96話【それは赤より出でて】
「何を――おっしゃっているのですか、フェン兄様!
そんな代物を……一体、何を考えておられるのですか!」
錆砂の――狂気の元凶!?
既に標本を採取していた……?
いや、待て。
だとすれば、もしかして――
――[女神の眷属神]と思しき[仮称:狂気の拡散者]――
同族の[一部]である可能性も――?
「――ああ、そういう反応が欲しかった。それこそ、正に誤解さ。
なにも己は、[父上を狂気に侵そう]なんてこと、考えちゃいないよ」
「――いいでしょう、フェン兄様を信じます。
では、フェン兄様? [錆砂の小瓶]をどう使おうというのですか?」
「――使う。そう、使い方だ。
まず一つ、ハッキリとさせておこう。
――[小瓶の中の赤い靄]は、生物――それも、【魔物】だ」
「「!?」」
『――!』
「?」
魔物――!
ならば[意志ある魔物]か、否か――
「棲息域は熱砂海峡上空――むしろ方舟凍土に近い空域だね。
その辺りでは【灼星泥君】と呼ばれていたものに近い」
――近い。
とすれば、当然――
『――近似種。
あるいは、突然変異なのですか?』
「その通り。
【灼星泥君】は通常、虚空孔から出て長時間活動をすることは無いが――
――こいつは、違う」
彼女は少し揺らめくと、瓶の中身によく似た赤い靄――その幻影を手元に映し出した。
「こいつは非虚空領域で活動するために、あるものを使う」
既に小瓶は仕舞われたのか、彼女は自由になったもう片方の手にまた別の幻影を映し始める。
映し出された存在は――
『……!』
人型実体――生物!
短い髪、細い小柄な女性の形をした幻像――原型となった人物は、居るのだろうか――
とにかく、それは僕にとっても馴染み深い方の【人間】、その姿だった。
――そうか。やはり、これは――
「――! まさかッ!」
「そうだよ、ノア。
こいつはこの通り――人間の身体に侵入して虚空外活動する。
――こんな風に、ね」
彼はゆっくりと、幻影を動かし始めた。
片手の人型幻像に、赤靄の幻影を近づける――
――ッ!?
人型幻影に赤靄が触れると、希薄な靄のようだった幻影が急激に変性する!
それは液体のように――否! それはあまりにも滑らかな、粒子の流動体!
幻影は幻影を捕らえ自らの身体で縛り上げると、無理矢理に口部を開き粒子幻影の流動体を――幻影の幻像の中へと――入り込み、吸収させてゆく!
流動体が全て入り切ると……幻影はふらふらと崩れ落ちてしまう。
暫く倒れ伏した後に立ち上がり――幻影の様子は、一変していた。
赤い目を輝かせ、四肢に力が漲り、今にも駆け出しそうな程の活力に満ちている!
されどその様――尋常に在らず!
狂気! ああ正に狂気! 狂気と呼んで然るべき情動!
元来内包自我より来たる筈の情動は、今ここに外的要因付与!
そして幻影は、{なにかを見つけた}かのような仕草をした後。
跳躍するかのような激しさで駆け出し、走り去る――ようにして、幻影は消え去った。
「――と、こうなる。
これが【錆砂の狂気】――そう呼ばれるものの、発症事例さ」
物々しい幻影が消え去り、彼女が口を開く。
それは、どこか{謎解きを勿体振る}かのような態度に思えた――




