167話【黒陽沈みて瞬くは】
死を迎えた太陽は、途方もなく膨張し。
輝きを失い続けて、何もかも飲み込むような黒へと落つる――
『――ぅ、あ、ぁ……』
「メガリスさん! メガリスさん!
しっかり――してよ!」
ルゥの声。
そんなことよりも、ボクは――
『――ルゥ』
「メガリスさん!!」
『当機は、何をした――?』
「……それは――」
沈黙する、ルゥ。
推測は可能だ、最後に見た光景からすれば――
「かったんだよ! メガリスさん!
シャハズマルズを……ぶちころしたんだ!!」
『――それは。
どのようにして、ですか?』
「あいつのつかっていたような、【楔】――
それも、アイツのかずなんて、めじゃない――ものすごい、りょうの!」
頭部前方より垂れる緑糸は、興奮気味に身体を揺らす。
「それをムチみたいにしならせて――アイツの、ぶきを!
ひとつひとつ、バラバラの、コナゴナにして、そして――」
『……そして?』
「あいつの、ちからのちゅうしん――くろいたいようみたいなやつを、ぶちぬいたんだ」
『穢炎は……どうなりました?』
「――きえた、よ?
あいつはもう――しんだんだ!
『消えた――?』
――莫迦な。
あれ程の相手が、こうもあっさりと?
単純に考えるのであれば――ありえないことだ。
――それとも。
この偽識螺旋が。
それ程までに、眷属神に対し致命的な存在なのか――?
『――!』
何処からともなく――うめき声!
この虚空で、眷属神以外が存在するものか!
『――其処、ですか!』
然り、声の主は――!
「ぐ、あ……」
『――穢焔!』
今にも霞んで消えそうな、[風前灯]が其処に在った。
「あいつ……まだ!」
ルゥが{留めを求める}かのように、叫ぶ。
だが――穢焔には、まだ聞きたいことがある!
『――[兵装・解除]
そして――』
「え!?」
突き刺さったままの触手楔を鉄血に還元し、次の精製物の原料とする。
――そして。
欠け逝き燃え果てる太陽、最早皆既に等しく。
辛うじて紡ぐ断末魔は――
「ありえない! まさか、貴様が、貴様こそが――」
まさに今事切れようとする穢焔の眷属神。
{ボクの行いを咎める}かのように、ルゥが小さく問いかける。
「……たすけるの? メガリスさん」
『肯定、ルゥ。
――【強制神体増設】』
鉄血が燃え滓に融合し、俄に光る銀の球体へと、変化していく。
――そして。
それを包み込む、鏡状の金属片が十重二十重に――宛ら天体球殻めいて展開される。
理路整然と組み上げられた封印装置は――ただ、静かに。
この虚空に、浮かぶがままとなっていた。
「……メガリスさん」
『はい、ルゥ』
「……どうして?」
{何故、仇を生かしたのか}、{被害者と同じように}。
問いかける、復讐者の声。
ボクは、言葉を飾ろうともせず――ただ、応えた。
『利用価値があるからです。今は、未だ。
ボクの目的の為――穢焔の情報が必要です。』
「たべてしまえばいいのに」
『――腹を下すのは御免です』
「……?
ああ、ほしょくこういの――でも、メガリスさん。
そういういみじゃ、ないよ?」
『言ってみただけ、です。
――脱出しましょう、虚空から』
「――うん!」
外殻を、少しずつ変形させていく。
虚空を作り変え、ただの鉄血へと戻してゆく。
――しかし、それにしても――
奴は――最期に、何を言おうとしていた?
それはおおよその所――{貴様こそが、〓〓だ}、と。
真っ先に想定されるものは――ああ、畜生。
……少なくとも、ボクは。虚空の女神ではない。
そんなことは分かっているはずだ。ボクは――ボクなのだから。
では、何だ? [何だ]と考えられる?
穢焔を穿ち撃滅せしめたのは、やはりあの連環楔……。
だが、その前に。
穢焔はボクのことを――何と言っていた?
――{求めてやまぬ"力"を}――
――{楔を結合させる"力"を}――
それだけか?
穢焔はなぜ、そんなものを求めている?
――いいや。
それは既に――聞いた言葉だ。
{女神を殺すためだ}、と。
結合された楔は、虚空の女神をも殺しうる兵器となる――そういうことだろうか。
そして、ボクは――[楔を結合させること]が出来る――?
――ならば。
当機は、何だ?
――神殺しの武器?
――寄生木を射る者?
――神殺しを産むもの?
……。
――いずれも、決定的なものではない。
あくまで思考の材料として留めておけばいいものだろう。
――それに。
直接聞けば分かることだ。
完全修復に、どれほど時間が掛かるものだろうか。
――まあいい。今は、とにかく――
『【空蝉人形】――解除』
――そうして、当機は。
この空間を作り出していた外殻人形を解除し――
七色の月光が照らす、尖塔へと舞い戻った――




