アルベティーナと不思議な旅人.4
「ありがとう。おかげで助かったよ」
先ほどまでの死にそうだった様子はどこへやら、果物一つ食べただけで男は元気を取り戻し、アルベティーナと共に多くの人で賑わう公園のベンチに座っていた。
「どういたしまして……」
そんな男とは対照的にアルベティーナはひきつった笑顔を浮かべ、軽くなった紙袋を膝の上に乗せる。
「この国に来るのは初めてだからちょっと土地勘が分からなくてね」
照れ臭そうに頬を掻きながら男はえへへと笑った。
「この国に来るのが初めてって……あなたよその国から来たの?」
「そうだよ」
男は一言そう言い、シャリッと良い音を立てながら残りわずかな果物を頬張った。
「僕はいろんな国を回って頼みごとを聞く、所謂『何でも屋』をやってるんだ」
「『何でも屋』……」
アルベティーナは男の言った言葉をポツリと繰り返した。
「そう、『何でも屋』。犬の散歩から傭兵まがいのことまで、読んで字の如く何でもやるのさ」
男はゴクンと喉を鳴らして果物を呑み込む。
「どうだい? お礼になにか悩みごとを解決する手助けをしてあげようか?」
そしてニコッとアルベティーナに笑いかけた。
「何でもやる……ねぇ……。」
アルベティーナは顎に指を当てながらチラリと男の方を見た。
男はニコニコと笑い続けている。
「ずいぶん自信ありげな事を言うわね。だけどあんなところで野垂れ死にそうになってた男じゃ不安でとても頼めないわね」
アルベティーナは意地悪な笑顔を浮かべた。
「あはは……。それはごもっともな意見だね」
男は照れ臭そうに頭を掻き、そしてすぐに笑顔に戻った。
「でも安心していいよ。僕は一人じゃないから。仲間がいるんだ」
男はグッと拳を握り、ガッツポーズを取った。
「仲間がいるの? じゃあその仲間はどこにいるのかしら?」
アルベティーナは周りをキョロキョロと見回した。
しかし周りにいるのは公園で遊んでいる子供と、その母親や父親らしき人の姿しかいない。
「うーん……いるといえばいるし、いないといえばいないんだけど……」
男は歯切れが悪そうに小さな声で呟いた。
「は?どういうことよ?」
男の言っている事がいまいち理解できないアルベティーナは眉間にシワを寄せながら男のことを睨んだ。
「あー……うん……仲間に会う為にこの国に来たんだ。ディオレ王国が待ち合わせの場所だからね」
「なるほど、そう言うことなのね」
アルベティーナはポンッと手を鳴らした。
「君は会ってないかな? 特徴的な見た目だから覚えてるかもしれない」
そう言って男は手に持った赤い果物の残りをアルベティーナの前に持って行った。
「彼女の名前は『フェイ』って言ってね。この果物みたいに赤い色の長髪をした女性なんだけど。君は見てな……「赤色の髪ですって~~~~~~!!!!」」
アルベティーナは男の声を遮るように突如大きな声で叫んだ。
突然のことに驚いた男は口をポカンと開け、アルベティーナの事をギョッと見つめた。
男の言う仲間は赤い髪の女性、つまりアルベティーナの果物を1つくすねた相手であった。
「そんな……私の貴重な果物の3個の内2個を同じ関係者に食べられるなんて……」
アルベティーナはガクリと頭を俯けた。
「ええと、君は会った……ってことで良いのかな?」
男は項垂れているアルベティーナに恐る恐る問いかけた。
ギュルンと勢いよくアルベティーナの頭が男の方を向く。
「あなた名前は?」
「え?」
突然の問いに男はキョトンとし、間抜けな声を漏らした。
「私の名前はアルナ。あなた達2人に果物を分け与えてあげた恩人よ」
アルベティーナはゆらゆらと揺れながらゆっくり立ち上がり、服に着いた葉を手で叩き落とした。
「だからあなた達に依頼をしたいの」
アルベティーナは男の方を向き、ニコリと笑った。
「というか被害者である私の為に働きなさい!!」
そして大きな声をあげながら男の事を指差した。
「えぇと……もしかしてフェイが何かしたのかな?」
男は冷や汗を垂らしながら引きつった笑みを浮かべた。
「そのフェイっていう赤髪の女だけじゃなくてあなたもよ!!」
そう言いながら男に向けていた指を男の額に押し付けた。
「あはは……ごもっともです……」
男は相も変わらず引きつった笑顔を浮かべていた。
「全く、この私をこんな目に合わせるなんて、ただのお願いじゃ割に合わないわね」
アルベティーナは腕を組み、ブツブツと呟きながらお願いすることを考えた。
「そう言えばあなた、傭兵まがいの事もするって言ってたわね。もしかして剣の心得があるのかしら?」
傭兵の仕事をしたことがあるのなら剣の扱いを知っているかもしれない。ならば教えを乞おうとアルベティーナは考えた。
「いや僕は剣を使えないんだ。というか『闘力』を扱う武術は全体的にダメなんだよね」
男は再び照れ臭そうに頭を掻いた。
「『闘力』……? っていうか武術が全体的にダメって事は戦う術がないって事なの? それじゃ何で戦うのよあなた……。って私は名乗ったのにあなたの名前を聞いてないじゃない!」
アルベティーナはガーッと流れるように叫んだ。
「あぁ……うんそうだね、順を追って答えようかな」
1人で盛り上がっているアルベティーナとは対照的に、男は落ち着いた様子で一つ咳ばらいをした。
「僕の名前は……「うええぇぇん!!」」
突如誰かの泣き声があたりに響きわたり、再び男の声は遮られた。
声のする方向を見ると、風船を持った1人の女の子が転んでいた
「うええぇぇぇん!」
周りに親がいないのか、女の子は一人で泣き続けている。
「ちっ……うるさいわね」
アルベティーナは小さく舌打ちをし、転んでいる女の子に向かって歩いて行った。
すると女の子の手が緩んでしまったのか、風船がふわりと女の子の手から離れて上空へと昇っていった。
「あっ!」
アルベティーナは短く声をあげ、駆け出した。
ビュウっと風を切る音がアルベティーナの耳に流れ込んでくる。
風船の下にたどり着いたアルベティーナはそのまま脚に力を入れ、勢いよく跳んだ。
「くっ……!」
しかし風船の紐を少し掠っただけで、捕まえることが出来なかった。
「うええぇぇん!!あたしのふうせんがぁ……!!」
女の子はより一層強く泣き始める。
「何よ……風船ぐらいでビービー泣くんじゃないわよ……」
アルベティーナは不機嫌そうな顔を浮かべ、視線を地面へと向けた。
すると俯いているアルベティーナの頭に誰かの手が乗った感触がした。
アルベティーナは顔をあげた。
「よく頑張ったね。アルナは良い子だ」
そこには笑顔を浮かべた男の顔があった。
「な、別にこの子の為に頑張ったわけじゃ……」
アルベティーナは顔を真っ赤にさせながら反論をしようとしたが、男は聞く耳を持たずに泣いている女の子の頭を撫でていた。
「大丈夫だよ。風船は何でも屋のこの僕が取ってあげるよ」
ニコリと男は優しい笑顔を浮かべる。
その笑顔を見たアルベティーナの心がトクンと一瞬揺れ動く。
「……」
女の子の頭を撫でているツートンの事をボーっと見つめる。
そんな自分にアルベティーナはハッと気づき、自分の頬をおもむろに叩いた。
「ちょっと話を聞きなさいよ! それにあんな高い所にある風船をどうやって……」
そう言いかけたまま、アルベティーナは口をあんぐりと開けた。
男は指を振っている。
それだけなら驚くことは何もない。
しかし驚くことに、振っている男の指の周りに小さな竜巻が出来ていた。
男はブツブツと何かを呟きながら指を振り続け、そしてその指を風船へと向けた。
小さな竜巻がはるか上空にある風船に向かって一直線に飛んでいく。
そして風船の紐を巻き込むと、そのまま風船ごと下へと降りてきて、男の手へと舞い戻った。
男は風船の紐を握り、ポカンと口を開けている女の子に渡した。
「はいどうぞ」
そして再びニコリと笑った。
戸惑いの表情を浮かべていた女の子の表情が少しずつ晴れやかになっていく。
「すごいすごーい! ありがとうお兄ちゃん!」
そして女の子も笑顔を浮かべ、風船を受け取った。
「あ、あなた……い、今のって……」
明るい表情の2人とは対照的にアルベティーナは顎をガクガク震わせながら男を指差した。
「そう言えば自己紹介の途中だったね」
男はアルベティーナの方を向いた。
男の翡翠の瞳が美しく光る。
「僕の名前は『ツートン・インテギュラ』。見ての通り『魔法使い』さ」
ツートンと名乗る男は、そう言って握手を求めるように手を差し伸べた――
「魔法……使い……!」
しかしアルベティーナは手を差し伸べるツートンから一歩後ろに後ずさった。
そして笑顔を浮かべるツートンとは対照的に、アルベティーナの表情が困惑の色に染まっていく。
「今のは……」
「私見たわ……小さな竜巻が……」
「あんな力が使えるのは……」
不安の色を含んだ声があちこちから聞こえてくる。
「魔法だ! 魔法使いが出たぞ!」
どこかの男が大声をあげた。
「魔法使いだ! 人間の敵である神を信仰する者だ!」
男の声を始めに次々と不安の声があがり、不穏な空気が公園を満たす。
「やっぱり……この国もそうだったのか……」
ツートンは悲しげな顔を浮かべた。
「あ、あの……」
アルベティーナは困惑の表情を浮かべたままツートンに声をかける。
ツートンは弱々しい笑みをアルベティーナに向けた。
「君も……神を敵とみなす……『ヒューマ教』の信者なのかい?」
ツートンの悲しげな翡翠の瞳がアルベティーナに刺さる。
「……ッ」
アルベティーナは顔を背け、目を閉じた。