第1話 "森の玄関"アトラスの村 その4
ルートブレイカーの中は空洞になっていたが、照明一つ灯っていなかった。
「……真っ暗じゃないっすか……ん?」
明日馬はふと、ハシゴの様なものを見つけた。
「これを登るんすか……?」
そのまま登って行くと、明日馬は、
「ここは何ですか……」
謎の小部屋に着いた。
「何も……無いじゃないっすか」
見渡す限り、何か操縦席の様なものがあるわけでもない。ただ薄暗い部屋が明日馬の目に映っていた。
明日馬は訝しげな表情を浮かべつつも、小部屋を前に進む。
すると、突然部屋が明るくなったかと思えば、その刹那。
『――start up Dismint system, start up Dismint system』
「うわぁっ!」
頭上から声が聞こえ始めた。明日馬は思わず、足を竦めて、座り込んでしまう。
「な、何ですかこれ。英語?」
気付けば、明日馬の立つ床が、円状になって光っている。
『First approach. Try to Engage, Try to Engage.Turn on bl-engine and ox-engine.』
「え、何ですか、ホントに何ですか一体」
明日馬が慌ててると、何処からか剣道で使う籠手のような機械が、明日馬の両腕に装着される。
すると――
『Try to Engage』
「うわぁっ!」
明日馬の両腕に、今まで体験したことのない激痛が走る。
どうしてこんな痛みが発生したのかはわからない。ただ、まるで剣が突き刺さったかのような、太い注射をされたかのようなその痛みは、明日馬に装着された機械から来ていることが確認できた。
やがて、籠手状の機器が外される。外された後を見ると、明日馬の両腕は血だらけになっていた。
『Engage system has finished. P-Tr system has started.』
「な、何? 何を言ってるんすか? 英語? ていうか痛っ……て血ぃ!?」
気が動転する明日馬に、機械が突然日本語で語りかけた。
『こんにちは。この機体は量産型ルートブレイカーG-05、通称「あさぎり」です。貴方のお名前を教えてください』
「ふぇっ……なまえ……? なまえって?」
『貴方のお名前を教えてください』
明日馬は機械の言葉に問うが、機械は答えない。ただ、ひたすら、名前を問う。
「名前……淡路、あすまです」
『アワジアスマ様ですね』
その女性の声をした機械はこう告げた。
『染色体情報登録。貴方を、当機のマスターとして認めます。「あさぎり」を発進する際の合言葉を決めてください』
「へっ? 合言葉?」
理解が追いついていない。
唐突に名前を問われたと思ったら、唐突に合言葉を決めるよう指示された。
(出発する時の合言葉って、何すか? あれですか、決め台詞みたいな言葉ですか? というかこういう時ってどんなコト言えばいいんすか、大抵アニメとかだとカッコ良い口上の一つや二つが……)
『「あさぎり」を発進する際の合言葉を決めてください』
機械はひたすら、合言葉を決めるよう告げるのみである。
(いけない……そうこうしているうちにも、車両が攻撃されているんだ。二人が危ないっす)
そう考えた明日馬は、あわてて頭に浮かんだ合言葉を叫んだ。
「明日馬機あさぎり、出発進行!」
『アスマキアサギリシュッパツシンコウ、で登録しました』
「あっ……」
しまった、と後悔するも後の祭り。別に電車やバスが出発するわけでもないのに、なぜ出発進行なのだろう。しかも、明日馬機だなんて、少し前口上としてもストレート過ぎて恥ずかしい。
そんな後悔に苛まれているとは知らず、機械は音声を発する。
『これより、ディスミントシステムを起動します。貴方の動きに合わせて、機体が動き、機体の受けた損傷は貴方へとリンクします。それでは、再度、合言葉を入力してください』
再度の羞恥プレイを要求してきた。
「ええぃ、ままよ!」
少し顔を赤らめながら、今度こそとばかりに明日馬は叫ぶ。
「明日馬機あさぎり、出発進行ーーっ!!」
『承認しました。あさぎり、起動します』
立ち上がった明日馬に再度訪れた振動。しかし、これは、攻撃を受けたことによる振動ではなくて――。
***
荷台の屋根が、轟音を立てて吹き飛ぶ。
『な、何だ?』
断続的に攻撃を続けていた緑の機兵の前に、真新しいルートブレイカーが現れた。
白色のボディに、横に青のラインが入った機体。傷がついている様子もない。
『……見たことのない型だ、噂の新型か?』
謎の機兵は攻撃を止める。どうやら、様子を伺っているようだ。
その頃、噂の新型とやらの操縦席では――
「え、浮いてるん、すか?」
光る円状の床の中央で、明日馬が、宙に浮いていた。
「どう言う仕組みなんっすか・・・」
明日馬には理解し難いが、自分が立ち上がったのと時を同じくして、あさぎりは立ち上がった。
どうも、明日馬の動きに合わせて、あさぎりも動くらしい。
「とりあえず・・・あのルートブレイカーを、この車両から遠ざけることが先決っすね」
優香とウォルターの安全を確保しなければならない。そう考えた明日馬は、一歩踏み出すかのような動きをする。もっとも、宙に浮いている明日馬が実際に歩みを進めるわけではない。しかし、あさぎりは歩行を開始する。
『来るか!?』
敵兵は身構える。その瞬間。
「うおおおおおおおおおおおおおおおーーー!!」
あさぎりは敵機の懐に体当たりする。
『ぐ……っ』
敵機はその衝撃に吹き飛ばされ、約10メートル程、後退する。もっとも、体当たりをした以上、
「痛ったーーーい!!!」
体当たりの際の衝撃が、搭乗者の明日馬にも伝わる。
もっとも、人間の体で体当たりをした時よりも痛みは酷かったようだ。明日馬は、苦悶の表情を浮かべた。
「痛い!本当に痛いっすね、さっきの機械が言ってたのは、本当だったんすね。さて……」
明日馬は顔を歪めながら、次の課題へとぶつかる。
「次をどうするか、ですが……あさぎり! 何か武器はないんすか? 答えてください!」
その課題は、何で攻撃するか、というものだった。そんな風にあさぎりに語りかけると、
『武器・レインボーソードを装着しますか?』
あさぎりからこんな言葉が返って来た。
「それでいいっす!装着っす!」
剣の心得など明日馬にはない。けれど、ここでは他に選択の余地はない。眼前では、敵機が起き上がろうとしている。明日馬は、あさぎりに装着を指示した。
――しかし、
『属性付与はなさいますか』
武器の装着が為されるでもなく、のんびりとした声で、そんな返事が返ってきた。
「そんなもん何でもいいっすから、早く……ってうわぁっ」
突然の激痛と共に、明日馬の左腕が動かなくなる。
起き上がった敵機兵の右腕から蔦が伸ばされ、明日馬の左腕を拘束し始めた。気付けば、明日馬自身だけではなく、あさぎりも持ち上げられている。
『よくもやってくれたな。其れに、さっきからぺちゃくちゃ抜かしやがって。戦場はオママゴトする場所じゃ……無ぇんだよっ!』
男の声が途切れたその瞬間、明日馬機は上空に吹き飛ばされる。
「わああああああ落ちるーーーーー!!」
宙を転がるあさぎりだが、重力には逆らえない。明日馬の叫び声と共に、そのまま落下して、地面に叩きつけられそうになる。明日馬が目を閉じたその瞬間。
『エアシステム起動』
機械の声がした。それと共に、大地に衝突する寸前で、あさぎりが宙に浮かんだ。
「……え、助かった、んすか?」
どうもそうらしい。事実、明日馬の身体に痛みは無かった。地面への衝突を免れたからだ。
『ちぃっ、陸空型かよ、なら……』
再度、敵機が左腕を前に突き上げる動きを見せる。恐らく、また先程の蔦による拘束であろう。
「こんな攻撃、二度も喰らったら……んっ?」
明日馬はここで、敵機の蔦を見て、ある事を思い浮かべた。
「あさぎり、さっき属性がどうのとか言ったっすね。ゲームの知識しか無いんすけど、火属性なんてあるんすか?」
『レインボーソード、火属性、承認しました』
そう告げると、あさぎりは背中から、紅く煌めく剣を取り出す。
そして、何処からか、明日馬の元にも、剣が現れる。
「これで攻撃しろってことっすか……」
明日馬にとって、剣を握ることは初めての体験だ。しかし、目の前には今にも蔦で拘束をかけようとする敵がいる。
迷っている暇はない。とにかく、突っ込むしか無い。
「行きますよ……」
明日馬は、意を決して、
「うおおおおおおおお!!」
咆哮しながら、燃え盛る剣を突き立て、敵の元へ走り出した。
『させるかっ』
再び、敵の蔦が明日馬の左腕を拘束する。しかし、
「それはっ……読めてたんすよ!」
明日馬は自由の効く右腕を動かし、剣先を蔦に当てる。すると、蔦から煙が湧き出した。
『ま、まさか、これは、火? そんな、何故、陸空型が……?』
驚きの声を上げる敵兵。やがて、蔦は剣先を境に二つに断裂する。
「今っす!」
そしてそのまま敵機の懐に突っ込んだ明日馬の剣は、一閃も振ることのないまま、相手の胴体に突き刺さった。
――相手の断末魔の声が、空に響いた。
***
「や、やったっす……これで……」
明日馬は相手機が倒れたのを確認し、気の抜けた声を出す。
「けど……」
殺しちゃったのか……?
明日馬はその言葉を飲み込む。口に出してはいけない気がしたから。
けれど、聞こえた叫びは間違いなく生を終える人のものであった。
いや、幻聴かもしれない。本当に聞こえたとしても、それを受け止めてはいけない。
明日馬の中で生まれた葛藤が、明日馬の動きを静止させる。その時、
『うおおおおおおお』
茂みから、新たなる機兵があさぎりに突撃してきた。
抱きつくような形で、あさぎりの後ろ胴体を掴んだ機兵は、そのままあさぎりを後方へ押し出そうとする。
「な、新手ですか!?」
明日馬は剣で相手を払おうとする。しかし、先程の断末魔が明日馬の頭を支配する。
彼は、攻撃できない。
逃れよう――そう思っても、辺りには砂地が広がっている。足場が取れない。
『戦場で油断する奴など……』
明日馬が攻撃を躊躇ったのを察知したのだろうか、そう言いながら相手機は明日馬の腕に頭突きを加える。突然のことに迂闊にも剣を落としてしまうあさぎり。
『陸空型なら……これで……』
そして、あさぎりが押し出されようとするその後方には……湖。
『終わりだ!!』
あさぎりは、水中に投げ出された。