アルベティーナと不思議な旅人.7
次の日になり、アルベティーナは再び城下町に来ていた。
「ツートンには仲間がいるって言ってたわね。確か『フェイ』って名前だったかしら」
ツートンは仲間と落ち合うためにこの国を訪れていた。
ツートンの事を知りたいと思うのならば、その仲間を尋ねるのが最適である。
仲間の名前は『フェイ』
特徴的な赤い長髪の女性。
「赤い髪の……私の果物を奪った女……」
メラメラとアルベティーナの心に怒りの炎が燃え上がっていく。
「……ダメよダメ。落ち着きなさいアルベティーナ・コスタ・ディオレ。私はツートンとか言う怪しい魔法使いの正体を確かめるためにフェイって女に会うのよ」
アルベティーナは頭を勢いよくブンブンと横に振った。
「私はもう大人なのよ。過去に縛られる女じゃないわ。私は最高にクールな大人の女なのよ」
誰に言っているわけでもない言い訳をブツブツ呟きながら、アルベティーナは商店街に足を運んだ。
*
商店街は相変わらず多くの人で溢れかえっている。
大きな声で売り込みをしている商人。
真剣な眼差しで商品を眺めている女性。
大きな荷物を運んでいる男性。
荷車を引いている角の生えた動物。
追いかけっこをしている子供たち。
「いくら特徴的な見た目とは言っても、この中から1人の人間を探し出すなんて無謀ね……」
人混みから少しはなれたところにアルベティーナは立ち、頭を抱えて解決策を考えた。
ガヤガヤ…
ガヤガヤ…
しかし考えようとしても、周りは人で溢れかえっているため雑音が嫌でも耳に入ってくる。
「だーっ! うるさいわね! ちっとも考え事が出来ないじゃない!」
何を言っているかわからない雑音が滝のように勢いよくアルベティーナの脳に流れてくる。
しかしその雑音の中から聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
「いらっしゃい!!」
大きな男の声。
「この声、たしか果物屋の……ッ!!」
その声を聞いたアルベティーナに一つのアイディアが浮かんだ。
「そうだわ! これよ!」
アルベティーナは不敵な笑みを浮かべながら足早と果物屋に向かって行った。
………
……
…
「ふっふっふ……、何て頭がいいのかしら私は」
姫とは思えないような不気味な笑い声を漏らしながら、アルベティーナは赤い果物が大量に入った紙袋を抱えた。
「釣りよ釣り! この果物を餌にあの野蛮人を釣るのよ!」
フェイに出会ったのは果物を奪われた時。
恐らく果物を持っていれば再び出会えるだろうというのがアルベティーナの考えであった。
「人が多い所だとまた逃げられてしまうかもしれないわ。少し人通りの少ない所に移動しないとね」
そういってアルベティーナはツートンと出会った公園への道を目指した。
*
「おっとっと……ちょっと多く買いすぎちゃったわね」
誰もいない公園への道にたどり着いたアルベティーナは紙袋からあふれ出そうになっている果物を抑えながら歩いていた。
「仕方ないわね。これは一個私が食べるしかないわ。本当に仕方のないことだわ」
誰がどう聞いても棒読みにしか聞こえない言い訳をしながらアルベティーナはニコニコ笑い、紙袋の中から果物を1つ取り出した。
太陽に照らされて赤い果物が美味しそうに輝く。
この果物を頬張れば口の中に甘い味とみずみずしい食感が広がるだろう。
アルベティーナの喉からゴクリという大きな音を鳴る。
そして口を大きく広げ、赤くて美味しい果物をひとかじり―――
「ガキンッ!!」
―――するはずだった。
シャリッという爽快な音はせず、歯と歯がぶつかった大きな音があたりに響いた。
「ッッッ……!! 痛~~~~~~~~~い!!!」
思いきり歯をぶつけたアルベティーナは涙目になりながら口を押えていた。
「何? なんで果物を噛めてないの?」
アルベティーナは自分の両の手を見た。しかしそこに赤色に輝く存在はなかった。
「なんで!? さっきまでこの手にあったじゃないのよ!!」
落としたのかと思い、足元を見回すアルベティーナ。
しかし何も見当たらなかった。
――赤い果物だけでなく、果物の入った紙袋も。
「な、なななななな……」
アルベティーナの頭の中はパニックに陥っていた。
たった一瞬ですべての果物が無くなる。まるで幻覚にかけられたような感覚であった。
「なななななななな……」
パニックに陥ったアルベティーナはところ構わず果物を探した。
ポケットの中。
スカートの中。
パンツの中
口の中。
ベンチの裏。
落ち葉の中。
しかしいくら探せども、果物は見当たらない。
「ぶっ!! あっはっはっはっは!!」
丁度ゴミ箱の中に頭を突っ込んでいる時、頭の上から吹き出すような笑い声が聞こえてきた。
「なななななななな!」
アルベティーナは勢いよくゴミ箱から頭を引き抜き、声のする方向に顔を向けた。
「あっはっはっはっは!!」
そこには木の枝に腰掛け、果物の入った紙袋を抱えているフェイの姿があった。
フェイの赤い髪が果物と同じように太陽に照らされて輝いている。
「あっはっはっは! いやぁ愉快愉快! こんな面白い行動を起こすなんて思わなかった」
フェイは赤い果実を頬張りながら、膝を叩いて爆笑していた。
「ななななななな!」
「いやぁ、あんた面白い奴だな。あたしに果物をくれるし、変な行動をしてあたしを笑わせてくれるし」
フェイは笑いながら果物を一口かじった。
シャリッっという爽快な音があたりに響き渡る。
それは本来であればアルベティーナの口から響くはずの音であった。
「ななななななな!!」
「ん? 合ってるだろ? あたしをおびき出すためにこの果物を買ったんだろ? お望み通り釣られてあげたよ。いや~御馳走様」
まるで拝むように片手を顔の前に立てて感謝の気持ちを示し、そしてもう片方の手で芯だけになった果物を放り投げた。
カコッという気持ちのいい音をたてながら、芯は見事ゴミ箱の中に入った。
「なななななななな!!!」
アルベティーナの体がプルプルと震えだす。
「ふ~。いやぁ口の中に甘い風味が広がるなぁ。甘い物ばっかり食べたから、なんだかしょっぱい物が食べたくなってきた。今ならしょっぱい食べ物であたしを釣れると思うよ」
フェイは満面の笑みを浮かべた。
「なななななななななななななな!!!!!!!」
「なめとんのかぁ~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!」
アルベティーナの口からは爽快な音ではなく、大きな怒声が響いた。
*
「ふざけんじゃないわよ! 誰があんたの為の果物を買うもんですか! それは私の果物よ! 私が! 私の! お金で! 買ったものなのよ!!」
フェイをおびき出すためという名目で果物を買い、結局は自分で食べるつもりだった果物を奪われ、アルベティーナの怒りは頂点に達した。
アルベティーナは怒りの声をあげながらゴミ箱に手を突っ込んだ。
「天誅!!!」
そして先ほどの果物の芯を掴み、ニヤニヤと腹立たしい笑みを浮かべているフェイに向かって思いっきり投げた。
「あっはっは! ハズレ~」
フェイは頭を少し横にズラし、飛んでくる果物の芯を避けた。
「このっ……!」
アルベティーナは再びゴミ箱に手を突っ込み、手当たり次第に掴んではフェイに向かって思いっきり投げた。
「このっ! 地獄にっ! 落ちなさいっ!」
「残念」
「惜しい」
「ハズレ~」
怒りで顔を真っ赤にしているアルベティーナとは対照的に、フェイは非常に落ち着いた様子で飛んでくるゴミの雨を避け、果物をひとかじりした。
………
……
…
「この! 降りてきなさい! 卑怯でしょ!」
ゴミ箱に投げられるものが無くなり、アルベティーナは木の上にいるフェイの事を指差しながら大きな声で叫んだ。
「一方的に攻撃しておいて良く言うよ」
そう言いながらフェイは木の枝から飛び降り、アルベティーナの目の前に立った。
フーッ!フーッ!とまるで猛獣のように息をたてながらアルベティーナはフェイの事を睨んだ。
赤い長髪
分け目に添えられている羽のような形のヘアピン
髪と同じく赤い瞳
赤い色のパンツスタイルにへそが出るくらいの白く短い丈の服。
アルベティーナより頭一つ半程大きい身長
「そう言えばあんた、あたしに用があるんだろ?」
アルベティーナの鋭い瞳を意に介さず、フェイは落ち着いた様子で尋ねた。
その言葉で我に返ったアルベティーナは頭をブンブン振り、頭の熱を冷まそうとした。
「そ、そうよ! あなたに用事があるのよ! あなたは……「あ~やっぱちょっとタンマ」」
アルベティーナの言葉に覆いかぶさるように突如フェイが声をあげる。
「へ?」
突然声を遮られたアルベティーナからマヌケな声が漏れた。
「普通に質問して普通に答えるんじゃつまんないな」
フェイはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「は?」
アルベティーナも笑顔を浮かべた。
「よしこうしよう! あんたは私を追いかける。私を捕まえられたら質問に答えてあげよう」
フェイはうんうんと一人で頷いた。
「……うふふ。いい考えね。すごく良い考えだわ」
アルベティーナは変わらず笑顔を浮かべている。
「でもちょっと1つ条件を変えてもいいかしら?」
そして満面の笑みを崩さずにアルベティーナはフェイに向かってゆっくり歩いた。
「おぉ! なんだ? 言ってみ――」
言ってみろ、そう言い切る前にフェイは大きく後ろに跳んだ。
さっきまでフェイの顔があった場所にはアルベティーナの拳があった。
「私の勝利条件は『あんたの顔面に一発拳をくれてやる』に変更よ」
さっきまでの笑顔は無くなり、怒りに満ちた青い瞳がフェイのことをとらえる。
「ハハッ! そいつは良いね」
フェイはニヤリと笑みを浮かべながら紙袋に手を突っ込み、果物を1つ取り出した。
「それじゃあ制限時間は――」
そしてヒョイっと上に放り投げ、果物を口でキャッチした。
「――紙袋の果物が無くなるまでだ。」
シャリッという鬼ごっこの始まりの音が響き渡った。