169話【それは鉄火の場に在りて】
『――!!』
お兄様――!
所在不明だとは聞いていたが、まさか――!
――独自に、事態解決を試みていた、と?
然れど――嗚呼、然れど! 鋭き刀身は既に火中!
粘つく穢焔は煌々と、その意思さえも穢し尽くさんとする!
おお見よ! あの燦々たる様を!
黒陽は刀身を呑み下し、意識の中枢たる柄の宝玉へと火の手を伸ばし――
[‡ ――。 ]
――!
聞こえたのは――声。
思考中枢に響くような――雄々しく、猛々しき、憤怒の言葉!
[† ――滑稽でありますな。
なぜ自分に――焔が効くと思ったのでありますか]
その刀身が幽かに滑り、柄の宝玉が俄に光を放つ――
[† 焔に依って鍛えられた刀剣そのものたる刃間が――
――生温い火如きに屈するかッ!!]
一閃、剣閃、剣光。
刹那の間に振るわれたその刀身の一撃は――無形の火焔をも真二つに切り断ち分ける!
[† 内包世界を溶かす穢れた焔? ――笑止!
自分の内包世界に焔など、幾らでも燃え盛っているのであります」
二ツに裂かれた黒陽は弱々しく揺らぎ、また一つに戻ろうと煙を上げ――
[† 千の刀剣を鍛えて出直せ――残火!]
――無数の[残像の剣]に穿たれ、裂かれ、破壊され。
完全に――消滅した。
――これは――
『――ガルトノート、お兄様……?』
[‡ おや――? ]
反転する、剣。
剣は言う、宝珠に触れずとも、聞こえる声で。
[‡ おお! 無事でありましたか、我が義妹よ!
貴女も魔物と交戦したので? ]
『肯定、お兄様。
ですが彼奴は未だ――』
[‡ 皆まで言わずとも、分かっているのであります。
魔物は群生体の一部であります。中枢を、撃滅せねば。 ]
――幾らか認識は異なるが、概ね正しいと言っていい判断。流石、と言ったところだろうか。
穢焔本体は、捕らえた。
だが、分身体が動きを止める気配がない。
ならば意思決定機関とは別に、反射機構が存在するという可能性は?
――あれほどの統合神格だ。
機能を部分的に残した神格の残滓が在ったとしても、不思議ではない。
即ち――制御を失った反射機構の暴走。
いま危惧すべき事態があるとすれば――おそらく、そのようなものだろう。
だとすれば。
反射機構を機能停止させる――剣の意見と同一だ。そう言っていいだろう。
――それなら。
『中枢が何か、あるいは何処か――
――見当は、付いているのですか?』
直に触れることで、相手の情報を得られる魔剣ならば――あるいは。
[‡ 然り、魔物であれ――斬れば分かることもあるのであります。 ]
『――では』
[‡ 魔物共は何らかの方法で、繋がっているのであります。
魔力線か電信か、それは定かでは無いのでありますが――
――謂わば、繰糸のようなもので ]
『操糸――?』
[‡ はい。遥か上から垂らされた人形繰糸めいて。
おそらくは、上空に――中枢が。そう思われるのであります。 ]
――上空!
反射機構は、空に在り!
高い天井を睨み、窓の外を見遣る。
七色の月光に照らされた夜の世界。
だが。
月光は次第に翳り始め。
一際昏き歪んだ妖光が、城館を覆う――
――ああ、然り。第八の星。
砕け滲んだ穢れた残骸が、傷んだ光と共に舞い降りようとしていた――




