10話【笑う】
彼女は、しどろもどろに語った。
"そうするべきだ"という提案を。
……つまるところ、こういうことらしい。
聞けば、【知的レリクス基本法】なる、
この世界―ーあるいは彼女らの属する国家が有するある種の律。
遺構から発掘された古代の遺物に関する一連の法律……のようなものらしい。
……今回のケースで、該当する部分を抜粋する。
│ ・明確に固有の自意識を保有すると思しき、
│ [武器]、[自動人形]、[ゴーレム]等。これを[丙]として、以下を表記する。
│
│ ・[丙]が発見された場合。便宜上人間種として扱うこと。
│ ・[丙]の立ち位置は、発見者の血族の末席に
│ 相当する人間として扱うものとする。
│ ・[丙]は己の明白なる意思を以て、これを拒否することができる。
おそらくは、[戸籍登録]に近い法的措置だ。
もし、この法律がそのままの意味であるとするならば。
個人個人の存在を確認、管理出来るほどの―ー国家。
それほどの文明のレベルに達している、
あるいは達していた、と言うことになるだろう。
それに、気になることもある。
こういった法があるという事は、
少なくとも。"己以外の意志ある創造物が、
一定数存在している"という事だ。
前例のない事柄に、法が定められることはありえない。
……ある意味で『仲間が存在する』と云う事にもなるのだろうか。
少し、そういった連中が如何なるものであるのか、興味が湧いてきた。
生きる為の目的に、【仲間を探してみる】事を加えてみても良いかもしれない。
……あれだけの退屈な時間を経たのだ、少しぐらい楽しみがあっても構わないだろう。
嗚呼、生を楽しむために、目的は幾らあっても足りることはない。
退屈や鬱屈で、悪舌に満ちた生よりも。
喜びや楽しみ、快楽に満ち溢れた生の方が。
――よほど魅力的だ、というものだろう?
――話を、戻そう。
とにかく、ボクは。
ヘレノアール嬢の属する、『エデルファイト子爵家』の。
その、末妹として加えられることになるらしい。
……末妹。
つまり、完全に女の子として扱われているのだ、ボクは。
確かに、この外見であれば、それも仕方のないことではあろうが。
あの女神にそっくりな――顔、髪、腕や指、腰に足。
小柄ながら均整の取れた、紛れもない少女の姿。
『(あの女神も、随分といい趣味をしてるな……)』
転生者に自分そっくりの美しいボディを与えた。
あの女神への怒りを燃やす。
『(自己愛陶酔者め……逸話のように、鏡像に魅せられ衰弱死してしまえ……)』
――と、思考にふけり黙り込んでいたボクに、ヘレノアールが話しかけてくる。
「どうだ、メガリス? もし、お前が良かったら、だが――」
少し焦りを帯びているようだ。{断られるのが不安}なように。
一応、受ける理由、断る理由を思考する。
このまま受けるのならば、ボクはこの世界における身分を手にすることが出来る。
名目上の貴族令嬢だが、扱いはそのまま兵器でいられるだろう。
それに、折角出会ったヘレノアール、フルカとも交流を深められることだろう。
では、断った場合。ボクは自由を得ることになるだろう。
この場を脱出し、外の世界へ。一般的な衣服を調達する必要も出てくることだろう。
どんな世界が広がっているのか、それを自ら確かめることが出来るなんて、最高に魅力的じゃないか。
とはいえ、ボクの答えはもう決まっている。
『分かりました、ヘレノアール嬢。
ボクは貴女の義妹となります』
「ほ、本当か! やったぁ! ありがとうっ!」
ヘレノアールは頬を紅潮させ、満面の笑みを見せ、ボクの身体をギュッと抱きしめる。
『[熱量上昇]その、恥ずかしいので、やめて下さい』
フルカは「まぁっ!」と口を抑え、顔を赤くしている。
こっちの娘は絶対に楽しんでいる。それは確信できた。
「あ、いや、すまない。
妹が出来たのは初めてだったのでな……その、嬉しかったのだ」
「お嬢様は末子様でしたので、そういうのに憧れていたのです!」
「フルカ……いや、否定はすまいっ!」
『……ふふ』
何故か不意に、笑みがこぼれていた。
ああ、思えば。
これは、何千年ぶりの会話なのだろう。
女神との会話は[計算せず]だ。
少なくとも5000年、そしてそれ以上――
思えば、前世で命を落とす前、どれだけの人と会話を楽しんだことだろうか。
記録にある限り、それは――
……やめておこう。
ボクはこの世界に、生まれたのだ。
生きると、生きてゆくと決めたのだ。
だから――
『――ふふっ』
「メ、メガリスっ! メガリスにまで笑われ――」
「あれ、メガリスさん。笑うととっても素敵ですよ! まるで女神さまみたいですっ!」
まずは、一先ず。
――笑ってみることにしたのだ。




