アルベティーナと不思議な旅人.6
驚きの表情を浮かべていたアルベティーナの表情がサーッと徐々に青ざめていく。
冷めていく顔とは対照的に、胃から熱い物が昇ってくる。
心臓がバクバクと大きく弾み、震える手でベッドのシーツをギュッっと握った。
モナとの秘密の遊びである『騎士ごっこ』
知られてはいけない遊びを知られてしまった。
その事実がアルベティーナの心を大きく締め付けた。
「嘘……バレちゃったの……このままお父様に伝わって……あの遊びが出来なくなって……騎士になることもできなく……」
騎士になることに反対している王や大臣に遊びの事が知られてしまったらどうなるか。
厳しくアルベティーナの事を縛るのは火を見るよりも明らかである。
恐らく木の剣や盾は壊され、城に閉じ込められ、より厳重に見張られるに違いない。
「もしかしたらモナが……」
次々と頭に浮かぶ最悪の事態にアルベティーナの心は徐々に締め付けられ、それに伴うかのように瞳からは再び涙が溢れ出てきた。
アルベティーナは項垂れ、涙を滝のように流した。
そんな俯いて涙を流しているアルベティーナの頭の上にフワリと王妃の手が乗った。
そして王妃の手はアルベティーナの顔をなぞるようにゆっくりと降りていき、やがて頬に辿りついた。
アルベティーナはビクリと体を大きく震わせ、ゆっくりと顔をあげた。
そこにはアルベティーナと同じように涙を流している王妃の姿があった。
「お母様……なんで泣いているの……?」
「本当にごめんなさい……。こんなにもあなたを悲しませてしまうなんて……」
王妃の涙がゆっくりと顔を伝って流れ、やがてシーツを握るアルベティーナの手に落ちた。
アルベティーナの手に温かい感触が広がっていく。
「騎士になることはアルナにとってとても大きく、大切な事だったのね。軽い気持ちであなたの大切な事を傷つけてしまって本当にごめんなさい……」
王妃は片方の手でアルベティーナの頬を撫で、もう片方の手をアルベティーナの手に重ねた。
「お母様は怒らないの……?」
アルベティーナはソロソロと涙を少しずつ流し、不思議そうな表情を浮かべた
「騎士になりたいって事に対してかしら? 本当は私も賛成ではなかったわ……」
王妃は暗い表情を浮かべ、アルベティーナから視線を逸らした。
アルベティーナの心にズキリと再び痛みが走る。
「でも!!」
今にもあがりそうなアルベティーナの泣き声を、王妃の力強い声が抑え込んだ。
「でも、今のアルナを見て考えが変わったわ。きっと騎士になることはあなたの人生にとって必要な事なのね」
紫の瞳が真っ直ぐアルベティーナの青い瞳を見つめる。
「お母さんはあなたの事を応援するわ。だからこのことはあの人や大臣には内緒にしておいてあげる。」
パチリと王妃は片目を閉じ、ウィンクをした。
「本当!?」
アルベティーナの涙は完全に干上がり、表情がパァっと勢いよく明るくなっていく。
「えぇ本当よ」
王妃はニコッと優しい笑みを浮かべ、再びアルベティーナの頭を撫で始めた。
「素晴らしいことよ。嬉しい気持ちにも悲しい気持ちにもなれる夢があるなんて。そんな夢を親としてはかなえさせてあげたいわ」
「でも……お父様は私の夢を快く思ってないわ……」
冷たい、青い瞳がアルベティーナの脳裏に蘇る。
「うふふ、あれも親の優しさなのよ」
「優しさ……?」
「そう、あれも優しさ。あの人のも大臣のも。あの人達は不器用なのよ。だからアルナには上手く伝わらないだけ。でもアルナを大切に思っての行動なのよ」
王妃はアルベティーナの事を見つめると、再びウィンクをした。
アルベティーナは変わらずキョトンとした表情を浮かべている。
「アルナにならきっとわかるはずよ。今はわからなくても、きっといつか分かる日が来るわ」
王妃は撫でていた手をアルベティーナの頭から離し、ゆっくり立ち上がった。
王妃はニコッと笑い、手をパンッと叩いた。
「はい! 今日のお話はここまで。もう遅いから早く寝なさい」
「え……? わっ! もうこんな時間!?」
アルベティーナは部屋の時計にチラリと視線を向けた。
時計の針は普段の就寝時間よりも30分程遅い時間を示していた。
「うふふ、随分話し込んじゃったわね。遅くなっちゃうと今度は私があの人に怒られちゃうわ」
王妃はペロッっと舌を出しながら足早と扉に向かい、扉を開けた。
「ふふっ、そうなったら今度は私がお母様の部屋を訪れるわ!」
さっきまでの悲しげな表情は完全に無くなり、アルベティーナは元気よく笑った。
「うふふ、ありがとう。アルナは本当に優しくて良い子ね。そしてとても強い子。きっとこれから様々な嫌なことが起こるわ。でもあなたならそれを受け、正しい道を歩けるはずよ」
ゆっくり扉と閉まる扉の隙間から、優しい声が聞こえてくる。
「今日はゆっくりおやすみなさい。そして夢に向かって頑張りなさい」
「はい! おやすみなさい! お母様!」
夢を応援してくれる人がいる。
それがとても嬉しくなり、アルベティーナは思わず大きな声で就寝の挨拶をした。
「あ、そう言えば」
「わっ!!」
突如扉の隙間から王妃が顔を出し、アルベティーナは思わず驚きの声をあげた。
「アルナの質問にちゃんと答えてなかったわね」
「あっ」
『ねぇ、お母様……。魔法使いって本当に悪い人なの?』
アルベティーナは自分の問いを思い返した。
「私は『あの人は魔法使い』、『あの人はヒューマ教』とかそう言うくくりで人を見ないの。私が重要視しているのは等身大のその人自身よ。だから魔法使いだから悪い人、なんて思わないわ」
「その人自身……」
アルベティーナは王妃の言葉を繰り返した。
「それからもう一つアルナにアドバイスをしてあげるわ」
王妃は優しい笑みを浮かべながらアルベティーナを見つめた。
「夢を追いかけるときでも、疑問に思ったことを解決するときでも、やることは一つなのよ。【自分の思ったことをやりなさい】」
「自分の思ったことをやる……」
騎士になるという夢。
ツートンが悪い人なのかどうかという疑問。
「うん……そうね。考えるだけじゃダメね! 行動を起こさないとね!!」
明日になったらいつも以上に剣の練習をしないと!
そしてツートンのことをもっと理解するために行動しないと!
アルベティーナはやるべきことが見つかり、フンッと鼻を鳴らした。
「うふふ、アルナは良い子ね。さっきも騎士になれなくなることだけじゃなくてモナちゃんの事もちゃんと心配してあげてたものね」
「なっ!!」
アルベティーナの顔がボンッという音をたてながら勢いよく赤色に染まっていく。
扉の方に視線を向けると、隙間からニヤニヤしている王妃の顔が見えた。
「うふふ、それじゃあおやすみなさい」
まるで逃げるようにパタンと音をたてながら扉が勢いよく閉まった。
「べ、別に……モナを心配していたわけじゃなくて……私のせいでモナが悲しむのが……ってあ~~~もうっ!!」
再び誰に言っているわけでもない言い訳を呟きながら、アルベティーナはベットに飛び込んだ。
こうして怒ったり怒られたり、驚かしたり驚かされたり、泣いたり泣かれたり、恥ずかしがったり、不思議に思ったり、多くの感情をさらけ出した一日が終わった。