264話【アビス】
ひどく{深刻}な語調、[未所有情報]の[名称]。
どこか名状しがたい[奇妙な感覚]に、応えるのは静寂だけ――
『▼ ――奈落、だと!? 』
大声で、叫んで見せる巫女。
どこか大仰で、わざとらしく――少しばかり、胡散臭い。
『知っているのですか、メシュトロイ?』
『▼ ――いいや?
知るもんか、ちょっと{驚いて}みせただけさ。 』
まさか。
馬鹿馬鹿しい――そんな筈が、あるものか。
『――{虚偽}、ですね。
あなたは、[奈落なるもの]を、知っている』
『▼ あー……もう、やりづらいな畜生。 』
――とはいえ。
こちらは何一つ知りはしないのだ、[奈落という場所]について。
情報が、必要だ。
[* お嬢さん、電脳書架から[必要量の情報]を融通できますが?]
――ありがたい話だ。
『お願いします、オーチヌス。
――ですが、まずはもっと[表面的な情報]を』
[* 分かりました。
では――まず、[渡空挺・潜空艦]が[空]とよぶ領域について。
空に、[到達不可能な領域]が存在することはご存知ですか?]
『――否定。
虚空さえも越える[船]に、[到達不能領域]があるのですか?』
[* ええ、恥ずかしながら。
[天方限界][遠方限界]など幾つかありますが――
――奈落は、その中で最も身近なものです]
『身近、というと――』
[* そのままの意味です、メガリス嬢。
単純に――[到達するまでの距離]が短いのですよ、奈落には。
[簡素な渡空挺]でも、[半周月もかからない]よ]
『――なるほど。
では、オーチヌス。奈落には、何があるというのですか?』
[* そうですね、何があると、いうよりはむしろ――]
『――あるはずのものが無い、そういうことでしょうか?』
[* そう表現するのが妥当でしょう。
尤も、無いのは[あなた方もよく知るもの]なのですが]
『――!
【虚空】――』
[* ええ、その通りです、お嬢さん。
なんとも哲学的な話ではありますが。
奈落には【虚空】が無く――【空】に、満ち溢れている]
――[大気]!
空気と虚空が入り交じるこの空域で、一方の均衡を欠いたのであれば――
[* 奈落至ったあらゆる存在は――
凄まじい圧力を受け、瞬く間に潰れてしまうといいます]
――深海めいて木星型惑星の中心めいて、破滅的超重力に曝されること必至!
何たる脅威、何たる驚異か!
ならば、辿り着く方法など存在し得ないというのか――?
[* ――ですが、現時点で算出される座標は[最終臨界点]より僅かに上方にあります。
それでも、現状の艤装では到底たどり着くことは不可能でしょうが――]
『!』
[* 外部装甲の換装、内部構造の補強、加えて多重の魔法障壁の付与――
――十分な改修を施せば、当艦は必ず、皆様を[該当地点]まで送り届けてみせましょう]
――ある種の{自負}と{誇り}、強い{挑戦心}を以て。
艦は、力強く――[成功]を、確約してみせた――




