211話【灯火は途絶えて】
『これは――』
一階下り、最上階直下の部屋。
天井は高く、四方には四つの柱。
壁はなく吹き抜けで、網状の何かが周囲を覆っている。
――そして。
中央には、半球状の――器、らしきもの。
真黒に煤け僅かに拉げ、幽かに残る油の薫り。
火を、焚くための設備だろうか。
――だが。
随分と長い間、使われていなかった――そのように見える。
「なんだか、こう――■■みたいな所だねェ」
――おそらくだが、見解は一致しているだろう。
『推定同意――
ここは、[灯台]のようです』
岬の先に火を灯し、昏き水面に光を晒し。
沖を彷徨う船腹どもに、湊の在処を示す塔。
――灯台。
そう考えるのが、妥当なところだろうか。
だとすれば――何故?
何故――虚空に、灯台が?
虚空、虚空、虚空。
大気さえも、光媒さえも――光を導く何もかもが、存在しない虚空で。
灯台の火は、灯は、光は――
――果たして、何処に届くというのだろうか。
――仮に。
対虚空光線――そんなものを、定義するとして。
灯火は――
――誰に宛てた、伝言なのか?
この虚空の灯台は、誰に何を示している――?
……。
虚空を行く、船。
灯台であるのならば、船を導くもの――その筈だ。
――ならば。
潜空挺――彼らの、湊……あるいは、そういうものなのだろうか。
……判断に足る材料が足りない。
合流したら、艦に聞いてみるとしようか。
――そういえば。
少し、引っかかる――[灯台]、というものに。
――聞いたことが、ある?
あるいは――何処かで、誰かに――
『――!』
[電子頭脳検索:灯台]
→ [サイクリスの発言]――
『ッ!!』
――【大機械灯台】!
機人たち固有の民間信仰!
[どこかの浮遊島に、すべての情報を知り得た巨大な搭型機人が建っていて]――
――[全ての機人の存在を見守っている]……!
『……』
まさか――そうなのか?
ここが、その――
【神】などと呼ばれる、【大機械灯台】なのか?
――神。
ああ、神などと。
今となっては、その意味する所も多すぎるのだ。
ああ、女神。
眷属神に――大地の女神。
今度は、【大機械灯台】ときた。
塔の型をした、機人。
ならば大機械灯台には――意志があり、行動が可能だということ。
――何故、何もしない?
少なくとも――ボクら二人が現れた以上、何らかの行動があって然るべきだろう。
警護機能の起動や、物理的な排除、あるいは何らかの手段による警告――
いまのところ、それらしきものは確認できていない。
――あるいは。
何らかの理由によって、行動不能の状態にある?
そちらの可能性も考えられる、か。
――とはいえ。
行動不能でないのであれば、いずれ何らかの接触を試みてくることだろう。
今の所、気にする必要はない――幾許かの警戒を前提として、だが。
――さて。
『セタ』
「なんだい、メガリス」
『この階にはもう[要確認物体]は無さそうです』
「――そうかい。
じゃあ、先に進むのかい?」
『肯定。
先へ、進むとしましょう――』
ひどく古びた、傷一つ無い梯子を下り。
螺旋を描く、長い長い階段の最上段に下り立つ。
――そして、ゆっくりと。
ボクたちは、奈落の底へと足を踏み出した――




