21話【電子頭脳は、鉄の鯨と夢を見る】
視界が、部屋に戻る。
やはり通信時の一時的な電脳空間なのだな。
そう思い、とりあえず人心地をつく。
待っていると、小柄な機械人形が急須と
菓子入りのお盆を持って部屋の中に入っていた。
あれは、艦の端末なのだろうか。
急須と平盆を置くと機械人形は、部屋の隅にある黒塗りの部分に移動し、
真っ黒い箱のような姿に変形した後、ひらりと姿を消した。
収納されたのだな。
ボクは単純にそう思った。
茶汲みは簡単な動作だ。
いちいちマニュアルにも書かれるほどではない。
ボクはお茶を入れ、カップを口元へと近づけた。
――[反響要求]
[反響応答]――
再び、ボクの視界は電脳空間へと移る。
ただし、左目と両手は元のままだ。
これでお茶を楽しめ、と。
どうやらそういうことらしい。
[*どうぞ、冷めない内に]
『戴きます』
なみなみと注がれた熱いお茶に口をつける。
嗅覚感知器にスッと抜ける香りはとても好ましいものだ。
淹れたてのお茶は、熱感知器が過熱しそうに熱い。
味覚感知器を通り抜ける瞬間、爽やかな渋みと甘みを受け取った。
――旨い。
まさか機械の体でモノを喰らえるとは思わなかったが、これは大きな収穫と言えるだろう。
【美食に現を抜かす】ことも、あるいは素敵であるかもしれない。
ボクは少しだけ、そんなことを考えていた。
[*御気に召して頂けたようで、なによりです]
『稼働してから初めての経口補給行為ですので。
少々、舞い上がってしまっているのかもしれません』
[*あら、なんともはや。
それは光栄の至りです]
『ところで、少し気になっていたことがあるのですが、よろしいでしょうか?』
[*構いません。応えうる内容であれば、どうぞ]
『機械の性別とは、どのように定められるのですか?
ボクは、ヘレノアールによって義妹――女性として扱われましたが』
[*さぁ……私には分かりかねます。
私など、「お前は格好いいから男の子だ!」などと決定されましたし]
『……存外、適当なのかもしれませんね。
彼ら、彼女ら、[人間の内のヒト]とは』
艦は、苦笑交じりで窘めの言葉を紡ぐ。
[*主人への無礼は程々にしたほうが身の為ですよ。
目覚めさせてくれた恩義、というものもありますから]
なるほど、そういう感覚もあるのか。
それもまた、大事なことなのだろう。
『そういえば、貴方もボクのように兵器なのですか?
無礼ではありますが、よろしければ、配備されている武装について伺っても?』
[*ええ、構いません。それは蔵へと蓄えた、自慢の業物を、
喜々として御開帳する行為に似ています。こちらの映像をどうぞ]
電脳空間に、艦の船首、鯨の頭に相当する部位の映像が表示される。
[*武装使用許可が降りていないため、過去映像での公開となります]
『それで十分です。感謝を』
艦の頭部から、さながら一角獣の角のようにせり出してくるものがある。
それは、黒光りする、鉄の筒。
あからさまな戦争兵器、すなわち大砲に他ならなかった。
[*これが私の主砲となります。
鳴術式を弾丸として射出する、【術式砲】です]
『術式……術式とは、どういうものなのですが?』
[*それはヘレノアールお嬢様やフルカ様の方がお詳しいかと。
私にはいささか荷が勝ちすぎます]
『失敬。ありがとうございます。
折を見てお尋ねすることにしましょう』
[*それがよろしいかと。
――おや? 失礼、フルカ様がお呼びのようです]
『何かあったのでしょうか?
……ともあれ、良い茶会でした。ありがとう、オーチヌス』
[*こちらも。良い会話を楽しめました、メガリス。
それでは、また機会があれば]
そして、電脳空間が徐々に切り離されていく。
[*ああ、それと]
艦が、追伸の体で何かを言う。
[*艦内データベースの閲覧IDを発行して置きました。
よろしければ、ご利用下さい。――それでは]
そして電脳空間は消え去り、ボクは空になった盃を机に置いた。
……しかし、それにしても。何かあったのだろうか?
フルカが艦を呼ぶことが、日常茶飯事であればよいのだが。
念のため、少し警戒することにしよう――




