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第1話 "森の玄関"アトラスの村 その6

***



「ミリィ……ここは……」

「おじいさんの、お家よ」


 ミリィはまるで幼い天使のように微笑む。


「そっか、俺、あの時……意識を失って……」

 まだ寝ぼけ眼だからだろうか、ミリィから見て明日馬は現状を把握しきれていないかのように見えた。


「よく頑張ったじゃない。初めてで魔王軍の機体を倒すなんて。上出来です。……あれから1日寝てたのよ?」


 ミリィが微笑みかける。しかし、明日馬は笑顔を浮かべなかった。


「ミリィ……あの相手は、人間だったんですか? それに、あの人は、死んでしまったんですか?」


ミリィを見つめ、明日馬は問う。


「……」


「いえ、分かってるんすよ。誰かに聞かなくったって、あの声は間違いなく、人間のものだった。あの声は間違いなく、断末魔の声だった」


 誰もが決して受け止めたくないであろう言葉を、しかし彼は、確かに口にした。


「……俺は、人を殺したんですね」


「……アスマ」

 虚ろな目をした明日馬に、ミリィは優しく微笑みかける。


「仕方ない、とは言わないわ。魔王軍とはいえ、人であることには変わりがない。あなたは巻き込まれてしまったとはいえ、人を殺したのは事実。……けど」


 彼女の暖かい目は、冷たい目へと変わった。


「これが、戦争なのよ」


 ミリィは、はっきりと告げた。そう、まるで、用意していたかのように。

 いや……していたかのように、ではなく、事実としてミリィは、用意していたのだ。


 昨日、脳天を撃ち抜いた優香は、自分が人を殺した事実に気が付いた。そして、半狂乱になって泣き出した。

 ミリィにとって想定外の事態だった。何とか一晩かけて、彼女と慰め落ち着かせはした。朝彼女は、元気な声で話をしていたものの、まだ彼女がどう考えているのかわからない。


 ミリィは昨日の妹の様子をみて、この兄弟の価値観に、『殺るか、殺されるか』という言葉は無いのだと理解した。そして、理解したうえで――彼女が選んだ最善にして最高の言葉が、『戦争』という二文字の単語だった。


 これから、自分は彼らと旅をすることになるだろう。その中で彼らにも、何かを護る為に、生を奪わないといけない場面が出てくる。

 もちろん、これだけで納得してもらえるとは思わない。しばらくは気持ちの整理がつかないかもしてない。けれど、これがミリィにとっての最善なのだ。何度も、何時間かかってもいい。言い聞かそう。


 彼女はそう考えていた。



 しかし、 



「……の……ように……」


「えっ……?」


 何かを考え込んでいた明日馬は、不意に言葉を発した。聞き取れなかったミリィは、思わず聞き返す。


 ただミリィからして、後悔ではない、けれど納得がいかないかのような声音に聞こえた。


 それに対して、明日馬は何も答えない。



 暫しの間、沈黙が場を支配する。


 ――しかし、それを破ったのは、明日馬の一言だった。



「戦争なら――」



 そして彼は、その言葉を、噛み締めるかのように呟いた。



「戦争なら、仕方ないっすね……」



 その一言だけで、ミリィに衝撃を与えるのに十分だった。


 こんな簡単に納得されるとは思わなかった。


 妹が今でも受け止めているのかわからないのだ。彼らの生きてきた価値観に、『殺るか、殺されるか』という言葉は無いはず。

 育ってきた環境が同じであるはずの兄妹で、生と死の考え方が乖離するとは思えない。だったら、なぜ彼は今、こんなに冷静に、自分が殺したという事実を、仕方ないの一言で納得できるのだろうか。


 ――口を閉ざすのは、ミリィの番であった。


「……あ、ミリィ、ごめんなさいっす! 機体を勝手に使っちゃったばかりか、車両、壊しちゃって……」


 そんなミリィの様子を意に止めていないのだろうか。思い出したかのように明日馬は謝罪する。


 ミリィはふと我に返った。

 納得しているのだ、それでいいではないか、と考えながら。

 そして、いつもの調子で言葉を返した。


「構わないわよ。こうなってしまった以上、あの車両は、ここから使うことは無いわけで。もうちょっと小型の車も持って来てたし、結果オーライです」


「こうなって……?」


 そもそもミリィは、噂の新型と呼ばれたルートブレイカーを、この国にいるある人に貸すつもりだったのだ。彼らが所有者になってしまった以上、彼らと行動をするしかない。


 そして、


「あの機体を使った以上、あなた方に同行しなければならないってことよ」


 今回は、新型の初陣を勝利で飾り、彼らが生きて帰ってこれたのだ。明日馬の反応に疑問を抱いても何も始まらない。今はそれでよしとしておこう。

 そう考えたミリィは、明日馬の目を見て微笑んだ。




***




 数日間、ウォルターの家にお世話になった後。出発の朝。


「ありがとうございました」

 明日馬はウォルターに頭を下げる。


「ほっほ、良いんじゃよ。家族が出来たみたいで、嬉しかったわい」

 ウォルターは優しく微笑む。


「これからどうするんじゃ?」

「これから……まずはこのバッケンバーグの王都に向かおうと思ってます」

「そうか……道なりに進めば、王都まで歩いても10日足らずで着くからのう。車だと3日足らず、じゃ。ただ、道があるとはいえ、砂漠の中を走るのじゃ。気をつけて向かいなされよ」


 ぺこりとお辞儀をするミリィ。


「また、遊びに来るね!」

 優香は相も変わらず、こんなのんびりしたことを言っている。


「うむ、待っておるぞ」

 白い歯を見せながら笑みを浮かべるウォルター。


 次来るのは、いつになるのだろう。

 明日馬はそんなことを考えつつも、短くも濃度の濃い、この村で過ごした数日間を振り返っていた。

(あれ、そもそも俺、この村で寝てばっかだった……気もするんすけど)

 そんなことも考えながら。


 車は、明日馬達の世界から見ると、かなり古い時代のものに見えた。軍用のジープのような形をしている。

 ミリィが運転席に、二人が後部座席に乗り込み、ミリィがウォルターに告げる。


「それでは、出発します」


「うむ、気をつけて行っておいで」



 動き出す車輪に手を振るウォルター。やがて、その姿が見えなくなった。





***





 村を出て数刻。一行は、砂漠地帯に敷設されたアスファルトを車で走行していた。


「いい人、だったっすね」


「うん。私一人では君たちどうにもならなかったからね」


 そう言うミリィは、何だか名残惜しそうだ。


「ねぇねぇミリィ」


「ん、どうしたの」


「王都、だっけ。なんでそこを目指してるの?」

 ミリィの目を見て優香が尋ねる。


「そうね、私は王都に少し用事が有るからだけど。あなたたちも、仲間見つけないと、でしょ? 王都くらい人がいるところなら、何か手がかりが見つかるのかもしれないから」


 流石に帰り方までは分からないけど、と付け加えつつ、ミリィは優しく語りかける。


「これから、長い旅になりそうっすね……」

 と、明日馬は黄昏れる。


「ところで、ミリィ」

 明日馬はふと、気になって尋ねてみる。


「僕らが運転したルートブレイカーは、何処に行ったんすか?」


 するとミリィは、


「あ、そっか。あなたたちに伝えてなかったよね」

 と、告げて、徐に腰のポシェットをまさぐり出した。


 そして、2つの細長い物体を手渡す。


「この中よ」



 明日馬と優香がその物体を見る。細長くて固い布地の中央に、楕円形の機械が埋め込まれている。それは、まぎれもなく、明日馬達の世界でもみたことのある物体だった。



「これって……」



「腕時計……っすか?」


 二人がつぶやくが、それでも?マークが付いたままだ。


 デジタル式の腕時計はそんな二人の気持ちも知らず、のんきに午前11時を示している。



「ねぇミリィ、この中のどこにあの大きいのがいるの? そもそも、あの村の様子で、こんなデジタルの腕時計があった、ってことも驚きなんだけど」


「そもそもこの世界には、時間もあるんすか? 村を回ったときに発電があるとか言ってましたけど、電気もあるんすか? 車もあるみたいですし……」


「まぁまぁ、落ち着きなさい」

 そう呟いてミリィは再び、車を発進させる。


「この先に街があるわ。そこで宿を取るつもりだから、ゆっくり説明するわ。私もそんなに仕組みをわかってる訳じゃないけどね」

 そんなことを言いながらミリィは、後方座席を向き、神話の女神がするようなウィンクを二人にプレゼントした。


 そのまましばらく、沈黙が続く。


 やがて、明日馬がゆっくりと口を開く。


「そういえば、ミリィ」

「ん、なあに?」


 そして、こんなことを尋ねた。



「運転してますけど、足届いてるんすか? そんなちっちゃかったら……」



 一瞬にして、車の中が凍りつく。



「何ぃ! 今なんていったの?! 私がどチビのチンチクリンだって?! アスマ、今なんていったのおおおおおお!!」

「ミリィ落ち着いて! 前! 前! お兄も謝ってぇ!」

「降りろぉ! 私がチビ過ぎて私の運転がそんな怖いなら、さっさと降りろぉ!」




――彼らの旅は、始まったばかりである。



<第1話 "森の玄関"アトラスの村  完  >

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