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第1話 "森の玄関"アトラスの村 その2

 明日馬と優香の前に並べられたのは、山盛りにされたカルボナーラ。

 二人もよく親しんでいるスパゲティだった。

 彼らにとって数日ぶりの食事。気付いたらあっという間に目の前の料理を平らげてしまった。


「ごちそうさまです」

 明日馬は告げる。


「美味しかった! ありがとう、おじいちゃん!」

 優香も満足そうにお礼を言う。


「ええんじゃよ。この村に客人が3人もくるなんて、久しぶりじゃからのう」

 おじいちゃんと呼ばれた人物は、笑顔でそう答えた。

 この人物はウォルター=ネル=オリオン。3日間寝ていた明日馬と優香に寝床を提供してくれた老人である。


「いえ、それでもありがとうございます。こんな見ず知らずの私達に食事まで頂いてしまって」

 ミリィもお礼を告げる。


「お気になさるな。長いこと人生を生きていると、一期一会を大事にしたくなるんじゃよ」

 ほっほ、とウォルターは笑い、食器を洗いに台所へと向かった。


「おふたりさん」

 ミリィが二人に声を掛ける。


「私は、あなたたちが異世界から来たと言うことを、まだ信じられないのだけれど」

「……自分が同じ立場だったとしても、簡単に信じてくださいなんて言えないっすからね」

「けど、どちらも嘘をついてるようにも見えない。だから、とりあえず信じます」

「ミリィさん」

「ありがとうっす」

「問題は、どうやってあなたたちの世界に帰るのか、よね……」


 彼らが置かれた現実を示す言葉に、二人は俯く。


 そんな彼らに、ミリィは提案した。


「その上で、これからのことは別に考えるとして、まずは明日一度、この村を見学してみるのはどうかしら。帰る手立てが無いなら、暫くはこの世界に居ることになるんでしょ?」


 明日馬は考える。見学か。悪くない提案だ。滞在する以上、ある程度文化を知る必要性は必ずある。


 明日馬は、

「そうっすね」

 そう、一言、ミリィに返事をした。




***




 アトラスの村は、大陸最北の村らしい。

 北こそ森に囲まれているが、南には小さな湖と、砂漠が広がっている。この村には"森の玄関"、という別名もあるらしい。この村を境にして、森と砂漠が分かれるからだそうだ。

 村では多くの畑を見かける。どうやら、農業が村の主要産業のようだ。

 川沿いにある村のメインストリートは明日馬達の世界のように整備されてるわけではなく、人もまばら。まさに辺境の村だ。

 建物はさまざまだった。レンガ造りの家もあれば、昔の日本家屋のような木造住宅も存在する。


「お兄、見て見て! 水車!」


 メインストリートの数メートル隣を流れる川に沿って、住宅が並んでいる。その壁に取り付けられた回転する物体を、優香は珍しそうに見つめる。


「水車、っすか」

 明日馬も珍しそうだ。


 水車が日本で主たる動力として使われていたのは第二次世界大戦前まで。明日馬達の時代からは100年以上経過しており、滅多に見ることも出来ない旧世紀の遺物だ。明日馬は教科書でしか知らないそんなものが今でもこの世界で使われることに驚きを隠せなかった。


「ミリィさん、この世界には水車が多いんですか」

 こんな珍しいものが多いのかと明日馬が尋ねる。


「そんなことは無いわ。流石に水車で電力を作るのはアトラスみたいな辺境の村と、"悠久の海"ヴェニアくらいね」


 ミリィはそう答えた。

 悠久の海だとか、ヴェニアという国も、明日馬には聞き覚えのない名前だ。ただ、ミリィの発言から察するに、水車が使われて居るのは、この世界でも珍しいらしい。


「というか、ここにはどんな国があるんすか? 少し話は変わっちゃいますけど」

 ここに来たとき、ミリィは、5つの国があると言っていた。しかし、どんな国があるかを明日馬は知らない。そこで明日馬は、ミリィに尋ねた。


「今私たちが居るのがバッケンバーグ王国。大陸の一番北に位置する国で、"業火の砂漠"と呼ばれるわね。ここ以外にも、5つ、国があるわ。


 バッケンバーグと南に隣接するのが、"風の帝国"と呼ばれるシュロームランド帝国と、"悠久の海"と呼ばれるヴェニア共和国。


 さらにその南に"雷鳴の覇者"と呼ばれるハイエス王国があるわ。


 その南が魔王の統治する"魔界"。


 この5つの国が存在してるわ。今は、ね」


「今は……?」


 口に出し、さらに聞こうとしたが、明日馬は止めた。ミリィがあまりにも悲しそうな顔をしていたからだ。


「……そうそう。さっきの話の続きだけど、大抵、電力はそれぞれの国の気候に合わせて調達されるわ」


 気を取り直したのだろうか。微笑を浮かべてミリィが続ける。


「ここバッケンバーグは、"業火の砂漠"って言われててね。


 中央を流れる川を境に、北部には砂漠が広がり、南部には草原と活火山が存在してる。だから、地熱発電がメインなの。


 もっとも、発電なんて必要のない国も中にはあるけど」


 発電なんて必要のない国?

 電気を生み出すのには、発電が必要不可欠のはずだ。どう言うことだろう。

 明日馬がさらに尋ねようとすると、


「お兄ーっ! ミリィさーん!」


 妹が兄をひょいひょい、と手招きしながら告げる。

 どうも現代っ子の優香から見ると、この村には珍しいものが多いらしい。

 妹に呼ばれるがままに、兄は歩みを進める。


 結局、三人は一日中アトラス村を回った。




***




「どうでしたかな」

 食事を終え、ウォルターは尋ねる。


「そうっすね、俺らの世界に無いものもありましたけど……よく似たものが多かったですね」

「ふむ、あんたらの世界ねぇ……」


  老人は怪訝そうな表情を浮かべる。昨日、一応ウォルターにも二人が異世界から来たことを説明したのだが、どうにも信じてもらえていない様だ。

 まあ当然だろう、と明日馬は思う。ミリィの時も思っていたが、自分達の言葉をすんなり信じてもらえるとは思えない。むしろこの老人には、こうやって食事と寝床をくれるだけでも感謝しきれない位だ。


「さて、ご両人」


 ミリィは明日馬と優香に向かい語りかける。


「どうするの、これから。二人は行く当てが無いんでしょう?」

「そっすねぇ……」


 明日馬は少し考えて、


「とりあえず元の世界に帰る前に、先に流されてるかもしれない友人を見つけたいんすけどね。まあ、帰り方も分かっていないんすけど」


 そう告げた。

 明日馬としては、一人で帰るつもりなど毛頭ない。散らばってる可能性のある友人や先生を見つけないことには、帰ったところで一人でどうすることもできないのだ。おまけに、帰り方も分かっている訳ではない。なら、その可能性にかけるしかない。


「でしたら、私と共に来ない?」


 ミリィが提案する。


「え、いいの?」


 優香は驚いた顔をして返事をした。


「構わないわ。この地に留まっても見つかる可能性も少ないなら、各地をめぐる必要はあるでしょ? それに、何かと物騒なのに女の一人旅なんて危ないと思ってたし」


 ミリィは飲み物を啜りながら、そう告げる。

 明日馬も優香も、2つ返事で承諾した。

 いま自分たちは、右も左もわかっていない。それに、ミリィは旅に慣れているようだ。

 明日馬にとっても、悪くない提案だ。


 そこで、ふと、明日馬は一つ、気になっていることをぶつけた。


「ミリィさん」


「ミリィで構わないわよ。恐らくあなたと年齢は同じだし。ユウカも、これから一緒に旅するんだから」


 そんな事を明日馬に告げるミリィだが、明日馬は俄かに信じられなかった。

 と言うのも、ミリィは背が低く、かつお世辞にも胸囲も発達してるとは言えない。どう考えても年下だとばかり考えていたので、明日馬は驚く。

 しかし、助けてくれたミリィにそんな失礼なことを告げることも出来ず、そのまま尋ねる。


「じゃあ……ミリィ。えっと、ミリィは何の目的で旅してるんすか?」


「私は……」


 と、その時であった。




 ドォンという轟音が家中に響いた。

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