165話【かなたの、あなたから】
『あ――』
人形の渦が消え――当機は独り、虚空に在る。
――何が、どうなった――?
『――!
これは――?』
当機は、全機動部位を、走査する。
[腕部機能:一切瑕疵無し]
[脚部機能:一切瑕疵無し]
[胴体機能:一切瑕疵無し]
[頭部装甲:一切瑕疵無し]
――何れも、義肢ではない。
周囲には分離した鉄血義肢が、そのままの形で宙に浮いている。
『――[兵装化:解除]』
義肢として用いていた鉄血を、造兵廠に回収する。
――[義肢が不要]となって、[自動的に分離]した?
ならばそれは、即ち――
――[損傷部位]が、[再生]した――ということ。
そう。
修復ではなく、再生だ。
こんなことが、出来るとするならば――
『――魔法……?』
そうだ、以前――経験したはずだ。
ヘルの――修復魔法。
あの魔法であれば、[完全修復]になることも、充分有り得ることだろう。
――だが。
ならば、術者は――誰だ?
あの金色の粒子――あれが[魔法の媒介]であるとするのなら、術者は付近に居た筈だ。
――それとも。
粒子自体が、術者なのか――?
そうだ、前に――聞いたことがある。
黒色立方体の記憶――ヘルは如何にして立方体に入ったか。
そう――見せてもらったはずだ。
全身を金色の粒子へと変化させる、[雲散霧消]――
――ならば。
『ヘル――ヘルなのですか?』
穢焔に雹弾を撃ち込み続ける、少し薄まった金渦に問いかける。
――されど、それに返事はなく。それを確かめる術はない。
――可能性。あくまで、可能性だ。
ヘルの精神――内包世界に寄生していた穢焔は――
――当機の虚空に、直接侵入をしてきた。
つまり、ある意味で言えば――
――虚空は、ヘルの内包世界と直結しているのだ。
穢焔の大部分は、あらかた虚空内へ引きずり込めた筈だ。
なら、今現在――通常空間のヘルが、[行動の自由を獲得]としたら?
――あるいは。
未だ自身の肉体の操作権を完全復旧できないヘルが――
――内包世界における自我――あるいは、それに類するもの。
精神体相当物で、行動を――?
――子爵が精神体外放出したように?
『……』
――ハ。
お笑い種だ。
笑えぬ、冗句――
……嗚呼――
――何たる[此方の醜態]か!
然り! 本来であれば――
当方が、助けるべき立場である筈なのに!
――よろしい。
よろしいとも!
ならば当機は、本来の役目に立ち戻り――
『――護衛対象の奪還のため。
敵を、撃滅します!』
反撃の狼煙など――とうに上がっていたのだ。
「――メガリスさん!」
別方向からの、声。
この声は――
『ルゥ!?』
再起動した空戦鏡か。それとも探索機体の帰還のか?
しかし、それにしても。
[禍々しき黒色流動体]は、一体――?
「とどけに、きたよ……!
[黒鉄塊]は、メガリスさんのもの、だから――」
『ルゥ、貴方は――』
「はやく! あの楔は、メガリスさんあての[伝言]があったの!
だから、これは――メガリスさんがもつべきもの!なの!」
{鬼気迫る}、あるいは{真に迫る}ようなルゥの態度に、当機は応えぬ道理などある筈もなく。
『わかりました、ルゥ。
貴方は一旦、当機の[疑似毛髪]に――』
「うん!」
黒鉄流体から抜け出た緑糸を、当機の頭部前方に接続する。
宛ら筋染めの髪型のように、菫色に緑の髪が交じる。
――そして。
ただの鉄血となった、正体不明存在。
ボクは黒鉄血に触れ――
『……!!!』
――流れ込む奔流に、ただ身を委ねた――




