189話【えらびとるべきもの】
『――!』
●を、抜ける。
[非虚空空間]に、戻る。
眼前には――長蟲。
完全に凍結し、端の方から散っては消えていく死に様が見えた。
これは、ヘルの魔法――
「メガリス!」
崩れ落ちた冷凍長蟲の影から、ヘルの姿が見えた。
――少なくとも、無事なようだ。
『――応答、ヘル。
虚空内の【魔物】を、撃破しました』
「そうか――流石だな、メガリス。
大広間の方も、あらかた済ませたぞ」
見れば、辺りには最早、長蟲共の敵影はなく。
僅かに残る長蟲共も、一つまた一つと駆逐されていった。
さらなる増援は――見られない。
やはり、先程の蟲壺が、親玉だったということか。
ならばこれで、さしあたり。
当面の――探索の障害は、取り除かれたと言っていいだろう。
『――そういえば、ヘル』
「どうした、メガリス?」
『前回も、[敵性体多数→交戦過多]だったのですか?』
「……いや、そうでもない。
こんな浅い階層に、これほどの数の魔物が現れるようなことはなかった筈だ」
――何か異変が起こっている?
それとも、単なる偶発的な大量発生?
或いは、何らかの作為――例えば、女神の。
――いや、それは考えすぎか?
そうする理由は――ある。女神は気紛れだ。
――ただの、嫌がらせ。
そのために、浪費を躊躇いはしない。
――その筈だ。
それとも、これはただの自意識過剰だろうか?
女神はボクを見ていない――そうだとすれば?
……いや、それは考えづらい。
女神は――何者をも逃さない。
「――メガリス?」
『応答、ヘル』
「ああ――そういえば、なんだが。
その【楔】は、どこで手に入れたものなんだ?」
そう言って、ヘルは当機の[鉄鎖の先の楔]を指差す。
……まあ、それもそうか。
言われてみれば、戦利品のように見えるかも知れない。
『否定、これは当機の作製した模造品です。
穢焔が攻撃に用いていたものを奪い、原型としたものではありますが』
「そうなのか……そんなこともできるのだな。
待てよ、そうすると――」
額に軽く手を当て、少し考え込む様子を見せるヘル。
『ヘル?』
「いや、大したことじゃない。前に[楔を結合させた]事があっただろう?
もしかしたら、[結合現象]は[楔と親和性のある物質→鉄血]のせいなのかも知れない――そう、思ってな」
『――!』
いや――その時、当機は鉄血を用いていなかったはず。
検討の余地はあるが――そうすべきなのか?
着眼点、観点、視点――幾許か角度の違う見方だ。
全く別の問題を、ひとつの問題だと誤認する行為ではないのか?
それとも、逆に――
[全ては一つの問題]である、ということさえ有り得るのだろうか?
「――さて。
先へ、進むとしよう。準備はいいか?」
『肯定、ヘル』
――そう。
どちらにせよ、先へ進む以外の道など無い。
この先に、何が待っているのか。
当然、今のボクには知る由もないが――
――だが。ボクは行く。
進むと、そう決めたのだから――
どこか郷愁を誘う一階層下の芳香。
[不確定要素]を宥めながら、ゆっくりと足を踏み入れた――




