269話【港に響く竜の声】
あまり長くない――短い、旅。
今までの長旅と比較すれば、遥かに短時間の船旅。
森深き、子爵領を大きく横切って。
やがて森林は途切れ、現れたのは――
『――港――』
一面に石畳が敷き詰められた、港湾都市だった――
「――さて、着いたな。
皆は――大丈夫、だな?」
ヘルの問いかけに――{平気だねェ}{うん}{はーい!}{は~いっ!}{大丈夫だヨー☆}{べべ別に心配しなくても――}{ぼくを何だと思ってんのさ}{あ、はいっ大丈夫ですー}――と、各人各様の返事を返す。
『――肯定、問題ありません』
「そうか、なら着陸するぞ。
――フルカ!」
「はいっお嬢様!
艦、着艦ー!」
[* 了解―― ]
空に面した港に、ゆっくりと近づいていく。
見れば、港には――他にも、幾つかの[渡空挺/潜空艦]が係留されている。
河豚めいた丸い魚のような形、四枚羽根の鳥のような形、迷彩飛行機めいた鏃のような形。
――多種多様な艦艇が、あるものだな。
『……?』
――小箱。
何者かからの、通信。
――宛先はおそらく、ボクではなく――艦宛、だ。
[ 着艦を確認。]
[ 所定の手続きは、通信にて完了しました。]
[ ようこそ[冥界越える鯨の歌]号。]
[ [子爵領・辺境領]は、貴艦を歓迎します。 ]
――ふむ。
この港の――管理機人か、何かだろうか。
[* [問題なし]]
通信を正しく受けとった艦が、フルカの端末に表示したようだ。
「――はいっ、着艦完了ですっ!」
「ああ。
ひとまず、これでいいだろう――」
展開された舷梯を渡り――港の、石畳を踏む。
徐に、振り返る。
港に係留された――艦の姿。
当然ながら、ひどくしっくり来る。
「よし、行くぞ」
『――まずは、どちらへ?』
「アヴ兄様の城塞へ、だ。
まずは、挨拶をしなければ」
『――城塞、ですか?』
「そうだ。
前も聞いただろうが、ここは前線で――」
――!?
突如、けたたましく鳴り響く警報音!
慌ただしくざわめく雑踏! 有象無象が{何事か}と右往左往する!
可能な限り拾える音をかき集め、重なる単語は――{空賊}の{襲撃}!
見上げれば列を成す羽虫めいた小型機の集団!
ひどく不揃いな駆動音を撒き散らしながら、自らの存在を誇示するように変則飛行する!
「……なにかあったようだな」
『空賊、とのことです。
――出撃しますか?』
「――いや、いい。
おそらく、あの程度なら――」
不格好な威嚇射撃を一通りやり終えた小型機は、今日の獲物にありつくべく急降下!
係留された船舶目掛け急襲を仕掛け――
――当に、その瞬間!
『――あれは!」
恐ろしく澄んだ色の――熱線!
狙いに寸分の狂いもなく解き放たれた灼熱の吐息は一息、正に一息に空賊共を薙ぎ払い――
――跡形もなく、吹き飛ばした――
『――確か』
見たことがある。
穢焔の残滓を跡形もなく吹き飛ばした、巨大赤色機械竜の――
――それと、少しだけ。
九頭邪竜の熱線とも、似ている――ような、気がする。
「やはり、お忙しいようだな――アヴ兄様は」
『となれば、熱線は竜人機が?』
「――ああ、会ったことがあるのか。
それなら、話が早い」
『はい。以前、戦闘中に』
「アヴ兄様の相棒にして、辺境領最強戦力の一機。
竜人機――[イルファン=フーグヴァ]
彼女が居る限り――兄様が負けることなど想像もできないな」
少しばかりの{羨望}、紛れもない{敬意}。
そんなヘルの横顔に――少し、{〓〓}を覚える。
『……ヘル。
当機も貴女に、常勝を齎せますよ?
望むのであれば――[勝利の上の勝利]も』
ヘルは少しハッとした様子を見せると、{慈しみ}を込めてボクを見た。
「ふふ――そうだな、メガリス。
私の、[勝利の女神]――」
『――[勝利の女神]も、悪くないかもしれませんね――』
改めて、見上げた空。
澄み渡るような青空に、筒状に削れた雲が浮かんでいた――




