147話【動乱】『後編』[side:HL]
「――準備完了ですっ、お嬢様!
これで、いつでも出航できますっ!」
潜空艦オーチヌス艦内、指揮室。
部屋の中には、私と、フルカと――
「新装備の方も問題ないヨ―☆
いやァ~楽しみだよねェ、へレのん!」
――変態技師。
あとは、艦の端末立方体がちょこまかと動き回っているぐらいだ。
――[父上の雲身との面会]から、すぐ。
話を聞いていたらしい、サイクリスが同行を求めてきた。
手段はともかくとして……同行自体は有難い事だ。
心強い、そう言っても良いほどだ。
艦隊戦であれば――彼女の技術は、頼りになる。
……おおよそ艦内の騒々しさが、数倍程度に跳ね上がったのが悩みの種だが。
ともあれ、この艦に――[新型の術式砲]を始めとして、幾つかの対艦艤装を積み込んだのも、彼女だ。
――何であれ、使える手札は、多いに越したことはない――
「――よし。
フルカ、オーチヌス、サイクリス。
出航だ、目的地は【鉄砂海峡ラザントゥロウム】――」
あの子と別れた場所。
あの子が助けを待つ場所。
あの焼け爛れた砂丘の広がる、熱風渦巻く赫い危地。
進路はまっすぐ、一直線に。
ただ進め、前へ前へ――前へ!
「――フルカ、合図を」
「はい! お嬢様!
オーチヌス、[発進]!!」
――そう。
まさに今、出港しようとする――
――その瞬間だった。
「何処へ行こうというのだ、ヘレノアール」
港側に声、力強き巨躯の影、大気が震える程の――威圧感!
「――お父様!?」
いや、違う!
忘れるな、今の父の身体は――父のものではない!
そうだ、あれは――
「――知性ある魔物!!」
聞こえたか、聞こえていないのか。
地の底から響くような、恐ろしげな声で[父の姿をした魔物]は言う。
「――出航の許可は、出していない。
もう一度、聞くぞ。
どこへ行こうというのだ、ヘレノアール?」
無意識に体が震え、汗が滲む。
幼き頃に、酷く叱られた時の記憶が脳裏を過る。
――いいや! 違う!
明確な殺意! こんな叱責があるものか!
だが――
「どうするへレのん?
無視して突っ切る?
トばして行く~?」
「駄目だ!
仮にあれが全盛期のお父様と同等なら――」
――この艦ぐらい、容易に落としてみせるだろう。
なら――!
「フルカ、サイクリス――頼む!」
「お嬢様!?」
「ヘレのん!?」
甲板を蹴り、港へ向けて跳躍する!
「メガリスを――必ず、連れてきてくれ。
あの子は"勝利"に愛されている――
――そんな気が、するんだ」
{私が時間を稼ぐ}と言い放ち、跳躍は次第に着地へと近づく。
背後から聞こえる、{無茶}や{無謀}を咎める声。
――すまない。だけれど、今は――
「おはよう、ヘレノアール。
急な遠出は止めにしたようだな」
[父の姿をした魔物]は何とも無かったかのように、低い声で言う。
「……はい、ですが――」
何千回と繰り返してきた動作。
愛剣を抜き、払い――突き付ける。
「――ほう」
「父に化けた【魔物】を、このまま放っては置けませんので」
静寂。張り詰めた糸のような。
ピリピリと、痺れるように――総毛立ち、粟立つ。
「なんのことだ――とでも、恍けると思ったか?」
眼前の刃に意をも介さず、赤い目見開き狂笑する【魔物】。
――恐れるな、震えるな。為すべきことを――為せ!
「ふ――いえ、手間が省けました。
後は――ただ、切り結ぶだけだ!」
「丁度いい、少し手駒が欲しかった所だ。
我が"焔"に――満たされるがいい、"器"よ!」
場が戦場へと推移する。
剣は相手に向けたまま――袖に隠した妖精粉を握る。
「{"其は白刃――凍研がれた風に舞い、触れ中て裂き断つもの也。
其は夜嵐――くるり巡りて空々回り、訪ずる木枯を先触るもの也――」
足止めの術式を練る間に――オーチヌスが、飛び立つのを見た。
――それでいい。
メガリス、どうか――
お前に、栄光ある勝利を――




