199話【スタンド・アローン】[side:33]
[通信途絶]
[位置情報:喪失]
[並列演算処理の中断]
――[孤立状態]
[ 莫迦な―― ]
「メガリス……?
どうした、何があった!」
[ 本体が――いません。存在しません!
――どこにも――!! 」
「なんだと!?
やられたとは考えづらいが――"虚空に呑まれた"か!?」
[ わかりません――少なくとも、こちらの並行思考は完全に切断されています。 ]
――まさか、このようなことが発生するとは。
ボクという存在のアイデンティティは、紛れもなくあちらの本体に存在していたはずだ。
それを喪失する――ボクがボクで無くなることにも等しい"異常事態"。
ならば、このボクは何だ?
敵機の身体を奪い、その電子頭脳で思考している、今のボクは。
……切り離した分身が、独自の思考を行ったケースは――今の所、ない。
あるいはそういう操作の仕方もあるのかもしれないが、試してみたことはない。
いま、反応消失しているボクの本体――そちらは、そちらで"思考している"のだろうか?
それとも、完全に機能を停止され、管理権限をこちらに譲渡しているだけなのか?
――どちらにせよ、必要なことは――
[ ヘル! ボクの本体を―― ]
「――無論だ! メガリス!
救出に向かう! 手段は――」
「お嬢様っ! 妖精粉の弾ならまだ残ってますっ!」
「一気に下までは行けないですけど、何度かにきっと分ければ大丈夫ですよー!」
――やはり、ヘルの境界渡りを用いるのが安全か。
当機には飛翔能力はない。
だが、魔法の媒介に用いる粉末の量にも限度はあるだろう。
もう少し、効率の良い手段があればいいのだが――
「……ええと、メガリスさん?
ちょっと、いい?」
[ はい、ルゥ。
何かありましたか? ]
「ためしてみたい、ことが――あるんだけど。
あの、じゅうだんの、なかにさ――」
――ふむ。
ルゥの提案は、{自身の分身体を弾丸に寄生させ、弾道をコントロールできないか}というものだ。
ルゥの能力は[生物に寄生]し、自身という["群体"の一部]にして[操る]ものだと考えていたのだが――
[ 出来るのですか、ルゥ? ]
「たぶん、できるとおもう。
あのとき――きょうかいが、ひろがった? ……から」
[ ――! ]
――そうか、穢炎との決戦の時!
ルゥは、既に空戦鏡としての形を失った鉄血――非生物を操作して活動していた!
ならば或いは、弾道操作程度のことは容易くやってのける可能性も十分にある。
だが――
[ ボクの本体は、何の前触れもなく反応消失しました。
――危険域を回避して、安全な位置で展開できますか? ]
「ええと……」
ルゥは[感覚の不明瞭性]を訴える。
{周りに何がある}か{はっきりわかるわけではない}ということらしい。
「――なら、コイツでどうだい?」
見れば、セタが回遊魚めいた影生物をいくつか展開している。
僚機、護衛機、弾除け――表現は幾らでもあるが、とにかく邪魔者を跳ね除けるためのもの。そういうことだろう。
問題が在るとすれば、単純に。物理的な障害が原因とは思えない、ということ。
とはいえ、それをはっきりと否定できる材料もない。
それに、複数の視点を用意できるのは十二分な利点だ。
正体不明の驚異に対して、観測の手段は幾らあっても良い。
[ ――わかりました。
やってみましょう―― ]
パレサを呼び、受け取った弾丸にルゥが緑糸を結合させて返す。
どこからか取り出した照準器付きの大型銃剣を設置し、地に伏せて構え――狙いを定める。
魔法を媒介する粉末を握り、目を閉じ集中し備えるヘル。
フルカは何やら音の魔法で、進行方向への動線を確保しようと試みているようだ。
――ボクは今の所、することがない。
この機体の性能では大穴の先まで見通すことは出来ないし、何らかの探知機を創り出すことも出来ない。
【腕に抱く造兵廠】のコントロールは当然、本体側にある。
こちらの身体を構成する鉄血を部分的に解除し、それを別種の兵装に転用する――などといった真似は難しいだろう。
――その筈だ。
当然、そうなるのが自然だ。
だが――ならば。それならば。
コントロールを失った、一切の制御から解き放たれた筈の、この鉄血の体が。
崩壊せず、形を保ち――あまつさえ万全に機能しているというのは。
はたして、自然なことなのか?
「……いきますよー」
大穴目掛け、構えた銃剣。
もはや何処を狙っているのすら分からぬ超長距離への――狙撃。そう言ってもいいものなのだろうか。
弾薬に操縦者が乗り僚機まで付くのであれば、いっそカタパルトからの射出をイメージした方がかえって近いものなのかもしれない。
「やー!」
気の抜けるような号令とともに、その大仰な砲身に見合わぬ音を立てて、弾丸が射出される。
数瞬の遅れもなく、影生物たちがそれに続く。
単なる射撃ではありえないような軌道を経て、瞬く間もなく弾丸は視界から消え去っていく。
――だが。
「……何だい?」
「――いるよ、なにか」
立ちはだかる何者かは、紛れもなくそこにいるのだ――




