「私と付き合いなさい!」「嫌です」
六月の半ば。
祝日のない毎日に絶望していたある日の朝礼で彼女は現れた。
「えー、朝の挨拶の前に以前から伝えていた転校生を紹介しておく。さ、入って入って」
担任の溝口がそういうとがらがらと音を立てて開かれた扉から入ってきたのはビックリするほどの美少女だった。
あまりにも美しいその姿に天使の羽すら幻視できるほどだ。
ただ不満を全力で表に出しているのが気になる。
「始めまして。私は天海 翼よ。不本意ながらこれからあなた方と勉学を共にすることに……あら、こんな学校でも見込みのある者はいるのね」
なんとまあ、どぎつい自己紹介だろうか。
まるで高飛車なお姫様のようだ。
いや、お姫様なんてかわいらしいもんじゃない。
女王様だな、あれは。
さて、そんな女王様の目に留まったのは誰だろうか。
クラスの男子は彼女の性格にも怯まずに俺のことかもと浮き足立っている。
性格はあれでもあの容姿だからな、無理もない。
実のところ俺だってあの性格を見せられたのに彼女に惚れている。
というかあの性格だって素晴らしい。
そう一目惚れである。
「あっちょっと天海さん? まだ終わってないのだが」
担任の溝口の声を無視して女王様は思いのままに行動する。
そしてどういうわけだか俺のところまで真っ直ぐ来ると、目の前で立ち止まり俺の目をじっと見てきた。
訳もわからずそのまま見つめ返していると、彼女の方から話しかけてきた。
「あなた、名前は?」
「古谷 才花だけど」
なぜ俺なのかは分からなかったが聞かれたので正直に答えた。
見込みのある者って俺なのか?
「そう、素敵な名前ね。では、才花。あなた、私と付き合いなさい!」
「嫌です」
「「「「「えっ!?」」」」」
突然俺の名を聞かれたからかと思えば告白じみたことを言われたので即座にそれを拒否した。
彼女の突拍子もない言葉か、はたまたそれをお断りした俺に対してなのか知らんがクラスメイト達が声をハモらせた。
「あらどうして断るの? 私、本気よ? どこそこに行くのにとかじゃなくて彼氏彼女としてで言ってるのよ?」
「分かってる。だから断ったんじゃないか」
周りの反応とは裏腹に彼女は平然としながら首を傾げて再度確認を取ってきたが俺は当然首を振る。
「おかしいわね。才花は私のこと好きでしょう?」
「もちろん好きだ。大好きだ。愛してると言ってもいい。君のことはまだ殆ど知らないが、それでも君の全てが大好きだ」
尚も彼女は平然とした様子で分かりきったことを聞いてきたので素直に頷いた。
彼女の全てが好きで、嫌いなところなんて一つもあるわけがない。
「じゃあ私と付き合いなさい」
「嫌です」
再度命令されたがもちろん断った。
チラリとクラスメイトを見れば誰もかも頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。
「どうして?」
「鏡見てみろよ」
それでも彼女はただ首を傾げるばかりだったが俺の言葉に頷くと手鏡を取り出して自分の姿を確認していく。
ひとしきり確認を終えた彼女が手鏡をしまったのを見て俺は口を開いた。
「何が写ってた?」
「超絶美少女」
「その通りだ」
俺の問いに即座に告げられた解答に満足して頷く。
「じゃあ、その目で今度は俺をよく見てみろ。どうだ?」
「人を何十人も殺してそうな顔で、まるで悪魔のような雰囲気を放つ男」
「うむ!」
次の問いに対する解答も非常に満足いくものだったので俺は大きく頷いた。
「そう! 片やこの世の何よりも美しい女神のごとき女! 片やこの世の何よりも悪意に満ちた人殺しみたいな顔を持つ悪魔のような男! 釣り合わないだろ」
「でも私は才花が好きだから関係ないわ。私と付き合いなさい!」
「嫌です!」
くっ、なかなか手強いぞ、この女王様。
これだけ理路整然と説明しているのにまだ諦めないとは。
仕方ない!
ここは男の汚さを全面に出していくしかない!
「あれだぞ、俺と仮に付き合ったら四六時中いやらしい目でお前を見て、欲望のままにどこでも手を出すかもだぞ!」
「ふふふ、何て素敵なのかしら! 私と付き合いなさい!」
「嫌です!!」
なんだ、この女王様は!
公開プレイありなのか!?
実際はそんな彼女の姿を他のやつの目に入れたくないから絶対にしないけどな!
いや、そもそも付き合いません!
「言っておくけど才花だから嬉しいのであって、他の誰かならいやらしい目を二回以上向けてきた時点で殺すわよ? だから、私と付き合いなさい」
「それは嬉しいな! でも嫌です!!」
くそ!
なんて嬉しいことを言ってくれるんだ!
ますます惚れるじゃねーかちくしょう!
でも、お断りなのである!
お断りしなければならないのだ!
「あーお前らいい加減に……」
「誰の許しを得て口を開いているの? 殺すわよ?」
俺たちのやり取りにいい加減呆れ果てたのか担任の溝口が口を挟むが、彼女の脅しによって封殺される。
素人でも感じるほどの強い殺気の籠もった目で見られながらそんなことを言われればどれだけ度胸があろうと黙るしか無い。
そして俺の方へと向き直ると途端に表情が和らぎ、微笑みを向けられた。
くっ!
かっこよくて超かわいい!
見た目も性格も態度までもが愛おしくて堪らない。
だが、俺は彼女と付き合うわけにはいかないのだ。
「さて、才花。そろそろ自分の気持ちに正直になったらどう? 私と付き合いなさいな」
「ぐ……嫌です!」
ぐいっと一歩、近づき強気な目で下からこちらの目を覗きながら再度付き合えと言われて心を揺さぶられた。
ギリギリで耐えて断ったが、彼女はそんな俺の反応を楽しむように笑みを浮かべその表情がとんでもなく美しかった。
「ふふふ……意地っ張りね。でも私はあなたを手に入れるわ。絶対に手に入れる。何をしても絶対によ」
「やめろ……そんな……そんな魅力的な誘惑に負けるものか」
妖艶な笑みを浮かべながら囁くように告げられたその甘い甘い言葉にどうにかなりそうで歯を食いしばる。
美しすぎる……!
「どうしてそんなに断るの? こんな美しい私に告白されてるのよ? 周りを見てご覧なさい。薄汚れた雑草ばかり。それに比べて私は?」
「太陽です!」
「わかってるじゃない!」
首を傾げながら彼女がクラスの女子を指しながら告げた言葉に即座に反応する。
俺の答えに彼女は大いに満足したのか嬉しそうに笑う。
俺と彼女のやり取りで何故かクラスメイトの薄汚れた雑草たちから強い殺気を感じていたのだが、彼女の笑顔が美しすぎてそんな殺気も全く気にならない。
「そこまで分かっててどうして? イカロスにはなりたくないとでも? 私は太陽と違ってあなたを優しく受け入れてあげるわよ」
「許されるならば、例え君に触れることで命絶えようとも君から離れたりはしない! 喜んで命を捧げようと思えるくらいに大好きなんだ!」
「なら私と付き合いなさい!」
「嫌です! それは許されない!」
腕を広げながら告げる彼女に、飛び込みたい衝動を抑えながらも必死に反論し、命令にも首を振る。
「どうして許されないの?」
「君は美しい。何よりも美しい。君に比べたら世の中の美は全て石ころに成り果てるほどに美しい。君は天使だよ」
「ええ、その通りよ」
彼女を表現する完全な真実を告げる俺の言葉に、彼女は大きく頷いて先を促す。
「だが、俺はそんな君に比べたら石ころどころではない。どろどろに腐った醜い肉塊にすら劣る穢らわしい悪魔だ」
「そうね、確かに世間から見ればあなたはそうかもしれないわ」
「そう、そんな穢らわしい俺が君と一緒になれば君を穢すことになる。もちろん君の美しさの前にその穢れはほんの一点程度のものでしかないだろう。だが、それでも素晴らしい君の美しさが穢されることに変わりはない。だから俺は君と付き合うことは出来ない!」
彼女から目を逸らしながらも、俺は彼女を穢すことはできないのだと静かに告げた。
そんな俺の言葉を彼女は適度に相槌を打ちながら聞いてくれて、それだけでも穢してしまうかもしれないと恐くなり体が震えだす。
そうして、話を終えてから彼女は黙りこんだ。
目を逸らしているから、彼女がどんな表情をしているのかは分からないが、その場から動くことはないようなので俺も目を逸らし続けた。
どれだけそうしていたか、不意に顎に指を掛けられて無理矢理顔を上に向けさせられた。
そして抵抗するよりも先に彼女は深い口付けで俺の口を塞いだ。
さらには彼女の舌が入り込んできたかと思えば俺の舌と絡ませるように動かされ、俺はその至高の感触に目を見開きながらもそれを拒むことは出来なかった。
しばらく互いの舌を絡ませてようやく離れると互いの舌先からツーっと糸が伸びた。
それからしばらく俺は彼女の火照った顔を見て至福の感覚に支配されていたが、不意に意識を取り戻して後悔に飲まれた。
「あ……穢して……しまった……」
「ふふ……そうね、穢されてしまったわね」
「何で……なんでこんなことを!?」
俺の言葉に、微笑みながら返した彼女に俺は必死に声を上げた。
そんな俺の様子など知ったことかと彼女は相も変わらず美しい笑みを浮かべた。
「ねえ、今あなたから見て私はどう? 穢されて醜いかしらね?」
「そんなことない!! 君がどんなに汚れ穢れたとしても君は何よりもずっと美しいままだ!!!! ……あっ」
彼女の言葉に俺は反射的に真実のまま叫んだ。
そして思わず口から出たその叫びに俺は気付く。
穢されて尚、彼女の美しさが損なわれることはなく、むしろその美しさを増しているようにすら感じられる。
そうだ。
彼女が例え俺のような穢れた悪魔によってどれだけ穢されようともその程度で彼女の美しさがどうにかなるわけがなかった。
俺としたことが彼女の美しさを見誤っていた。
「そうよ! その通りよ! どれだけ穢されても私は尚輝き続けるわ! それにね、才花。一つ勘違いしているようだけど世間はあなたを穢らわしい悪魔と見るかもしれないけれど、私にとってはあなたは私が唯一見惚れるほどの美しい悪魔よ! 世間と私の言葉。どちらが重要か。才花なら言うまでもなく分かるわね?」
「っ! それはもちろん君の言葉だ! 君の言葉こそが世界の真理に決まってる!」
彼女は勝ち誇ったように笑いながら自身の美しさを見せびらかした。
そして彼女は同時に俺のことを美しいと言ってくれた。
その言葉に俺は歓喜に震えた。
世間が俺のことをどれだけ穢らわしいと感じていてもそんなこと関係の無いことだった。
他でもない彼女が告げた言葉こそが真実なのだと今更ながらに気付かされた。
俺は大馬鹿者だ。
「さあ、才花! もう何も気にすることはないわよ! 私と付き合いなさい!」
そして笑みを深めて強く宣言した彼女に俺がいう言葉はもう決まっていた。
「嫌です!!!」
その言葉にさしもの彼女も唖然としていた。
だが、彼女が再起動する前に畳み掛ける。
「付き合うなんて生ぬるい! もう君を絶対に手放すものか! 翼! 俺をお前のものにしろ! 俺をお前の一生のただ一人の伴侶にしろ!!!!」
「………………ふふ……素晴らしいわ! 流石、才花よ! そうよ、私としたことが確かに生ぬるかったわね! そう、今この瞬間からもうあなたは私のものよ! 私のただ一人の愛する主人としてもう片時も離さないわ!」
本来なら命令は何よりも美しい彼女がするべきことだが、俺はこの瞬間だけは彼女に命令した。
その命令に数秒目を見開いて固まっていたが、彼女はこれまでで一番の笑顔になってその命令を受け入れて俺は彼女のものになった。
一方、そんな二人の謎のやり取りに疲れたクラスメイトたちと担任は彼らの存在を完全にスルーすることを決めた。
「あー……今日は特に連絡は無いから朝礼終わりな。一限の準備しとけよー……」
「「「「「「……はーい」」」」」」
そして、数日後には学校全体で彼らのあらゆる行動をスルーすることに満場一致で決まることになったのはある意味当然の帰結であった。
以後才花と翼は事あるごとにイチャついたり授業を抜け出したりと好き勝手していった。
そのくせ、テストでは二人で学年一位と学年二位を掻っ攫っていくのでその学校の生徒たちは世の理不尽さを痛感するのだった。