235話【鈍光と、渦】
体外世界、最上階、灯火の部屋。
虚空にぽっかりと浮かぶ、灯火途絶えし大灯台。
[真正面に立つ似姿]、絡み合う電線、向かい合う表情はどこか虚ろで。
...[通信状態:切断]
――発光。
俄に、されど徐に。
薄ぼんやりとした、今ひとつはっきりとしない色彩の、光が――[機体]を、覆う。
――否。
発光は[機体背面]から――次第次第に、集まり、抜け出てゆく。
生命の輝き。
そう呼ぶにはあまりに弱々しく、儚げで、{哀れみ}さえ呼び起こす。
無様な光が――ぬるりと、ぬうるりと、抜け出ていく。
虚ろな機体は目の光を失い――
――かくん、と音を立てて。力なく項垂れる。
糸の切れた人形のように、支えを失った積み木細工のように。
崩れ落ち、地に伏せ――電線を通じて、衝撃が伝わる。
――嗚呼。
――厭だ。
――何故かは、判別不能だが――
――この感覚は、{厭}なものだ。
『……』
ピクリとさえ動かない本体に、{複雑}な視線を呉れ。
見上げると、仮面の巫女が実体へと推移していた。
『――メシュトロイ?』
『▼ ……。 』
応答する言葉はなく。
わずかに身を捩り――ゆっくりと、下へと降りてくる。
『▼ ――ぷはあ。
ようやく、一息つけたよ。 』
{苦痛からの解放}の{喜び}を滲ませる巫女は、些か大げさによろめいてみせた。
『……そんなに[居心地が悪かった]のですか?』
『▼ [相性上の不利]さ。
色々と、無茶もしたからね。 』
んっと背を伸ばしては、肩を回す巫女。
ふと何かを思い出したように、目線を下に向ける。
『▼ おっと――そろそろだ。 』
『――?
何の事でしょうか』
『▼ まあ――見てなって。 』
視線の先は――動かない、機体。
……何が、起こるというのだ――
『――!』
声。
声、だ。
――声が、聞こえる。
『ッ!!』
――忘れるものか! この声は――
溢れ散りゆき舞い踊る、金色の粒子。
機体の中から、金色の渦が遣ってくる――
「――メガリス!」
『ヘル!』
またたく間に人の形をとった金渦。
長い金色の髪、簡素な胸甲、細剣――
――相違など一つもなく、紛れもないお姉様だ。
『――無事だったのですね、ヘル』
「ああ、メガリス。
しかし、[この状況]は一体――」
割って入る言葉は、巫女のもので。
『▼ もう人質の意味もないからね
――解放、させてもらったよ。 』
『――ええ、ありがとうございます。メシュトロイ』
「……メガリス、彼女は?」
当然の疑問――ヘルは、仮面巫女の彼女を見ていない。
『彼女は――【メシュトロイ】
ボクに化けて貴女を幽閉した眷属神で――
……[一時的な共闘関係]にあります』
「! そういうことか――
だが、信用してもいいのか?」
{念を押す}ように、やや低めの響きで。
――やはり、良いものだ。
『肯定。
信頼には値しませんが、およそ信用の限りにおいては』
「――そうか。
お前がそう言うなら、私も信じる」
『▼ ――本当にいいのかい? 』
{茶々を入れる}ように、意地の悪い{諧謔味}を込めて、巫女が笑う。
『▼ 誘拐の張本人、正体不明の仮面の女、得体のしれない技術を使う――
――どこからどう見ても、[怪しい]以外の何者でもないぜ?』
――わざわざ自分で言うあたり、どうやら自覚はあるらしい。
「――構わないさ。
[意図的な幻惑話法]には、慣れてるからな」
『▼ ――へぇ。 』
どことなく{楽しそう}に笑う巫女。
――どうやら、気に入ったらしい。
……幻惑話法であれば、次兄も同じ類例か。
だからどうした、という程度の話ではあるが。
――さて。
まずは、ここからだ。
ボクは、改めて向き直り。
崩れ落ちた機体に、手を添えた――




