アルベティーナと不思議な旅人.8
シャリッという音が響くと同時に、アルベティーナは勢いよく駆け出した。
そして足元に転がっている石ころをいくつか拾い、フェイに向かって投げた。
ビュンっという音と共に石の散弾がフェイを襲う。
「おぉ怖っ! 容赦ないな」
怖いと口では言いながらもフェイの口元は笑っており、上半身を左右に揺らしながら石の隙間を難なく潜り抜けた。
「フンッ! ヘラヘラ笑っていられるのも……」
アルベティーナは鼻で笑いながら再び石を拾いあげた。
「今の内よ!」
今度は走りながら石を投げる。
「何度やっても効かないよっと」
フェイはヒョイヒョイっと上半身を動かすだけで軽やかに石を避ける。
「残念でした! その石は私が近づくためのものよ!」
先ほどの石は牽制。
石で動きを制限させたところに拳を与える、というのがアルベティーナの作戦である。
「やるねぇ。でも、甘い!」
前から顔面を狙ってくるアルベティーナの拳を、フェイは上体を思い切り反らす形で避けた。
「なっ……!」
石の雨と拳のコンビネーションを一歩も動かずに避けられるとは思いもせず、アルベティーナは驚きの声を漏らした。
「あなた、軟体動物かなにかかしら?」
アルベティーナの額に一筋の冷や汗が流れ落ちる。
「残念。タコじゃないよ」
上体を思いっきり反らし、ブリッジの体勢になったフェイは不敵な笑みを浮かべた。
「そうなの……じゃあただのマヌケね!」
再びアルベティーナは駆け出し、ブリッジの体勢をしているフェイの頭に向かって蹴りをくりだした。
「おっと」
しかし蹴りが届く前にフェイは反動をつけることなく上体を起こす。
「くっ……」
アルベティーナは間髪入れずにフェイの顔めがけて拳をくりだした。
「残念」
フェイはヒョイっと上体を反らしながら拳を避け、紙袋に手を突っ込む。
「この!」
今度は腹をめがけて拳をくりだす。
「あっはっは。残念」
ヒョイッとくの字を描くように上体を曲げて拳をかわし、果物を宙に放り投げた。
「ヒョイヒョイ避けんじゃないわよ!」
アルベティーナはがむしゃらにフェイに飛びかかった。
「アホ」
フェイが一歩後ろに下がると、アルベティーナは全身を地面に打ち付けながら落下した。
そしてフェイは上から落ちてきた果物を口でキャッチした。
「うわぁ痛そう」
シャリシャリと音をたてながらフェイは引きつった笑みを浮かべる。
地面と濃厚なキスをしたアルベティーナは体をブルブルと震わせながら涙目の顔をあげた。
「歩くなんて反則よ!」
「別に動いちゃダメなんて決まりは無いって。それはそうと果物2個目~」
「こ……の……ムカつく!」
アルベティーナは勢いよく起き上がると同時に、周りに散らばっている落ち葉をあたりにぶちまけた。
大量の落ち葉が宙に舞い、フェイの視界を遮る。
「これでどう!」
そしてアルベティーナは再び石を拾い上げ、さっきまでフェイが立っていた場所に向かって投げた。
ヒュンヒュンと音をたてながら石が飛んでいく。
――しかし石が何かにあたる音はしなかった。
落ち葉が少しずつ地面に落ちていき、フェイの姿が見えてくる。
フェイは一歩も動いたそぶりを見せずにただ果物を食べていた。
「残念」
ニヤリと笑い、フェイは3個目の果物を食べ終わった。
「……訂正するわ。あなたは化け物かしら?」
アルベティーナの背筋に悪寒が走り、引きつった笑みを浮かべる。
「さぁ、どうだろうね」
フェイは相変わらず不敵な笑みを浮かべている。
アルベティーナはフェイに向かって走り出した。
「体当たりか」
フェイはそう呟くと前を向いたまま後ろに走り出した。
「追いつけるかな~」
「うるさいわね!」
向かい合う形の奇妙な追いかけっこが始まった。
………
……
…
アルベティーナはゼェゼェと息を弾ませながら走る。
それに対しフェイは息ひとつ乱さずに後ろ向きに走る。
「ほらほら頑張って。鬼さんこちら、手の鳴る方へ」
フェイはパンパンと手を鳴らしながらニヤニヤと憎たらしい笑みを浮かべる。
「ふ……ふっ……、人を……馬鹿にしてないで……ちゃんと後ろを見たらどうかしら?」
アルベティーナは息を切らしながらもニヤリと笑った。
「ん?」
フェイは後ろ向きに走りながら振り返った。
フェイ達は大きな木々が生えている森林地帯に入っており、気が付けばフェイは木に囲まれていた。
後ろと左右には木、前にはアルベティーナ。
フェイの避けるスペースがないことをアルベティーナは確信した。
「もらったわ!」
アルベティーナは拳を大きく振りかぶり、フェイに向かって振り下ろした。
「フッ!!」
フェイは大きく息を吐き、後ろの木を思い切り蹴った。
美しい放物線を描きながらアルベティーナの頭を超すように跳ぶ。
そしてザッという綺麗な着地音を鳴らしながらフェイは華麗に着地した。
「どう?今のは鳥っぽかったでしょ」
フェイは子供のように無邪気な笑みを浮かべながら果物を取り出し、4個目を食べた。
「……」
アルベティーナは口をポカンと開け、茫然とするしかなかった。
木を蹴るだけで人の身長を超えるジャンプをすることが出来るのだろうか。
少なくとも城にいる兵士たちは出来ない。
「あなたも……魔法使いなの……?」
アルベティーナは震える指をフェイに向けた。
「あたな『も』ってことは、あの馬鹿。正体をバラしたのかよ」
フェイはチッと短い舌打ちをし、頭を掻きながら怠そうにアルベティーナの方を向いた。
「あ~、最初に断わっておくけどあたしは魔法使いじゃないよ。それにしても正体がバレたってことは今頃捕まってんのか。どうりで探しても見つからないわけだ」
フェイはため息をつきながら紙袋に手を突っ込み、果物をひとかじりした。
「あなたとツートンって何者なの? とても普通の人間の2人組には見えないわね」
「ん? あぁ~」
フェイはシャリシャリと果物を食べながら間延びした声をあげた。
「とりあえずその質問に対して2つの答えがある」
ゴクンと喉を大きく鳴らし、人差し指と中指を立てた手を前へ突き出した。
「一つ。2人組じゃない」
指を1つ折りながら質問に答える。
「え? でもツートンはフェイと待ち合わせるためって……「そして二つ」」
再びアルベティーナの声をふさぐようにフェイが声をあげた。
「まだ、勝負の途中だ」
フェイはわざとらしくシャリッという大きな音をたて、ニヤリと笑った。
「もうお疲れかい? 大見得を切る割には大したことないんだね」
ニタニタと憎たらしい表情を浮かべながらアルベティーナのことを挑発する。
「う、うるさいわね! 今までのは準備運動よ!」
アルベティーナは顔を真っ赤にさせながら、スカートに手をかけた。
太もも程までたくし上げ、そのままスカートを結ぶ。
「でも残念。ここからが本番よ」
フンと鼻を鳴らしながらアルベティーナは足元に落ちている腕よりも少し短い程度の木の枝を拾った。
そして木の枝を剣に見立て、アルベティーナは構えた。
「なるほどね。それじゃあ第2ラウンドといきますか」
5個目の果物の最後の一口を口に運び、シャリッという音があたりに響いた。