285話【螺旋を下る】
帰還、帰投、帰陣――今ふたたびの、指揮室。
念のため、艦外装部に幾らかの鉄血を残してあるが。
[本体というべき機体]は現在、[潜空艦指揮室]にいる。
「――大丈夫か、メガリス」
『ええ、ヘル。
――問題ありません』
「話には聞いていたが――あれが、【王】か。
[記録・記憶]を喰らう、奈落の――【魔物】」
ゆっくりと頷くと――他方からも、声。
「――そうだ、ヘレノアール」
モニタ越しに応じた――長兄だ。
「だが、奴らが……浅層に、[稼働船体完全支配下]で現れるとは」
「危険――なのでしょうね」
ヘルの言葉に、重々しく頷く長兄。
「……ああ。
浅層で[この状況]なら――深層はどうなっていることか」
「――! それは――」
――ふむ。
これは一応、進言しておくべきか――
『――計画の、変更。
あるいは、それも視野にいれるべきでは』
「同感だ、メガリス」
長兄が同意を示し、続けて意見を述べる。
「だが、逆に言えば――
これほどの異常事態を、放置したままに帰還するのは――些か、危険に過ぎる。
そうは思わないか?」
『――同感。
少なくとも、原因を探る必要があるかと』
不意に――甲高い声が響く。
[> 原因といえば――あれ、どうするのです? <]
イルが示したのは――沈みゆく、敵船。
巣食っていた【王】どもは去った。
……何か、手がかりになるようなものがあるだろうか。
――この距離であれば、まだ――
『……回収、しますか?』
外装部の鉄血で流銀を展開し、回収することは可能だろう。
だが――
「――いや、やめておいた方がいいだろう」
「何故です、お兄様」
「王が巣食っていた以上――残骸に航行記録の類いは残っていない。
というよりも――[船内で何が起こったか]、あらゆる痕跡が失われているだろう」
――!
王が[記録]を奪っていくのであれば――記録は、[電子的情報]だけではなく――
『――まさか。
血痕や、書き置きのような情報まで?』
「……そういうことだ。
残骸から手がかりを得ることは出来ん。苦々しいことにな」
――なんともはや。
想像以上に厄介、そう言い表さざるを得ない。
一切の情報的痕跡を残さず、[何らかの行為]を成す。
やはり、何と言うか――作為的に過ぎる。
――作為。
言い換えるならば――
――[王本体ないしは製作者]には、悪意がある――
警戒が、必要だ。
さしあたって――当面の対策は、不足そのものだ。
[大規模閃光]は未だ練度不足だ。
不意を打たれた場合――些か、心許ない。
いっそのこと、[常夜灯のようなもの]を設置してしまおうか。
……検討の余地はある。
外の鉄血を、少し組み替えてみるか――
[* ――皆様方。
よろしいでしょうか?]
「[状況確認]、オーチヌス?」
艦からの声。
応答したのは、控えていたフルカだ。
[* 主砲の冷却が完了しました。
次の階層へと向かいましょうか?]
{いかがいたしましょうか}と問うように、ヘルへと視線を向けるフルカ。
「……兄様?」
ヘルは水晶版を見遣り、長兄の意見を伺う。
尤も――既に、腹を決めている様子だが。
「先に進むとしよう。
そうでなければ――来た意味がない」
「――ええ!」
ヘルはゆっくりと頷くと、フルカの方へ視線を向けた。
「フルカ、砲撃指示を」
「はい! オーチヌス、[第二層突破砲撃]!」
[* ――[了解]
目標、[第二層指定地点]
【一角穿孔砲】...
――発射! ]
重々しき空気の層を、貫く一角。
大渦に導かれ――艦は、さらなる深層へと突き進んでいった――




