232話【ありふれたもの】
――"だが"。
その二文字で始まる、ありふれた展開。
ああ然り、然り。然れど、然り――
『▼ ――だが、残念ながら――
完成形は、動かなかった。 』
『体内虚空に、狂瀾怒濤する半身が存在するというのに?』
『▼ ……そうとも!
形はどう在れ――
[当時]なら、九頭邪竜は外界に干渉できないっていうのに!!』
拳を握り、振り下ろす。
{焦り}と{無力さ}を振り払うように。
『▼ どれだけ試しても、あらゆる力を注いでも――
動かない、動きやしない、少したりとも! 』
少し上を見つめ、首を振る。
仮面が光を照り返し、僅かに白んで見える。
『▼ [女神の力とやら]を使ってみても、駄目だ。
――完成形は、[生命ではない]。
命あるものにしか干渉できないなんて、どこが【生命の女神】さ。 』
――それも、そうだ。
無生命に生命を与えてこそ、[生命の女神]だろうに。
――或いは。
[否定:生命の女神]?
『▼ ――だが。
たった一つだけ、反応が得られるものがあった。 』
――たった一つ?
……。
――[原初の女神の半身]――
――[天地に分かたれた双つ]――
――[地の骸]――
『――まさか――』
『▼ ――そうさ。
【"識"たる楔】
――即ち、大地の女神の破片だ。 』
……原初の女神の骸。
……大地の女神の屍。
神話的連続性はある、十分に。
だが――
『▼ まあ、反応自体は大したものじゃない。
流体金属の微動、電子頭脳に生じた意味不明の記録、観測器の不可解な反応――そんな程度さ。 』
『――少しの反応。
ならば、より大規模に反応させるには――』
『▼ ――ああ。
集められるだけのありったけを揃えて、接触実験を行った。
――どうなったと思う? 』
『[より大きな反応]
或いは、[各現象の要因となる"大要因"]の観測――
――そして、そうはならなかった。
そうなのでしょう?』
『▼ そうさ。ぼくも[反応拡大]を期待してた。
だが、完成体は――
――二つになっていた。 』
『――!』
『▼ そう、微小機体一粒たりとも変わらない、[完全複製体]が出来上がっていたのさ。 』
寸分違わぬ機体、同じ機体識別名称、兵器を模倣する金属――
『……っ。
それは――』
『▼ ――まあ結局、動かない機体が二つになっただけなんだけどね。
どちらが骸だったのか、どちらが楔だったのか、それすらもうわからない。
――それでも、とにかく。実験は続けることにした。
どうせなら二つとも、それぞれ手法を変えて、ね。 』
それは。
巫女は。
そして――ボク、は。
『▼ そのうちの一つは、工匠中枢地下――通称、死機人置場に。
今まで通り、各種刺激への反応を試験する機体に。
もう一つは――埋もれきった物見塔に。
ここを遺跡なんて呼ぶ人間達が来ていることは知っていたからね。
[新たな刺激]に晒すことを試してみた――ってことさ。 』
『……メシュトロイ』
『▼ 待ちなよ、メガリス。
まだ話は終わってないんだよ。
それで――
随分と長い時間がかかったが――
とうとう[完成体?/楔機体?]は動き出した。 』
『……』
『▼ {わからない}――なんて、言うつもりはないだろう?
――[水晶伽藍の娘]!』
――嗚呼、全く――
『……随分と、迂遠な話しぶりですね。
――[母君とでも呼ぼうか?] 』
巫女は、軽く笑い――
{正解を褒める教師]のように、手を叩いてみせた――




