アルベティーナと不思議な旅人.3
秘密の遊びを始めてからしばらく時間が経ち、疲れの色が見え始めた2人は木陰で休息を取っていた。
風に吹かれて木がゆらゆらと揺れ、枝の隙間から温かい日の光が漏れる。
「ふぅ……。今日も強敵だったわ」
アルベティーナは汗をぬぐいながら爽やかな笑顔を浮かべた。
「お疲れ様です。しっかりタオルで拭かないと綺麗な御召し物が台無しになってしまいますよ」
そう言ってモナはタオルをアルベティーナに渡した。
「そうね。このドレスは綺麗で好きなんだけど、騎士になるにはちょっと邪魔なのよね……」
うーんと唸りながらアルベティーナはわざとらしく深く考えるポーズをとった。
「だから……」
そして再び不敵な笑みをモナに向けた。
「モナ。『アレ』も出して頂戴」
「えぇ~……『それ』もするんですか……」
今までずっと笑顔を浮かべていたモナが珍しく嫌な顔をする。
「何よ。私の言うことに文句あるわけ?」
アルベティーナはズイッとモナに顔を近づけ威圧する。
「うぅ……。アルナが喜んでくれるのは嬉しいですけど、ちょっと不安でもありますし……」
気圧されたモナは不安な表情をしながらも再び草むらを漁った。
「はいどうぞ。アルナ」
草むらから取り出したものは小さなトランクであった。
トランクを受け取ったアルベティーナは早速トランクを開け、中身を取り出す。
中には町娘が着る、安物の服が入っていた。
「大丈夫よ。今までも特にトラブルを起こしたことないし」
そう言いながらアルベティーナはドレスを脱ぎ始めた。
「わわっ! もうちょっと人目に付かないところで着替えた方がいいですよ!」
「大丈夫よ。周りに誰もいないもの」
恥ずかしがるモナとは対照的に、当の本人は非常に落ち着いた様子で次々に服を脱いでいく。
「でも、さっきの遊びも人に見られたら大変なことになってしまいます。ですので、もうちょっと周りを警戒された方が……」
「うるさいわね!」
アルベティーナの大きな声がモナの小さな声を抑え込む。
騎士の遊びを城の者に見つかったらどうなるか、なんてこと事は耳にタコが出来るほどモナから聞いていた。
言われずともわかっていることを執拗に言うモナに対し、アルベティーナの機嫌が少し悪くなる。
「私が大丈夫って言ったら大丈夫なのよ! なにも心配なんていらない!」
「でも……」
「心配いらない!!」
アルベティーナの怒号を聞いたモナはシュンと縮こまった。
「わかりました……。絶対、絶対にバレないようにしてくださいね。」
そして肩を震わせながらモナは絞り出したかの様な声をあげた。
アルベティーナは一瞬何かを言おうと口を開いたが、すぐに口を閉じ、再び着替え始めた。
着替え終わったアルベティーナは帽子を深くかぶり、ツタが絡まっている城壁に向かって歩いた。
そして城壁に絡まりついているツタを掴み、少しずつ掻き分けた。
するとそこには子供が一人通れるほどの小さな穴が開いていた。
この穴は先の魔物との争いの際に出来たものである。
ほとんどの戦いの傷跡は直されたが、この穴だけは忘れられてしまったのか、塞がられずにいた。
今ではこの穴はアルベティーナが城の外に出るときの秘密の出入り口にされている。
「それじゃあ行ってくるわ。何か言われても知らないって言うのよ。あとドレスはしっかり隠しておいてね」
アルベティーナは穴に頭を入れながら振り返った。
「わかりました。お気をつけて。そして楽しんできてください」
アルベティーナの視界に笑顔を浮かべたモナが映る。
「ふふっ。だから私はあなたが好きなのよ」
モナに聞こえないよう小さく呟き、アルベティーナは穴をくぐっていった。
*
城から抜け出たアルナは城下町に来ていた。
「本当、いつ来ても飽きないわね」
変装したアルベティーナの視界に活気溢れる人々や所々に生えている大きな木が映る。
ディオレ王国は様々な植物を売り、国の生計をたてている。
この国で埋めた種は必ずと言っていいほど芽を出し、花が咲き、実がなる。
そのため食用の果物や観賞用の花、さらには薬草などを育てており、小さい国ながらも近隣の国からは大変重宝されている。
そんなディオレ王国は『大地に愛される国』と呼ばれていた。
「いらっしゃい! いらっしゃい! おいしい果物がそろっているよ!」
大きな声をした大柄な男が美味しそうな果物を手に呼び込みをしている。
「……」
その綺麗でおいしそうな赤い果物にアルベティーナは目を奪われていた。
「おっ! お嬢ちゃんコイツが気に入ったのかい?」
男が大きな声でアルベティーナに声をかける。
「なっ、別に気に入ったわけじゃないわ!」
そう言ってアルベティーナは顔を背けた。しかし視線はチラチラと果物をとらえる。
「ガハハハハ! 口ではそう言っていても体が欲しがっているぞ! ほれ、一口食べてみろ!」
男はそう言いながら手に持っていた赤い果物をアルベティーナに投げた。
「わっ! ととっ……」
突然のことに驚き、アルベティーナは思わず果物を受け取ってしまった。
手の中で果物が太陽に照らされて美味しそうに光る。
アルベティーナはゴクリッと喉を鳴らし「ちょっとだけ……」と小さな声で呟きながら一口かじった――
「まいどあり~!」
嬉しそうな男の大声が響き渡る。
結局アルベティーナはその果物を3つも買ってしまった。
「これは仕方ないわ。このタイミングがきっと一番おいしい頃なのよ。買わないなんて逆に馬鹿のすることだわ」
誰に言っているわけでもない言い訳を呟きながら、アルベティーナは多くの人で溢れる通りを歩いた。
ドンッ!
「きゃっ……!」
突如アルベティーナの体に衝撃が走った。
さっき買った果物のように赤い髪の女性がアルベティーナにぶつかってきていた。
「おっと。ゴメンよ!」
赤い髪の女性は腰より下まで伸びている長髪をフワッと揺らしながら軽く謝り、すぐさま人ごみに紛れて消えていった。
「なによアイツ! 人にぶつかっておいてアレしか言わないなんて!」
アルベティーナは赤い髪の女性が消えていった方向を睨んだ。
「赤い髪なんて珍しいわね。よそ者かしら。きっと野蛮な国からきたに違いないわ」
アルベティーナは悪態をつきながら果物の入った紙袋に手を入れた。
「こんな時は美味しい物でも食べて……って……あれ?」
紙袋に手を入れたアルベティーナは違和感を感じた。
手を入れた感じ、果物はちゃんとある。
しかし何かがおかしい。
アルベティーナは紙袋の中をのぞいた。
そこには2つの果物しかなかった。
*
「あ~腹立たしい! 今度あの赤い髪が目に入ったら騎士の私が成敗してあげるわ!」
アルベティーナは少し軽くなった紙袋を抱えながら人通りの少ない道を歩いていた。
「スリなんて最低の行いよ! 欲しければ自分のお金で買いなさいよ~!」
アルベティーナはやり場のない怒りを地団駄を踏むことで地面にぶつけた。
「まったく、今日は最悪な日ね。頭に来ることが多すぎ」
大臣と王からの説教。
小うるさい陰口。
スリの被害。
アルベティーナにとって今日は厄日ともいえる様な日であった。
「今度こそ、こんな時は美味しいものでも食べ……て……」
紙袋から果物を取り出し、口に運ぼうとしたアルベティーナの動きが止まる。
そんな彼女の視界に異様なものが映りこんだ。
道端に人が倒れている。
「ちょ、ちょっと! あなた大丈夫!?」
アルベティーナは急いで倒れている人に駆け寄り、身を起こした。
倒れているのは男だった。
金色のぼさぼさの髪に不思議な模様のバンダナ。
年はアルベティーナより上にみえるが、どことなく幼く感じる顔立ち。
暑そうなローブで身を包み、これまた不思議な模様をした装飾品をたくさんつけていた。
「ねぇ、ちょっと! どうしたのよ!」
アルベティーナは男の体をユサユサと激しくゆすった。
「……ぉ……」
男の口から小さな声がこぼれる。
「意識はあるのね!? 喋れる!?」
アルベティーナは揺さぶりをやめ、男の顔を覗いた。
男は少しずつ瞳を開ける。
あの騎士と同じ、翡翠の瞳がアルベティーナを見つめた。
そして弱々しい男の声が響いた。
「お腹が……すいた……」
「は?」
思わずアルベティーナは間抜けな声をあげた。
男の視線が少しずつ動き、アルベティーナの持っている果物をとらえる。
アルベティーナもつられて果物を見つめた。
アルベティーナは視線を何度か男の顔と果物を行き来させ、そしてため息をついた。
「やっぱり今日は……最悪な日だわ……」
アルベティーナは紙袋の中をのぞいた。
そこには1つの果物しかなかった。