118話【器は静かに脈動する】
「…………」
沈黙するネール。フードを深く被り、問いに答えようともしない。
「ネールさん?」
わざとらしい{不思議そうな顔}をみせ、問いかけを続けるルゥ。
「……、…………、……」
小声で、何かボソボソと呟くネール。
断片的な文言、段々と薄れ陰りゆくように。
――[差し金][あいつの?]
[どうして?]――[いいえ]――
[まさか]――[ない]
――[やるしか]――
そして徐に取り出されたものは、刃。
――朱く煌めく、鋭き手斧。
『――!』
攻撃か、反撃か。
敵対者を、排除しようというのか?
否、その刃は眼前の相手に向けられたものではない。
己自身の腕に向けて――振り下ろされた!
「――えっ!!」
「……っ! はァ……!」
誤爆か、手違いか――否、そんな筈があるものか!
切断行為は、明確な目的を以て行われた!
切り落とされた右手首は、ぼとりと床に落ち、そして――
「……くっ……あぁああああ!!!」
切断面から溢れるものは――血ではなく、霧状の暗黒物質!
足元が黒く淀み――何処からともなく、泣き叫ぶような声が聞こえてくる――
『――!?』
背後に敵影――一つではない。
前方にもだ――ぽつり、ぽつりと増え続けている。
――何処から? いや、そんなことは重要ではない。まずは――
造兵廠を開き、赤熱鞭を構え、敵影を真っ向から見据える。
[頭部][四肢]→[五体]を。
それはヒトであったものか、それとも――
これから、ヒトになるものだろうか?
胎児のような、屍人のような、或いは人形のような。
ヒトの形をしたそれは、生気のない表情でこちらを見た。
「……ッ!!」
ネールは黒霧吐き散らす右腕を庇いながら、手斧をルゥへと向ける。
「なにを、そんなに、おびえているの?」
平然と切り返すルゥは、心底不思議そうな表情で問いかける。
「黙りなさい……!
動くな! 止まれ! そうしないと――」
「――どう、するの?」
「ッッ!!!!」
言葉は失い二の句は継げず、絶え窮し返せぬが儘、放たれるはただ激情の元に――
ぐらり。
揺れ動き走り出し倒れ込むかのように、人形は一斉に繰り動かされる。
瞬く刹那さえ置き去りにして、あまりにも機敏な傀儡が疾駆する。
淀む黒霧は揺らぎもせず只々漂い、不揃いな群衆は不気味な速度で行進する。
腕を伸ばし、我先にと先走り、ああ正に殺到せんと迫り来る人のような物体。
殺到する暴威は小さな機体を薙ぎ打ち潰し――
「――そこまでだよ、ネール」
突如、その光景が砕け散る。
漂う黒霧は消えて去り、人形の群れは影に消え、押し寄せる暴威はどこにもない。
小さな機体に瑕疵はなく、少女の右手もついたままだ。
――これは、どういう事だ――?
全てが幻術の中で起きたこと――とでもいうのか?
それとも、あるいは――
「{"水は燃え、炎は凍てつき、土は吹き抜け風へと根付く――
月は目映く日輪を照らし、雨水は天上へと登りて注ぐ――
尽く全ては理なく、翻り巡りただ転ばされるものなり"}
即ち斉術【浮世出水】――
――その攻撃は、"なかったこと"になった」
――魔法。
お兄様の、斉術というやつか。
……しかし、これは――どういうもの、なのだろうか。
まさか夢と現をすり替えた、とでも言うのだろうか。
ヘルの[粉末を媒介にした魔法]のように物体を媒体にするのであれば、まだ分かりやすくはあるのだが。
やはり、魔法というものに対しては、未だ十分な理解が得られていない――か。
――それよりも、だ。
「邪魔をしないで! フェン! たとえあなたでも――」
「落ち着いて、ネール。
――ルゥ、君もだ」
「――え?
ええと……あれ?」
「おい、今のは――」
――この鎮静作用を、有意義に利用すべきだろう――
『――失礼。
少しばかり、よろしいでしょうか――』
必要なものは――いつだって、情報だ。




