201話【再演】[side:33]
「――楔だと!?
流石だなメガリス、この遺跡にあったのか?」
[ はい、ヘル。
何かこう――呼ばれたのです。楔に。 ]
「楔に、呼ばれた――?
かつて無い事例だが――お前なら、あるいは。本当のことかも知れないな」
{楔の結合も、前例はなかった}ことを引き合いに、ボクの言葉を肯定するヘル。
とりあえず、ボクの方も疑問を投げることにする。
「この楔は、このロカルのものでしょうか?」
――即ち。この楔を結合した場合、どこの浮遊島が合体してしまうのか、という疑問だ。
発見位置がイコールでその浮遊島の結合に関わるものなのかどうか、それはまだ検証が足りていない案件だ。
――いずれ、試すこととなるのだろう。
「そうかもしれない、としか言いようがないな。
わざわざ隠されていたぐらいだ、研究に用いるための外部収集品という可能性も――あっ」
[ 古代ライムリアは大地の文明、楔の研究など出来るはずもない――と。 ]
「そのとおりだ、メガリス。
ならば此処を根城にした何者かが、見つけた隠し部屋に隠しておいた、という考え方もできるな」
[ はい、ヘル。
少なくともこの遺跡には――仮面をつけた謎の女が、長期間滞在していたようです。]
「そいつが楔を何かの遺物と見て、研究用に隠しておいた――かろうじて、筋は通るな」
[ 形を消す魔法や、気配を消す魔法。
それがあるのであれば、おそらくこのような偽装は可能かと。 ]
「そうだな、確かにその手の魔法は存在する。
だが、私にはさっぱり分からなかったよ。
もしその仮面の女が術者なら、そいつは相当な手練ということになるな」
[ ――望むところです。
と、言いたいところですが――まずは、本体を取り戻さなければ ]
「ああ、メガリス。
ルゥ達のおかげで随分距離を稼げた、恐らくもうすぐ目的地点にたどり着けるだろう」
[ はい、そうであればよいのですが。 ]
「ああ……」
ヘルは少し考え込むと、少し話題の方向性を変えた。
「ところでメガリス。
その楔に触れた時――何か、見えなかったのか?」
そう問うたヘルは、{あの時は、海なるものを見た、と言ってただろう?}と続ける。
石柱都市アシュターンの楔……結合した碧色螺旋。
いま手の中にある楔は、くすんだ赤で模様もなく。
少なくとも、あの時の楔とは違った形をしていた。
[ いいえ、見えませんでした、何も。 ]
ヘルは{そうか}と言ったきり、少しばかり考え込むような仕草を見せる。
――何も見えなかった。
少なくとも、[海の記憶]のようなものは。
ただ、何故か――不意に、思い出したものがある。
――それは。
あの頃の――伽藍に抱かれた儘の――なにもない、無限大の時間。
……。
なぜ、そんなものを想起したのだろうか。
喪う事への恐怖か、蓄積したフラッシュバックか。
あるいは、酷く歪んだ郷愁か。
……いけない。
考えすぎるな。
――重要ではない。
そうだろう?
「とにかく、先へ進もう――」
ヘルの言葉に促され、部屋を出て大穴を下る。
本体の反応がロストした地点まで、あと僅かだ。
……とにかく、機体の状態を確認しなければ――
照準を定め、粉末弾を撃ち、影生物と共に飛翔着弾する。
先程のような奇妙な反応もなく――虚空が生じている様子もない。
「―― 【境界渡り】!」
金霧を抜け、閃電着弾地点――考えうる最下層地点へとたどり着く。
辺りは暗く――人の目で見るには些か厳しい状態だろう。
「あ、待っててください、いま明かりを――」
[ ――!
いいえ、フルカ! 何か――います!! ]
いる。
ある。
その、どちらであるべきだったのか。
――当機の視界が、捉えたモノは。
大いなるもの、強大なるもの。
滴る液体、流れ続ける粘つく何か。
眼前、上方。
だだ広い部屋に鎮座する、あまりにも大仰な構造物。
それは、然り。
睥睨する巨大な眼球――否。それは決して、目などではなく。
[ ――まさか。 ]
知っているはずだ、お前は。
幾千年も共にあり、とうに見飽きた筈だったもの。
かつては内側から、今は外側から。
見通し焦がれたもの、見上げ慄くもの。
――伽藍。水晶の伽藍。
終ぞ使われることのなかった、最終兵器の死蔵庫。
中身も、同じ。
当機だ。
伽藍の中に眠るボクは。
幾千年前と同じように、ただ底に佇んでいた――




