273話【見えざらぬもの】
[> {[代替模倣]
――[再現分析]――
[複写再演]――}...[暫定承認]
術式行使、即ち斉術――【壺中天変】 <]
『――!』
彼女の掌に生じた球体が裏返り――
――周囲の空間が、一変する。
暗転、明転、繰り返して数度。
現れたのは――然り、奈落の模造品。
『これは――』
――おそろしく澄んだ水色。
仄かに蒼く、幽かに碧く。
空という概念を希釈し、薄く薄く引き伸ばしたかのような――限りなく、無色透明。
――少しばかり、意外だ。
奈落などと呼ばれているぐらいだから、むしろ海底めいた暗黒を想定していたのだが。
――考えうるに、どうやら。
[空の女神]なるものは[光明をもたらす存在]であるらしい。
それらしき気配がないのは――
やはり、模造された仮想空間であるがゆえだろうか。
周囲を、見渡す。
目につくのは――散乱する、瓦礫の山。
小惑星帯めいて、金属質の瓦礫が散在する。
形状は様々だ。
もはや原型など想像できない片鱗、竜骨めいた残骸、拉げ捻じれた鉄の箱。
織り成し群れ成し――奇怪な大河を構成している。
『……?』
――身体が、重い。
奈落は超重力圏だと聞いていたが――その割には、[行動可能重量]。
――ただ。
どこまでも、落ちていくような感覚。
おそらく、周囲の瓦礫も共に――ゆっくりと落下しているのだろう。
[> ――あー、やっぱり!
大丈夫そうですね、よかったのです! <]
『……イル、ここは――』
――{どの程度、深い位置にあるのか?}と問いかける。
この程度の圧力であれば――おそらく、今までの艦でも突破可能であろうからだ。
ならば奈落には、この空間より深部がある筈――
[> ああ、それなら――
ここは浅い層なのですよ。
深層はもっと重くなるのです。 <]
ついでのように、{このあたりから、物質が落下速度激減する}と付け加える。
――そういえば。
『――王とやらは、何処にいるのでしょうか?』
[> ……?
いるじゃないですか、そこかしこに。 <]
『――!?』
感知器に――反応はない。
何らかの迷彩機能か? あるいは熱源でも電磁発信源でもなく――
[> あれらは感知器には無反応です。
王を感知するには――[視覚機器]だけです。 <]
『……っ!』
目を真開き――周囲を、見渡す。
――それは、いた。そこかしこに。
見渡した瓦礫の影に、表に、裏に、真横に。
何もない中空に、さっきまで居た足元に、そしていま眼前に。
幾つもの小さな羽虫を、縦に繋いで首飾りにしたような。
ひどく均一な翅と脚、目や口などは見当たらず。
晴れた日に見える眼球内のうねうねのような、蝿の残像のような、或いは単に――長蟲のような。
得体の知れない、黄色く光る、半透明の――
――【奈落の王】は、遍在した。




