262話【ひといき、ついて】[side:HL]
「――それでね、パレサさんとれんけいして、
さいごの[隔壁]をぶちぬいたの」
艦内、談話室。
円状の卓には、私を含めて――四人、だろうか。
語り終えたルゥが両手で杯を傾けると、隣のパレサが急須片手に元気よく応じる。
「大変でしたよー!
本当、あのまま爆発に巻き込まれたかと思うとぞーっとします!」
パレサが空になった器に紅茶を注ぎ入れると、ルゥはぺこりと頭を下げた。
――和やかな茶会だ。
一応、戦況等の報告も兼ねた茶会だが。
だからといって、あまり味気ないものになってしまっては心苦しいからな。
私の隣のフルカは、頬張っていた焼き菓子を慌てて飲み込んだと見えて、少し咳き込みながらも口を開く。
「あの時点でもう、死眼鳥の瞳石も貫突獣の捻石も弾薬切れでしたからねー……。
そっちのルゥさんがいなければ、もうどうなっていたことか」
ルゥの隣、パレサの反対隣に目を向ける。
そこに座らされた五人目は、鮮やかな橙色の[ツインテール]を揺らして気炎を吐く。
[∀ べつにあなた達のためじゃないわ!
あのままだと私も死んじゃうところだったんだから! ]
「――って、いうとおもうよ。
もとの[人格]なら」
遺跡で交戦した、[17号]と呼ばれる機人。
我々と敵対していたはずの[17号]を――ルゥは、[彼女の自由意志]を[自らの支配下にした]らしい。
――[穢焔]のように。
つくづく、味方で良かった。
というより、そもそもメガリスの連れてくる[眷属神]なる者たちは、おおよそ私達の常理の外側の存在と言っていいのだが。
――ああ、それにしても。
出来ることなら、[自由意志]を奪われた[今の17号]ではなく――
――巫女姿の技師の手による、[メガリスの先行機]としての[意思ある言葉]を聞きたかったものだが。
まあ、敵対者を捕虜ではなく、鹵獲してしまった以上、これも致し方ないことか。
「それにしても――本当に、皆、よく無事に戻ってきてくれた」
「それはお嬢様だってそうですよー!
あの後、どんな危ない目にあってたんですか?」
「――そうだな……」
そう。私は、メガリスを乗っ取ったメシュトロイに囚われて――
あの救命球体の中で、何も見えず、聞こえず。
どれほどの時間がたったのかもわからなかったが――
「しばらくはずっと球体内で、危害を加えられることはなかったな」
――そうだ。
そして、既に――
「解放された時には、既に[メガリスとメシュトロイ]の間で決着はついていた。
少なくとも――私には、そのように見えた」
二人がどのように切り結び、どのように対話したのかは。
――それこそ、本人たちにしか分からないだろうな。
「ただ、断言してもいいだろう。
そこからの巫女は、間違いなく我々の味方だった。
これだけは保証してもいい」
胸をなでおろした様子のフルカとパレサ、ルゥは少し考える素振りを見せたが、そのままゆっくりと頷いた。
「ちょっと不思議な感じですよね、あの人」
「[自分]とも、[他の眷属神]とも……すこし、ちがうかんじ」
「そうなんですねぇ。
じゃあやっぱり、気になりませんか?」
「私も気になりますー!」
「あ、それならこのお茶会に招待するのはいかがでしょう、お嬢様?」
「いや、今は確か――」
確かメシュトロイは――メガリスと一緒に、オーチヌスと案内人での情報共有に立ち会っているはずだ。
おそらく、セタもそちらに居ることだろう。
その事を伝えると、フルカは残念そうな顔をして。
「それじゃあ仕方ありませんね……。
メガリスさんの話も聴きたいですし、終わったらこちらへお呼びしましょう」
「ああ、そうだな」
――そういえば、今のメガリスなら。
あの化身を、よこしてくれるかもしれないな。
「……ふむ」
いや――
楽しみは、後に取っておくとしよう。
あれほど美しい姿を、見慣れてしまうのはあまりにも惜しい。
それに、あれほど可愛らしいのだから――
――きっと、フルカたちの着せ替え人形にされてしまうことだろうな。
いまは、邪魔はしないほうが賢明だろう。
「あ、それなら先に、もう一人の客人をお呼びしてはいかがでしょうかー?」
「もう、ひとり?」
「ほらほら、新しく入った赤っぽい髪の方ですよ」
「――ああ、なるほど」
――アルルファスク・バフォーと名乗ったあの娘。
そういえば、ずいぶん緊張している様子だったな。
見知らぬ相手ばかりで不安も多いだろう。
できうることなら、親睦を深めておきたいが――
「いかがいたしましょうか、お嬢様ー?」
「そうだな――頼む、パレサ」
「はいー! かしこまりましたお嬢様ー!」
元気よく、部屋を飛び出していくパレサ。
私は杯を手に取り、香り立つ琥珀色の液体を、改めてよく味わった――




