245話【大地】
「◯ 予め、言っておこう――
――大地は、二度と蘇ることはない。
[大地の死]は覆らないものだ。 」
『――ッ!
ですが、【楔】は――大地の欠片は――!』
{浮遊島を、結合させた}
{元の大地へと、回帰するかのように}
……それを、告げようとして。
口を開くも――
「◯ ――それだ。
それこそが――月が大地になろうとしている証拠だ。」
『ッ!?』
「◯ [我が系統樹に属するもの]が、我が屍を――己のものにした。
きっと、異なる形になったことだろう。 」
――想起するのは――
[石柱都市の、楔]
「◯ それは、月神だ。月神が変質させたのだ。
死に往く欠片を、己の神核に縫い止めたのだ。
――その浮遊島は、[月の神域]になった。
もはや[再生する旧き大地]ではない。」
『!!』
不意に、幻視する。
月を地核とした――球状の、大地。
ボクは――月は……
どうなりたいというのか――?
『▼ ――ちょっと待てよ。
じゃあそいつは【月の女神】だとかそんな神じゃなくて、
【新しい大地の女神】ってことになるんじゃないか。
神格って、そんな[多種混合複数神格]なのかよ? 』
「◯ 然り、何れも是だ。
神とは変化するものだ。
[大地]が[加護無き浮遊島]になったように、
[空]が[空間]になったように、
[原初]がこわれて三つに千切れたように。
変遷して然るべき存在なのだ、巫女よ。 」
『……?』
――待て。今、何か――
傍らの巫女を見る。
――{同感}――{違和}を感じたか。
ボクは巫女の目を見て頷き、少女に話しかける。
『……一つ、よろしいでしょうか』
少女はじっとこちらを見つめ、ゆっくりと頷いた。
「◯ ――良い、構わぬ。 」
『空と大地は――
【原初の女神】を真二つに引き裂き、二人で分けた。
――そう聞きました』
巫女が続けて、確認する。
『▼ そうだよな?
あなたが自分でそう言った筈だ。』
「◯ ――うむ。」
『では――[三つ]とは?』
――言葉尻を捕らえるような下卑た真似と言えなくもないが、如何せん流せるような重要度ではない。
【原初の女神】が、幾つに分かれたと?
「◯ そのままの意味だ。」
『分かたれたのは[二つ]ではなく――[三つ]だった、と?』
「◯ 然り。
もはや人の形さえ保てなくなった混沌が界外宇宙へと滲み出る前に、
大地と空は混沌を飲み干し、空と地に封じた。
だがその二つはただの骸、ただの魄、ただの物体に過ぎない。
三つ目は――[物体に非ず]だ。 」
――ならば。
それは――
『……[霊魂]』
「◯ その解釈で良い。
そうだ。それによって、原初たる混沌の意志は、地にも空にも抱けぬ虚へと至った。
古き神には触れ得ぬ、【虚空】に。 」
『ッ!!』
――【虚空】!
ならば【虚空の女神】とは、[肉体を失った【原初の女神】]であり――
――来訪者!
であれば――生じる仮説が、一つある。
【虚空の女神】はボクの世界に来訪し、[意思と精神の本質]を連れ去った――
【原初】の霊魂たる【虚空の女神】は未だ【来訪者】たる[世界を渡る力]を残しており――
異世界で眷属神を集めている――
――そう、するならば。
手に入れる、必要がある。
虚空の女神を追うために――ボク自身にも!
――来訪者たる力が!
そして手段は目前にあり――
既の所で届かなかった存在!
そうだ、ボクは――
虚空を追うために、原初の骸を――自らのものにしなければならない!
【月神】にして【大地】の幼子、その眷属神たる威で――
[空の半身]たる――暴走する【九頭龍】を鎮め下し、[地の半身]たる[複製元の機体]で!
3つに分かたれた原初神の力を束ね、[2:1]にならねばならない!
――その為には、まず――
『――【大地の女神】よ』
「◯ 申せ、【月神】」
『[来たるべき死]に――抗うつもりは、ないのですか?』
「◯ ――無い。
死は、覆るものではない。 」
『――ならば』
一呼吸。
鉄の意志が、瞳を射抜く。
『その神格、【新たなる大地】に――
――遺贈を、下し賜らんことを』
開いた眼を僅かに伏せて。
楽しげに、愉しげに、口の端を上げ嗤ってみせると。
少女は、少女は。
{正解だ}とでも言うように、ボクの頭に手を伸ばし――少し荒く、撫でた。




