185話【ふりかえり、まえをみて、そのさきへ】
「……そうか。
いや、無理に言わずともいい。
お前が、話してくれる気になったら――」
『――当機は』
「!?」
ええい、かまうものか――
……ヘルの言葉に、応えられないのは――嫌だ。
『――いいえ、ボクは。
――【この世界】の人間ではありません』
「え!? は――メガリス?
お前は、何を言って――?」
『以前、ヘルが教えてくれた概念です。
――【転生者】と』
「!!」
{まさか}、{そんな}、{実在したのか}――{驚愕}を示す彼女の表情。
『ボクは、女神を名乗る存在により、この世界に創造されました。
――この、機体を持って』
胸元に手を当て、少しばかり俯いてみせる。
『故に、ボクには――過去があります。
口にするのも莫迦らしい、前世の記憶が。
――そう。異世界の記憶』
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『言うならば、ボクは――
世界と世界を越えて、この世界に生まれ落ちたのです』
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「異なる、世界――!
それは、どんな――」
『……いいえ、駄目です。
ボクは――前世記憶を、思い出したくないのです』
ヘルは自分の顔を軽く押さえ、ゆっくりと首を振った。
「……すまない。
誓おう。私はお前に、想起による苦痛を与えはしない』
『……これで、一つ。
ボクの、隠していたことの一つです』
少し俯いたヘルは、目を閉じ、顎のあたりに軽く触れる。
「――ああ。
正直……予想外の話だ。
私が推測していた隠し事は、別のことだったからな」
――?
そのことでは、ない――?
「そうだな、切り口としては――
――【魔物】とは、何だと思う?」
――!
これは――
『……誰のことを、言っているのですか?』
「はっきりと、言葉にすべきだろうな――」
片手を顔の横に挙げ、指を一つ一つ立てていく。
「お前の同型機二名、フェン兄様の[推定:恋人]
――更に言うのであれば。私達に取り憑いたあの穢焔も、だ」
『――それは。
魔物と同質の存在だ、と?』
「そうだ。
【明白なる意志】を持つ、【魔物】
つまり、【虚空】より【生まれた】、【人間】だ」
『!』
「魔物は、人を襲い、虚空へ呑み込もうとする。
それは――いかなる理由があってのこと、だろうか。
――もしかしたら。
意思ある魔物は"魔物が人を襲う理由"を、知っているかもしれない。
――そう思ってな」
どちらかといえば、{好奇心}に近い感情。
{情報戦}や、{尋問}の意図ではなく。
――それなら。
『話が、したかったのですね』
「……そうだな。
意志ある者には、それが必要だ」
――然り。
そうあるべきだ。
そう出来る限りは。
『――二つ目、ですね。
[彼女らが、虚空由来の生物である]――と、隠していた」
「ひょっとして――まだあるのか?」
少しばかり{冗談めかして}、{からかう}ような笑みを浮かべる。
『――まさか。
ですが――
二つの話と、関連する事柄が』
「良ければ、聞かせてくれないか?」
『――肯定。
ボクを、この世界のものへと作り変えた女神なるもの。
そいつは、["虚空"の女神]である、と推測しています』
「!」
『――少なくとも。
ボクと、セタと、ルゥ、ネールと……穢焔は。
――同じ神格によって、創造されたことは確かです』
「――そうか。
ならば、やはりお前も同じように――
……いいや、待て。
それでは、まるで――」
『――【転生者】
異世界で死を迎え、女神によって虚空に引きずり込まれた存在――』
「――やはりか!
だが、ならば何故、女神なるものは転生者創造をしている?」
『……これは、推測ではなく、突飛な空想に過ぎないのですが。
女神は、異世界の存在を材料に、虚空の神性を作り出そうとしているのではないか、と」
「神性創造――ならば、それは、世界を創造することと同じだ。
虚空を、実体に作り直そうとしている――そういうことか!」
ヘルは掌で顔を掴むかの勢いで触れ、{思考}を続ける。
「――それを元に、考えるのであれば。
魔物によって虚空に飲まれた人間は――
『――資源。
そう考えるのが妥当でしょうか。』
「……いや、それはわからないな」
『――と、言うと』
「虚空には何もない。
少なくとも、我々の観測できるものは、何一つ」
――当然、それは前提として。
「そう。
大気さえ、魔力さえ、上天光さえ霊魂さえ、
塵芥の一つさえ。存在しない空間。
――そこに、人間由来の、非人間的物質があるのなら――
それは恐らく、ヒトでないものを素材とした方が、効率が良い存在だ」
『!』
――ヒトでないもの。
――この世界の。
だからこそ。
――異世界から?
「しかし、それにしても――
一度、会ってみたいものだな、その女神様とやらに」
『……!』
「……ふふっ。初めて見る表情だ、メガリス。
そんなに{嫌}なのか?」
『……ええ。
ですが、一度会って殴打しなければならないので』
「そんな顔も美しいな、メガリス。
なら、お前と私で――
【女神とやらを、見つけてみよう】じゃないか」
『――!』
――ああ、全く。
簡単に、言ってくれるものだ――
――当機は、思わず。
{心底楽しげ}な、{柔らかな微笑み}を浮かべてしまっていた――




