第二話 ”砂漠の街”インディゴ その1
あれから、車を運転して十数時間。
明日馬達は、砂漠の中の街、インディゴにたどり着いた。
ここインディゴは、砂漠のほぼ中央部に位置する。砂しか存在しない砂漠の中では水分が圧倒的に不足している。そのため泉の湧いた場所は貴重だ。泉の湧いている場所は人が集まる。人が集まれば自ずと街が出来る。そして、砂漠を旅する者の拠点となるのである。
明日馬達は、インディゴにある酒場に車を止め、そこで夕食を取っていた。
「へ? 部屋が無いの?」
「うん。何かね、昨日魔王軍が現れて、その影響で宿泊客が溢れてるらしいの。まあ、今日はテントで野宿ね」
そんな会話をしながら、日本語で書かれたメニューを見て注文をするミリィ。
「ミリィ、聞きたいんすけど」
「ん、どしたの」
明日馬はコホン、と咳払いをして、尋ねた。
「この世界には、電気があるんですね」
「有るわよ。現に今店内を灯してるじゃない」
ミリィは天井の眩い光を灯す物体を指差す。
「車は……」
「乗って来たじゃない」
「時計は……」
「つけてるじゃない。おかしなこと言うのね」
さも当然のことのように返事をするミリィ。
「……異世界だと思って、油断してたわけでは無いんすけど、この世界には俺達の世界にあったものがあることが多いんすよ。例えば、電気とか、車とか、時計とか。車を走らせるためのアスファルトの道まであります。それでわからなくなってしまったんですが……」
明日馬は言葉を止め、ミリィにゆっくりと、強調するかのように告げた。
「ミリィ、ここは、本当に異世界なんすか?」
静止する二人。やがて、ミリィが口を開いた。
「……分からないわ。あなたたちのいた世界を知らないから。ただ、あなたたちの言ってた国、アメ……何だっけ」
「アメリカです」
「そう、そのアメリカ。そんな国も聞いたことないのよね。だから、少なくともあなたたちの住んでる場所と異なることは確かね」
明日馬はそこまで聞いて、思考を巡らす。
この世界には自分達の世界と同じものがある。RPGゲームのような中世ヨーロッパ風の世界とは明らかに違う。そこまでは認識することができた。
ただ――自分達の世界には明らかに存在しないものもあった。
「……ルートブレイカー。これは俺達の世界には無かったです。あと、建物も、何処と無く古いというかなんと言うか……」
「ふぅん……建物が古い、か」
ミリィは手を口元に当て、視線を地面に向ける。
「もしかしてだけど、世界は一緒でも、時代が違う、ってことは有るのかもね。私たちの世界があなたたちの世界の数千年後の世界、とか……」
「いや、それは無いと思います」
明日馬は即答した。
「どうして?」
「大陸が1つしか存在しないってことが考えられないからっす。……確かに、俺達の世界にも過去に、大陸が一つしか無い時代もありました。……けど、その時代には文明なんてなかったはずっす」
明日馬達の地球には、多くの大陸があった。しかし、この世界は、世界自体の名前はおろか、大陸の名前も付いていないのだ。
また、地球でも、かつては大陸が一つだった、と言われることはある。けれどそれは、文明が発達する前の話だ。過去の人が電気を使っていたとは考えられない。
「そっか……あなたたちの世界には、大陸が何個も有るのね」
「はい。だからこそ尚更分からないんすよ。そこがあまりにも、俺達の世界とかけ離れてる」
「……」
「……」
会話は、わけのわからないところに不時着したらしい。二人は沈黙に包まれる。
「んーと、よくわかんないけど、私が気になったのは、時計にルートブレイカーがいるってどういう事なの?」
そんな二人を余所目に、食事を続けていた優香が尋ねる。
「そうね……まず、ルートブレイカーって言うのはね、簡単に言えばその本質は、自由に伸縮ができる機械なのよ」
ミリィは淡々と解説する。彼女の説明によればこうだ。
ルートブレイカーは、容易に自己の体積を増減できる機能が付いている。その機能によって、使用していない時は圧縮して時計の形に格納されるのだという。
また、最初に操縦した者以外の者は搭乗できない。ルートブレイカーは、血液によって操縦者が誰なのかを判別している。例え他の者が操縦しようとしたとしても、ルートブレイカーを操縦することはできないのだという。
「だから『時計にいる』って言ったんすね……」
明日馬は合点がいったかのように呟く。
「もっとも、正確な仕組みは私には分からないわ。それこそ研究者とかに説明してもらわないとね」
ミリィは食卓に並ぶ唐揚げをつまみながら続ける。
「そして、ルートブレイカーを起動するためのスイッチとしての役割を果たしてるのが、起動文言……『合言葉』、って奴ね。あなたたちも設定したでしょ?」
「しましたね。合言葉って言うのを唱えれば、ルートブレイカーが起動するってことっすね」
(……やっぱり、もうちょっと格好良いのにしとけば、良かったっすねぇ)
そんなことを考えながら明日馬も、唐揚げをつまんで口に入れる。
「なるほどなぁ。ねぇねぇお兄、私の起動文言はカッコ良いのよ。聞いててね、おど……」
「わーーーっ!」
ミリィが立ち上がって、優香の口を塞ぐ。
「何考えてるのよ! こんな室内でルートブレイカー起動したら、大変なことになるでしょ!」
そう、優香を注意する。
「とにかく! あなたたちの腕、つまり、時計内に、文字通りルートブレイカーは『収納』されてるってことよ。わかった?」
優香と明日馬は頷く。
「そして、次はあなたたちのルートブレイカーについてね」
ミリィはサラダを摘まんで話し続ける。
「アスマのルートブレイカーはあさぎり。ユウカのルートブレイカーは踊り子。どちらも、某所で開発された第五世代という最新鋭の機体で、普通のルートブレイカーと少し違った性能を持っているのよ。」
「違った?」
「性能?」
明日馬も優香も、頭に疑問符をつける。
「そう。ルートブレイカーには、属性付与ってシステムがあって、火・水・雷・風・土・草のいずれか一つの要素を付与できるのよ。けど、あなたたちのルートブレイカーは、全ての属性が付与できる仕組みになってる」
そう言えば、属性付与がどうの、ってあさぎりが言ってたっけ。
そんなことを考えながら、明日馬はピラフへと手を伸ばす。
「次に、ルートブレイカーは、水中で活躍できる水陸型と空で活躍できる陸空型があって、普通はどちらかなのよ。けど、あなたたちのルートブレイカーは、水陸空型。水中でも空でも活躍できるわ」
明日馬達のルートブレイカーの仕組みを次々と説明するミリィ。しかし、ここで明日馬は、
「どんな属性も付与できて、何処でも戦える。今の話聞いてると、俺達のルートブレイカーは、最強かのように思えるんすけど……」
と、疑問を呈する。
「そうね。けど、もちろんそんな都合良くはなく、欠点があってね」
「欠点?」
「そう。それは、通常よりも直接攻撃に弱いってことかな。明日馬のあさぎりは、何も加工してないままだから、打撃攻撃に弱いのよ。対して、優香の踊り子は、直接攻撃に耐えうるだけの装備をしているけど……その分、動きが遅いのよね」
「打撃……」
ふと、思い出すと、体当たりした時、尋常じゃ無い位の痛みがあった。
「あとね、もう一つ欠点があって」
「え、まだあるの? 全然最強じゃないじゃん」
優香は少し不満げな表情を浮かべるが、
「ルートブレイカー自体に欠点があるわけじゃないわよ。そうね、あなたたち自身、かな」
「?」
その言葉を聞いて、思考が停止したかのように呆けた顔へと変貌した。
「あなたたちにはね……」
ミリィがそう言いかけたその時。
――店中に何かが大量に割れる音が響き渡った。