お兄ちゃんとわたし
幼稚園の教室で一人きり。わたしのお迎えはいつも最後。お絵かきはもう飽きた。わたしの家はお母さんがお星さまになっちゃって、お父さんとお兄ちゃんしかいない。
だから、わたしのお迎えは、いつも学校帰りのお兄ちゃんが来てくれてた。
そろそろ来る時間なのになあ。お兄ちゃんはいつも短い針が4で長い針が2になったら来てくれる。なのに、今日はもう、長い針が2を通り過ぎて6になったのに、まだ来ていない。
そう思っていたら、やっと教室のドアが開いた音がした。お兄ちゃんだ! わたしは慌ててそっちを向く。見ると、やっぱりお兄ちゃんがにこにこしながら立っていた。
「柚、遅くなってごめんね。ちょっと年長組へ寄っていたから」
年長組……? 見ると、お兄ちゃんの足に、べったりとくっ付いている女の子がいた。見たことない子だ。誰だろう?
「この子はね、先週お向かいに引っ越してきた、佐々木さん家の千明ちゃんだよ。先週、柚は熱出して寝てたから、初めましてかな。今日はおばさんの具合が悪いらしくて、お迎えを頼まれたんだ」
「ふーん」
千明ちゃんとばちっと目があった。千明ちゃんはわたしを見てふふって笑った後、お兄ちゃんの手にしがみ付いて、おねだりをする。
「ねえねえ、静雄お兄ちゃん。私今日、転んでお膝擦りむいちゃったの。だっこして!」
えっ!
「いいよ、おいで」
お兄ちゃんはいつも通りのにこにこ顔で、千明ちゃんをひょいっとだっこした。
そこはわたしの場所なのに。
お兄ちゃんは私が大好きだ。おやつのケーキは大きい方を私にくれるし、自分の分の苺だって私にくれる。他のお家のお母さんはしてないけど、お兄ちゃんは私のお鞄やお靴にかわいいチューリップを付けてくれた。柚はチューリップ好きだもんなって笑いながら、夜遅くまでかかって付けてくれた。
お兄ちゃんが一番好きなのは私、だよね……?
お兄ちゃんの後ろを歩く帰り道。寂しくておめめが痛くなったけど、がまんした。お兄ちゃんが付けてくれたお鞄のチューリップをぎゅっとしながら、お兄ちゃんの後ろを追いかける。佐々木さんの家の前で千明ちゃんとバイバイして、すぐお向かいが私の家。
玄関に入って、お靴を脱ぐために屈んだお兄ちゃんに、わたしはぎゅっと抱きついた。
「お兄ちゃん!」
急に抱きついたから、お兄ちゃんはびっくりして、ちょっとよろけながらこっちを向いた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんが一番好きなのはわたしだよね? わたし、今日お兄ちゃんの絵かいたの。上手にかけて、先生にほめられたの! あとね、あとね」
言いたいことを早く言わなきゃと思ったのに、また、おめめが痛くて続きが言えない。お兄ちゃんはそんなわたしをだっこして、頭を撫でてくれた。やっぱりここは私の場所なのだ。もう千明ちゃんに盗られないように、しっかりとお兄ちゃんにしがみつく。
「あのね、あのね、……お兄ちゃんだいすき」
「ふふっ、わかってるよ」
お兄ちゃんはやっぱりいつもとおんなじように、わたしの背中をぽんぽんと優しく叩いた。