172話【幾千の落陽を齎すものよ】
『――【蒼天 ・ 旋転粉砕刃】ッ!!!』
凄まじい勢いで高速回転する蒼天の刃が、迫りくる千腕巨神の腕を容易く裂き砕く!
破壊された拳は滲むようにして飛び散り果て、その形を失う――!
『……っ』
――やはり、斬れる。あまりにも容易く。
蒼天が良いのか、或いは砕けようと委細構わぬ敵の思惑か。
――しかし。
改めて思うが――石蠍の鋏は如何なる材質なのだろうか。
斬れすぎる――幾らなんでも、だ。
――疑問ではあるが、今は[思考容量不足]――
切断された拳は――瞬く間に再生しては、手近な切断腕と結合し襲いかかる。
拳自体――あるいは腕ごと破壊してみるか?
――有効とは思えない。全部纏めて再生するのを確認するだけだろう。
何か行動するとすれば――妥当なのは、封印。
当機の造兵廠に引きずり込むか、【虚空封印櫃】に収めるか。
おそらく、それ自体は有効だろう。
敵戦力を漸減せしめることだけは確実だと言っていい。
――だが、そもそも。
当機の虚空容量なるものは、どれ程に存在するものなのか?
――いや。
虚無の実数量か――少しばかり、難題に過ぎる。
無意義な問ではなく、実際の記録を頼るべきか。
――少なくとも。
大鏡人の骸を丸ごと取り込んだのだから、その分の容量は在る。
――ならば。
試す価値が、無いわけではないが――
「――メガリス!」
『セタ?
――どうしました?』
「何か、無いのかい?
いつもの、智慧さ」
『……!』
――無い。少なくとも、今は――
ならば、どうする?
――考えればいい、今――!
そうだ。
単純に、考えてみろ。
敵方と、味方――
――そう。
太陽と、海だ。
一方に対し、もう一方も決して劣るものではない。
充分――そう、充分に対抗が可能なはずだ。
類例――そう、例えば――
天と対等たる海――太陽神を産み落とした原初の水――
太陽を呑む嘲狼は、大河の主の眷属――水に属するものだ。
天岩戸の発端は、そもそも海原を与えられた弟神だろう――
羽毛ある蛇の復活は、海から来た者たちに妨げられた――
――ああ。
【海】が【天上の火】に抗し、害為し、相争う。
それは――何もおかしなことじゃあない。
――よろしい。
いいじゃないか。
それなら――
『――セタ。
提案があるのですが』
「ハ、やっぱりあるんじゃないか。
――どうすりゃいいんだい?」
『その前に――確認を。
水球は、駆動可能ですか?』
「……何を言ってんだい。
水球が自分自身だよ?
――出来ないワケがあるかい?」
『同意、聞くまでもなかったですね。
――頼みますよ、セタ』
「ああ――相棒」
近くを飛んでいた剣と合流し、{少し無茶をする}{危険だ}と後退を勧め――準備を、急ぐ。
『――【射出装置】[準備完了]』
セタを搭載し、千腕巨神の頭部中央を目掛け――
『[射出]――!!
――そして!』
大海湛える鉄器は、その全てを、解き放つ――!
『【流動魔力体人形】!
――[解除/解放/展開]!!』
轟と、轟々と。
溢れる激流が、飛沫を上げる――
天に唾するが如く、解き放たれた途方もなき水量。
それは還らぬ覆水に非ず、空中に在り、天に広がり――
――そして。
無数の顎を嚼み鳴らす、多頭の蛇龍の姿が天に在った――




