209話【波濤の果て】
激浪にして奔流たる怒涛は、虚無の領域を翔け抜ける。
群がる蟲など目もくれず――時折、不意に触れた長蟲どもを押し流し消し飛ばす。
ああ、然れど、然れど――
――眼前に飛び出した敵影、有り!
『あれは――』
虚空に在りながらも激しく激しく打ち付ける翼! 炎散らして長い尾を燦めかす!
呼吸でもするように火の粉を散らし、がちがちと大嘴を打ち鳴らす!
現れた敵影は――炎を纏う巨鳥!
――不死鳥、或いは、鳳凰――?
いいや、どちらにせよ――
『――セタ!
敵対者の動きを、止められますか?』
「出来るさ、そりゃあね。
――ハ、またなんか企んでるねェ?」
『肯定!
良い策があります』
「――やるよ!
〓-〓-〓_〓-〓!」
すれ違いざま一瞬で巻き付き――甲殻類型の影生物を接射、直撃させる!
苦悶の声を上げる巨鳥! 群がる無数の甲殻類に侵され生きたまま身体を蝕まれていく!
ああ、されど見よ!! あの傷口を!
貪り食った側から新たな細胞が出現しているではないか!
――やはりか!
ならば、答えは――
『【虚空封印櫃】ッ!』
負傷と再生を繰り返す燃え立つ巨鳥を、甲殻類諸共虚空封印する!
再生者など相手にしていられるか――
――虚空櫃で、千年喰われ続けよ!
「――道が空いたねェ!」
『同感!』
向かう、先へ――もっとだ、もっと――翔けていけ。
『――!』
幾らかは詰めたはずの距離、それでさえ僅かな時間。
虚空にそんなものが在るかどうか、それさえ曖昧な追跡行。
退けた火鳥を置き去りに、高速流動して進行した道なき虚空。
――然り。
新手だ――!
「なんだい、ありゃあ――」
次なる邪魔者は――
――忌々しい輝きで繋がれた、六角形を描く岩石の浮遊体。
何を以ってこちら認識したか、岩石群はゆっくりと円軌道を描き始めた――
『ッ!?
そういう、ことかッ――!』
回転が早くなるにつれて、それらを繋ぐ光は次第に強度を増す!
丸い輪で飾られた巨大な円形鏡めいて障壁となり、光さえも阻害する!
然り、障壁!ただ侵入者を拒むもの!
仮に防衛機体のような砲撃用途の端末であれば、こうまで無防備に[行動限定:非攻撃性障壁展開]は出来ない筈――
――迂回し、直接対決を避けるか?
有効――おそらくは、それ自体は。
だが、敵機群が[起動速度:高]以上――
――別地点での足止め。それが何度でも可能ということ。
障壁機体群に行動の自由をあたえるべきではない――
――ならば!
『――【楔触手】!』
どれだけ強固な障壁であろうとも、連鎖破壊しうる兵器が此処に在る――!
長く長く長く伸びた触手が、障壁の中心部に触れ――
――そして、破壊は連鎖する!
互いに強く強く結びついた敵機群は、最早接触などといった次元に非ず!
完全なる合一! 完全なる一心同体!
だからこそ、故にこそ――然り!
――破壊の連鎖は、僅かな時間差さえなく。
何一つ、残らなかった――
「――キリがないねェ……」
三度立ちはだかる邪魔者。
双頭の虎めいた巨獣が立ちはだかり、大海の侵食は尚も妨げられる。
――何故、[戦力の逐次投入]を?
考えられるとすれば、ただ一つ――
――座禅陣。
死兵を以って敵対者の足止めを行う、逃走の戦術!
――要するに、だ。
このまま戦っていても、埒が明かないという事だ。
見事に、敵の術中に嵌っている。
主導権は、敵方の手の内だ。
ならば、どうする?
――決まっているだろう?
『セタ』
「――なんだい?」
『突っ切ります。
もはや、[雑魚ども]の相手をする必要はありません』
「――へェ。
いいのかい?」
『[直感による推定済みな]のでしょう?』
「なんとなく、だがねェ。
――近いよ」
『――充分です。
行きましょう、セタ』
「ああ、相棒」
――より一層の加速。
必要なのは、加速だ。
当機に、出来ることは――
『――【対虚空推進大翼】』
大河の中に沈み、特大の飛翔翼を外まで広げる。
「――行くよ」
水面が泡立つ。
逆巻き、波立ち、大きな流れとなって大渦を成す。
『!』
激流が、激浪が、怒涛が、波濤が。
この生温い水底にあってさえ尚凄まじき潮流に、身を揺るがせては翼を捩りはためかす。
虎の姿は、とうに消えた。
めくるめく景色を変えることもない虚空の只中で、ボクと海だけが飛翔していく。
時折見える敵影も、瞬き霞んで消えていって。
何一つ残らない、何一つ残さない、虚無へと向かう深き行進は止まることなく続く。
――やがて。
大嵐大渦の果てに。
見えた、もの、は――
――虚空に、あり得ざるもの。
明確な実体。
金属の塔。
虚空に、聳え立つ。
灯火なき灯台。
機械仕掛けの巨塔は、堂々たる巨躯を何ら躊躇いなく虚空に示していた――




