11話【自由への脱出】
『ところで、ヘレノアール嬢』
「どうした、メガリス?」
『お義姉さま……そう、お呼びした方が、宜しいでしょうか?』
「はうっ!?」
直後、ヘレノアールは胸を押さえる仕草をした。
どこかで、キュンという音が鳴ったような錯覚があった。
「お嬢様には刺激が強すぎるかも知れませんねー。
ほら、お嬢様。大丈夫ですよ~」
と、フルカがヘレノアールの背中をさする。
「す、すまない……こほん。
メガリス、そう畏まらないでくれ、もっと気安く読んでくれて構わない」
『ふむ……では、略称型の愛称型として、"ヘル"でいかがでしょう?』
「ん、んん? なにかこう、どこか不吉な響きに聞こえるのだが……?」
「とっても綺麗な響きだとおもいますよ! ヘルお嬢様!」
『お気に召しませんでしたか、ヘル?』
「……いや、悪くない。
何というか……"邪悪なものを断つ"かのような音の響きだ。そういうものは美しい」
『では、そう呼ぶことにします。改めてよろしく、ヘル』
「あ、ああ。よろしく頼むぞ、メガリス」
握手の求めだ。
返さなければ……おっと。
『失敬、しばしお待ち下さい。
【腕に抱く造兵工廠】――解除』
杭と射出機の形となっていた鉄血とナノマシンは、その形を失い、元の形に戻る。
元の形となった銀色の流体金属は、開いたままになっていた腕の放出機構の元へと向かう。
全ての流体が腕の中に収められると、放出機構は閉じ、傷一つない艶やかな腕がその姿を取り戻した。
「そう言う風になってるのか、それもまた美しいな」
『きっと開発者の趣味なのでしょう。
さぁ、その手を』
「お前の造り手は、大した職人なのだろうな。
さて、友誼の握手と行こう」
差し出された手をふわりと握る。
柔らかで、暖かい。それでいて、力強さもある。
ああ、良い。
この少女は、実に良い主となることだろう。
集団に属するのであれば、良い主こそ至上の宝の一つだ。
願わくば、良い関係を築きたいものだ。
「さて、それでは――先ず、この遺跡から脱出するとしよう」
「そうですね、ここも長蟲が現れうる領域である以上、長居は危険です」
ヘルが脱出を提案し、フルカがそれに賛同した。
『しかし、如何にして脱出を行うのですか?
観測によれば、ここは相当な地下深層にあるように判断できるのですが』
「ふふ、メガリスさん。
地下深くだからこそ、採れる選択肢、というものがあるんですよ?」
フルカがどこか自慢げな表情で笑う。
そして、ヘルがその説明を引き継ぐ。
「そういうことだ、我々は"下に脱出"する」
『――? 地核被覆層突破でも行うのですか――?』
「マントル? その言葉はよく分からないが、"突破"というのは間違っていないぞ」
と、言いながら。ヘルは何やら粉のようなものを地面に撒いている。
やや広めの円形。複雑な形ではなく、魔法陣か何かのようには見えない。
「お嬢様ー、こちらの方は準備できました。
呼び出し座標、ほぼ問題なしです!」
「よし、それじゃあメガリス。
その円の内側に入るぞ」
言われるがままに、砂で描いた円の中へと入る。
何が始まるのだろうか……。
おそらく、魔法の類いだろうとは思うのだが。
地下からの脱出、と聞いて考えつくのは、まずは転移魔法だろう。
あるいは空間跳躍起点の設置、透過輸送光線という可能性もあるか。
しかし、となると"突破"という単語がそぐわない。
果たして何が起こるのか。ボクは少し興味を懐きながら、待った。
「よし……では、行くぞ!
{"其は 無間の陥穽――
深く 深く 尚深く――
墜ち逝き果てるは 奈落の彼方――
冥府の砂にて 縦穴を開け"}
……散術式――【砂 葬 靑 山】!!」
――次の瞬間。
足元が、消えた。
……否!
足が、地面に、飲み込まれていく。
アリジゴクの砂罠に巻き込まれるかのように、深い沼に沈んでいくかのように。
ボクの、ヘル達の身体が、足元の地面に飲み込まれていく。
フルカと、目が合う。
その目線は、{「大丈夫」「心配しないで」}と、優しげに語りかけてくる。
……いいだろう。
信じてやるとしよう。
ボクは覚悟を決めて、身体を飲み込む不思議な感覚に身を任せた――




