、これ?」
『……触らないでください、アルル。
これは――』
一見する限り――よく似ている。
――【楔】に。
――だが、それは楔ではない。
楔ではない。
ならば、誰のものか?
――知れたこと。
ボクは{おそらく}と前置き、アルルに話しかける。
――[空楔]について。
『空の女神の――置き手紙、のようなものでしょう』
「空の、女神様の――?」
楔めいたそのひどく捻れた金属に――〓〓が、刻まれている。
文字は当然、ボクの知る文字ではない。
ヘルに教わった、[この世界の言語]ともかけ離れている。
――だが。
――私は、〓〓を読むことが出来る――
{やあ、大地の}
{非道いことするよね、きみ}
{そっちがその気だっていうのなら}
{僕の落とし子どもが相手になろうじゃないか!}
{さぁ、おいでよ!}
{ぼくらのせかいにご招待さ!}
{親愛なるきみの神様より}
『!』
読み終えた瞬間――雲の中から、無数の影が姿を表す!
「め、メガリスさん――!」
『……囲まれた、か』
今や懐かしき【魔物】共――空を埋め尽くさんばかりの長蟲の軍勢。
ぎちぎちと噛み鳴らす耳障りな合奏と共に、見苦しい羽音を掻き鳴らす。
雲が裂け大気が乱れ陽光を遮る暗雲めいた蟲群は。
宛ら雷でも振り下ろすかの如く、轟音と共にボクらへ襲い掛かってきた――
――全く。
馬鹿馬鹿しい――




