20話【電子の夢】
――途端に、目に見える景色が変わる。
それは、暗い部屋。
スポットライトに照らされた、巨大な水槽。
それがぽつんと一つきり、部屋の中央に配置されている。
ああ、これは視覚ではないのだな。
幻覚、イメージ、虚像、夢……恐らくは、擬似的に五感を
入出力装置化した、[電脳空間]じみた超感覚的イメージ。そんなところだろう。
ザバァと、水の跳ねる音がする。
水槽の中に目を向けると、流線型の力強い形状をした、
真黒い水棲生物が、こちらを見据えて口元を歪ませた。
[*こんにちは、[可愛らしいお嬢さん]]
『はじめまして、オーチヌス……先輩?』
おそらく、間違いはないだろう。
[この相手]こそが、この艦。オーチヌスの本体だ。
[*はい、[お嬢さん]。
ですが、敬称は省略可能です。
自由な呼称選択を推奨します]
『感謝します、オーチヌス。
可能であれば、先ごろの無礼はお忘れ下さい』
この艦の全体が彼の認識範囲である、とすればだ。
すなわち、艦も、先程の、自爆的脱衣を……観測して……いた、のでは……?
......
わすれて、
しまいたい。
[*どの件でございましょうか?
皆目見当がつきません]
『……ご配慮、痛み入ります』
[*貴女は美しい。
何も恥じることなど無いのですよ?]
『――恥じらいが人を人たらしめるのです。
故に、ボクは……羞恥に赤面せねばならないのです』
恥じらいのない人間は、居るだろうが。
恥じらう人間は、ある意味で美しさを持つ。
大したことではないだろうが、時に必要なことだ。
[*なんと、眼鱗ものの哲学ですな。
貴女の心が安らかならんことを]
『痛み入ります。それでは、オーチヌス。
少しお話を楽しみたいのですが、
ご都合はいかがでしょうか?』
[*ええ、構いませんよ。お嬢さん。
ところで、貴女のお名前を伺っても?]
艦は心地の良い響きで了承し、ボクの名を訪ねた。
いけない、名乗るのを忘れていた。
……お嬢さんだの、可愛らしいお嬢さんだの。
そんな風に呼ばれ続けては、恥ずかしさで全身が赤熱剣になりかねない。
――そういえば、これはどのような言語なのだろうか。
発言内に仏語風、英語風の言い回しが混在しているというのは、些か奇妙に思える。
あるいは、[翻訳機能]の情報偏位に由来するものだろうか。
……と、いけない。挨拶を返さなければ。
『失敬。ボクはメガリスと申します。
ヘレノアール様に賜りました名です』
[*良い名です、メガリス嬢。
ああ、少々お待ちを……いま、[電力供給線]を出しますので。]
電力供給線……充電器のようなものだろうか、そもそもボクの動力源は――
[*ああ、それとも。もし[食事ができる機体]なのであれば―ー
―ー良いお茶と、お菓子があります。そちらに致しましょうか?]
『――! ……であれば、茶を所望します。
どうやら、飲食による補給が可能な機体であるようなので』
[*それは僥倖、腕がなります。
では、少々お待ちください]
艦は喜びを示す声色で、電脳空間の接続を一時遮断した。




