228話【顕現】
黒く染まりし円環、突き立てられた無数の【楔】
たった一つの欠落点さえ無く、完膚なきまでに塗り立てられた円環。
上方を、見遣れば――
――切り離された竜頭ども。
灰のように、砂のように――消え去っていく。
――やったか?
当然――やったとも。
――完封に不足無き力を浴びせたのだから。
……【楔】
九頭円環竜に突き立てられていた、【楔】
【空の女神】の記録が残されていた――恐ろしく濃縮された【楔】
――なぜ、あの【楔】は――
あれ程の、力を?
疑問に答えるものなど無く、円環はただ不気味に沈黙する。
『▼ ――これなら――おい、メガリス!
下がれ――逃げるぞ! 』
『――逃げる?』
[現状視認確認済]、円環は再生機能を失い、停止状態にある。
このまま完全に破壊するか、より強力な封印を施すか、そのどちらかが妥当だろうと思うのだが――
――逃走。
それを、選択すべき状況なのか――?
『▼ ああそうさ! 逃げるとも!
円環竜はこの程度じゃ破壊できない!
何度も試して――何度も失敗した!
とっておきの切り札全部を無駄にして、だぞ!? 』
――秘密兵器?
『――それは興味深い――』
『▼ くそっ、絶対に見せてやんないからな――残ってたとしても!
――違う! そうじゃない! そんなことより、早く―― 』
『――!?』
揺れる――
揺らぎ、揺るがされ――〓〓が、激烈な振動に見舞われる。
――この虚空で!
ある筈のものさえ存在を許されぬこの虚空で、悉く全てに伝わる[振動]だと!?
一体――何が起ころうとしている――?
『▼ 早く――急げ! もうすぐ動き出す!
とっとと全部――外に逃げろ! 』
あまりにも甚だしく忌まわしい衝撃じみた振動を消魂しくがなり立てながら、円環は次第に形を変えていく。
――変形。
そう、確か――
――竜人機。
解凍された機密情報区画によれば、竜頭竜身と〓〓があった筈。
類例はひとつ確認している。
竜人機と名乗った、長兄の相棒機竜――彼女も、複数形態を有していた。
そう、巨大な竜の姿と――
『――な……ッ!!!』
人型の、女性の姿。
忘れることさえ出来はしない、記憶に、記録に、深く深く、深く刻まれた――姿!
『【 女神 】――!?』
――莫迦な。
そんな筈がない。
【虚空の女神】である筈がない。
そんな筈がない、そんな筈があるものか――
――女神が、あんな有様になど成るものか!
――仮に。
竜が女神であったとしたら。
理解した筈だ。
――最初から。
――違う――
――ならば。
ならば、何だ。
〓〓は、何だと言うのだ――
『▼ ――見るな! あんな状態でも〓〓は――〓がある、呑まれるぞ! 』
巫女の、声が聞こえる――
海の声も、だ。
「なぁ、アンタ――どこへ流れればいいんだい?」
『▼ 上だよ!
いや上も下も無いようなもんだが――とにかく! この反対側だ! 』
「それなら分かるよ、巫女さん。
――相棒、[流れに身を任せろ]!」
あれは女神なのか、女神でないものなのか。
記憶と記録は、あれが女神だと言っている。
感情は、それを否定する。
わからない――わからない。
そんな5000年ぶりの理論的展開不可に、ボクは――
「メガリス!!!!」
――退くしか、ないのか!
『――セタ!
お願いします!!』
「応!!」
激流、激浪。
下より振りて、上へと落ちる大瀑布。
然りとて然り、奈落へと至る昇り龍。
彼方に消えゆく、[女神?]は。
嘗ての対話と同じ、柔らかな微笑みを浮かべていた――




