240話【ありしひの】
飛翔し、加速し――接近する。
やはり、一頭一臂両脚――のように、見える。
遥か後方には、ヘルとセタ。
航海長を名乗る小機人も、その辺りだ。
――まあ、対応力に問題はあるまい。
想定の一つ、可能性として。
人影が囮で、[分断]を目的としていた場合――
――彼女らならば、十分に対応できることだろう。
撃退、退避、防戦、再合流。それを行うための手札は万全だ。
――ならば。
ボクは、[対象の捕獲]をするだけだ。
『――!』
前方には、人影に迫る陽炎獣!
先を越された――まあいい、直ぐに――追い付く!
『[噴進:最大出力]――ッ!』
翼部周囲に追加展開した噴進器を全基稼働し、上方から人影を追い――迫る、迫る、迫る――!
『ッ!』
敵対者、直上!
即座に方向転換、急降下開始の――その刹那。
『▼ ――そこだッ!! 』
巫女は、あまりにも容易く――
――小さな影を、捕らえた。
獣の背から跳躍し、巫女は人影に掴みかかる。
転倒した人影、花畑を転がる巫女と人影。
詳細は未だ確認できないが――
――少なくとも、これ以上の逃走続行は不可能だろう。
……。
先を、越されてしまったか。
――まあ、いいさ。
結果しては、何の影響もない。
――その筈だ。
ボクは、準備段階だった降下を再開する。
降りる、下る、近づくごとに――
――聞こえてくる、{困惑}と{怒り}を孕んだ[会話]の一部。
――{嘘だ}
――{ありえない}
――{あなたは、あの時}
――{どうして}
メシュトロイが、頭を抱えているのが見える。
――{嘘}だと{信じたい}?
彼女が[知っている人物]?
[死者]?
――急がなければ。
人影は、もう目前だ。
――濃い、緑色の髪。
編み込み上げ、団子状になった髪型。
小柄な体躯――大人というよりは、子供に近く。
古代の神が着るような、長衣めいた白布。
瞳には、鋼のような硬い意思――
――或いは。
まさか――
「◯ ……久しいな、巫女よ。 」
『▼ なんであんたが此処にいる!
――死んだはずのあなたが!! 』
「◯ それはこちらの言葉だ、巫女よ。
なぜ生身のお前が、我が骸の中にいる? 」
『▼ ッ!! 話せば長くなるんだよ!
話を逸らすな! それより――』
――そうか。
そういうもの、なのか。
ならば、確認をするべきだろう――
『――失礼ですが、お嬢さん』
地に降りた当機を見て、僅かに{驚き}をみせる人影。
鋼の意志を秘める瞳で、冷たくこちらを睨む。
怪訝そうな表情で、続く言葉を待っている。
『【大地の女神】で、非せられますか?』
僅かな沈黙。
少女は微かに笑ってみせると、よく響く高い声で言った。
「◯ ……いかにも。 」
重々しく頷くと、少女は立ち上がり手で己を指し示す。
己を誇示するように、すっと息を貯めて、ゆっくりと言葉を放つ。
「◯ 私は【何れ望まれ盍る疎ましき母】
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――死路の中途に在る、【大地の女神】である。 」
【大地の女神】――そう名乗る少女は。
目を閉じ、どこか満足げな表情で、なだらかな胸を張った――




