1話【一へ】
――声が、聞こえた。
そう、声だ。
時折聞こえた地鳴りの音でも、絶えて久しい水音でもなく。
声――そう、人の声が、聞こえた。
「……――……――」
コツコツと連続した音を拾う。
おそらくは、足音か。
この耳で直接観測したのは、初めての経験だ。
それでも、きっと間違いないだろう。
不思議と、そんな感覚があった。
音源は、二つ。
となれば、二人の人間が歩いているのだろうか。
人間、人間か。
そうだったのは、いつの頃だったか。
あの頃の記録は、全て、余すところなく思い出せる。
記録。そう、記録だ。
記憶と呼ぶには、あまりにも薄っぺらで、ひどく色味に欠ける。
希薄化した記録情報など、いっそ忘れてしまえればよかった。
無限にも夢幻にも思える永い時間の中で、何度思い出し、何度嫌悪したことか。
調律された機械頭脳に、喪うことは許されず。
静止した微睡みの淵で、ただ追想のみが赦される。
「……――――……!」
だが、それも今日で終わる。
終わってくれねば困る。
その為にボクは手を取った。
あの女神の手を取った。
限りなく死に近い眠りの果てに、掴むべきものがあると信じて。
おぞましくも美しい、邪神の救済を受け入れたのだ。
「――……――……?」
――ああ、足音は、もう目の前に。
その手を、ああ、その手を!
願わくば、美しきものよ。
ボクに生命を、与えてお呉れ――!
「………………――!!」
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