206話【牙を剥け】[side:33→]
「メガリス、さん――?」
[ ――【赤熱剣】 ]
右手そのものを、小型の溶断兵装へと作り変える。
――十分。これならば、おそらくは可能――その筈だ。
――しかし。
この、鉄血――
――何故、[変形可能?]
今の状況を、考えろ。
本体――即ち、【腕に抱く造兵廠】それ自体が、敵対者の手の内にある。
然り、いま、鉄血は――ボクによるコントロール下にない。
操作権限を失っている、ということ。
だと、いうのに――
――何故だ?
何故、いま――
――ボクは、鉄血を、扱えている――?
[ ……。 ]
――違うな。
いま、考えるべきこと。
疑問は、優先行動じゃない。
いま、すべきことは――
[ ――ッッ!! ]
赤熱剣を振り下ろし――伽藍を、こじ開ける。
培養槽めいて液体が溢れることもなく、伽藍は無防備にボクを受け入れた。
逆さまの機体は依然変わりなく――ただ眠るように屍体のように、彫像めいた似姿を晒している。
[ ……ああ。 ]
本当に――女神に、そっくりだ。
憎らしいほどに、狂おしいほどに、悍ましいほどに。
かつて女神の手を取ったように、女神の似姿に希望を託す。
それは――どこまでが掌の上か?
――知ったことか。
たとえ女神が何を望もうと、ボクの望みはボクだけのものだ。
――たとえ、いま。
望んで女神の似姿になろうとも。
女神になど、成ってやるものか――!
[ 【残骸情報収集機】! ]
――ボクは、ボクだ。
華奢で少し背の高い、均整の取れた機体。
それを捨て去り――使用可能な鉄血全てを、配線の化物へと置き換える。
――生誕することなき、機体よ。
お前を――頂く!
[ ――ッ!!! ]
職種めいた無数の配線が――美しき神の似姿へと絡みついていく。
端子という端子が、ありとあらゆる接続孔へと滑り込んでいく。
――[接続]
[情報式送信]――[開始]
自我構成情報を、女神の似姿に注ぎ込んでいく。
進行は――驚くほどスムーズだ。
何一つ抵抗さえもありはしない。
――これは、紛れもなく。
一度たりとも、起動されたことのない機体だ。
もし[起動済み機体]とすれば、話はもう少し複雑だ。
――[内包自我]を、飲み干さねばいけないのだから。
[ ――? ]
電子頭脳、アーカイブ――機体識別名称。
【人威追想機34式 対局地決戦仕様 ΓΓ改 ゼータオメガ^3】
一字一句違わず――当機本体と同じもの、だ。
ならば、[標準機体/特殊機体]は捨てる必要がある、か。
須臾の間に、侵入は中枢に至る。
――どこか。
感じるものは、懐かしさ。
[ っ!? ]
ほんの、わずかに。
生じるは、〓〓。
だれかの――声。
{ 鎖された世界は拓かれ――
創世は、ここに終わる! }
――詳細不明。
転送は――間もなく――完了――
――!
ゆっくりと、目を開ける。
ごとり、と。何かが、落ちる音。
見れば――一太刀に切り捨てられた、赤い髪。
光を宿さぬ虚ろな目をした生首は、既に[電気信号消失]していて。
最期の役目を果たしたかのように、口の端を緩ませ果てていた。
……。
腕を地に付け、跳ねるように立ち上がる。
小さく揺れた伽藍が、次第次第に崩れ去っていく。
崩れほつれて粉になっていく水晶のなか。
――そう。
声が、聞こえた――
「メガリス、さん……!?」
舞い散る塵を吸い付くし、声の主へと向き直る。
そうだ、今は――一人、足りない。
『――肯定、フルカ。
[正真正銘の自分自身]です』
新しい体、自由な体。
だがそれは寸分違わず、かつて己が有していたものだった――




