初めての依頼
2階の客室から出てきたアルナはズカズカと大股で階段を降っていた。
「フンッ。別にあいつらに頼まなくても私だけで魔物を倒しに行くことは出来るのよ」
眉間にシワをよせながら大きく鼻を鳴らし、フロントまで降りていく。
「とりあえず情報収集が必要ね。詳しい話は聞いてないし」
アルナが今持っている情報は鎧を着ている魔物が行商人を襲っている、ということだけであった。
いつ頃襲われるのか、どこで襲われるのか、肝心の魔物の居場所がわかる情報は何一つ持っていないため、魔物を探そうにも探せない。
「うーん、やっぱり村長に聞くのが一番いいのかしら……ん?」
額に指を当て、どこで情報を集めるか考えていたアルナの耳に何かの音が聞こえてきた。
微かな音であるため自信は無いが、それは誰かの声の様であった。
「下から声が聞こえるわ……」
階段を降った先は宿の受付があるフロントである。
アルナは足音を殺すように静かに階段を降っていった。
階段を下り終わったアルナは恐る恐るフロントを覗き込んだ。
フロントの隅の方に誰かの人影がある。
宿のフロントには明かりがついていないため、誰が立っているのかよくわからない。
「もしかしたら……」
窓から入り込む少しの月明かりを頼りにアルナは足元に気をつけながら人影に向かって忍び寄っていく。
忍び寄っている間も目の前の人影から何やら声が聞こえてくる。
アルナは人影に気づかれないように息を殺し、できるだけゆっくり近づいていく。
額に一筋の汗が流れ、喉をゴクリと小さく鳴らす。
そして――
「ばぁっ!!!」
「きゃあっ!」
部屋の隅にいた人影である宿屋の女将を驚かせた。
「お前は何をやってんだ」
「あ痛っ!」
アルナの後をついてきて一部始終を見ていたフェイはアルナの頭をバシンとはたいた。
「痛いわね! 突然何するのよ!?」
「いやぁ突然大声をあげて人を驚かせてる人間には言われたくないな」
涙目になりながら大声をあげているアルナの頭にバシンともう一発くらわせる。
んぎゃっという奇声を発しながらアルナはしゃがみこんだ。
「えぇと……こんな夜遅くにどうしたのですか?」
置いてけぼりをくらっていた女将は引きつった笑みを浮かべた。
「あぁ悪かったな。今のアルナは機嫌が悪いから誰かに八つ当たりをしたかったんだろう」
フェイはペコリと頭を下げ、頭をさすっているアルナの襟を掴んで持ち上げた。
「別に八つ当たりなんてしてないわよ!」
まるで猫のような扱いをされたアルナは不服そうに大声をわめき散らす。
「……ただ誰かの泣き声がうるさかったから、そいつを黙らせたかっただけよ」
アルナは口を尖らせながら視線を逸らした。
アルナのその言葉を聞いたフェイは女将の顔を見つめた。
女将はハッとして目から流れている涙を拭った。
「……なんで泣いているか聞いてもいいかい?」
掴んでいるアルナを放し、フェイは女将に向かってやさしく微笑んだ。
「……」
女将は黙ったまま視線を床に向けている。
アルナも黙ったまま真剣な面持ちで女将のことを見つめた。
「OK。それじゃあ別の話にしようかな。そういえば女将さんの名前を知らなかったな。なんて名前?」
フェイはニコリと笑いながら古ぼけた椅子に座った。
「えっと……『エレナ』といいます」
「エレナか。綺麗な見た目にふさわしい素敵な名前だ」
フェイは真っ直ぐに見つめながら恥ずかしげなくエレナのことを褒める。
言ったわけでも言われたわけでもないアルナの顏がなぜか赤く染まった。
「あ、ありがとうございます」
エレナも顔を赤くしながらもじもじしている自分の手に視線を向けた。
「エレナ以外に従業員を見ないけど、もしかして一人でここの宿を経営してるの?」
「はい……。前までは父と経営をしておりました。しかし父は1年前に他界をしてしまったため、今は私一人です……」
いじっていた手を止め、エレナの表情が徐々に暗くなっていく。
「そっか。辛いことを言わせちゃってゴメンな」
フェイはうつむいているエレナの頭をやさしく撫でた。
20にいくかいかないかという少女が20後半の女性の頭を撫でているという光景に何とも言えない気持ちになり、アルナはムッと眉間にシワを寄せた。
「そんな、謝らないでください。父は笑顔で逝きました。ですから私は幸せです」
エレナは軽く微笑み、壁にかかっている初老の男の写真を眺めた。
男は満面の笑みを浮かべながらエレナの肩に手を置いている。
写真に写っているエレナは赤い鳥が入っている綺麗な鳥かごを抱きかかえていた。
「あれ? もしかしてこの写真に写ってる鳥かごってココに置いてあるのと同じモノ?」
写真の鳥かごに気がついたアルナは写真から目を離し、エレナのそばに置いてある空っぽの鳥かごに視線を向けた。
「……えぇ、そうよ。」
力のない声と共にエレナの視線がスッとさがる。
フェイは頬杖を付きながら俯いているエレナのことを見つめた。
そして鳥かごの方に視線を向けた。
「その鳥かご、最近までは中に鳥がいたみたいだな」
鳥かごをジッと見つめながらフェイは口を開いた。
「なんでわかるのよ?」
フェイと同じように鳥かごを見つめていたアルナはキョトンとした表情をフェイに向ける。
「抜け落ちている羽がまだ新しい。1日か2日前にはまだ中に鳥がいた証拠だ」
「ふーん、なるほど」
アルナは鳥かごに散らばっている羽をひとつ摘み取った。
赤と白の羽が月明かりに照らされて綺麗に光る。
「鳥の名前はなんていうのかな?」
フェイは頬杖を外し、エレナに視線を戻した。
「名前は……トルルです」
ギュッと手を強く握り、視線を床に向けたままエレナは答えた。
「トルルは今どこにいる?」
「……」
再びエレナは口をつむいだ。
月明かりに照らされ、青白い光に染まっている部屋に静寂が訪れる。
アルナは背中を壁につけるようにして寄りかかり、腕を組んだまま黙っている。
「……トルルは逃しました」
しばらくしてからエレナはゆっくり口を開き、絞り出すような声で答えた。
フェイは黙ったまま真剣な表情でエレナのことを見つめつづける。
「トルルには死んでほしくない。巻き込みたくなかった」
力強く握っているエレナの手にポタリポタリと雫がこぼれ落ちる。
「だって私……死ぬのよ? 魔物に殺される。ここに居たらトルルもきっと殺されちゃう」
ブルブルとエレナは体をふるわせている。
「私たちが何とかするわ」
「無理よ!!」
アルナの言葉を聞いたエレナは泣きはらした顔を勢いよく上げ、大きな声で叫んだ。
「無理なのよ! 昨日来た行商人には護衛が居たわ! でもみんな殺されたのよ! なすすべもなく全員殺された!」
ボロボロと大粒の涙を零しながらエレナは叫びつづける。
「あの魔物には勝てないのよ! あなた達だってきっと殺される! あの護衛の様に四肢を裂かれて内臓を食われてしまうのよ!!」
恐らくエレナの脳裏には悲惨な光景が映し出されているのであろう。
エレナは頭を手で抱え、大声で泣き出した。
フェイとアルナは黙ったまま泣きつづけているエレナのことを見つめていた。
………
……
…
しばらくしてエレナは落ち着きを少し取り戻し、涙を手で拭った。
「……」
エレナは赤く腫らした目でフェイのことを見つめ、深々と頭を下げた。
「ごめんなさい。ひどいことを言ってしまいました」
「……」
フェイは黙ったまま頭を下げつづけているエレナのことを見つめた。
ゆっくりとエレナが頭をあげる。
「でも護衛の話は本当のことです。今からでも間に合うはず。仕事なんてやめてこの村から逃げてください」
そして力強い真剣な瞳をフェイに向けた。
「トルルはエレナにとって大切な家族なんだな」
「えっ?」
フェイはやさしく微笑みながら再び鳥かごに視線を向けた。
「……えぇ。トルルは私の大切な家族。父を亡くして落ち込んでいる私を助けてくれたわ」
エレナも微笑みながら鳥かごを見つめた。
「もし魔物に殺されなかったら、またトルルと一緒に暮らしたい?」
フェイは鳥かごに視線を向けたまま、エレナに尋ねた。
「そんなの無理よ……」
「いいから、もしもの話だと思って」
エレナは複雑そうな表情を浮かべたまま少し黙り、ゆっくりと口を開いた。
「えぇ……。もし……本当にもし生きることができるのなら、もう一度トルルと一緒に暮らしたいわ」
エレナは悲しげな笑みを浮かべながら涙をスーっと一筋零した。
「よし! 今の言葉をアルナは聞いたな!」
突如バンッと膝を力強く叩きながらフェイは立ち上がった。
大声に驚いたエレナはビクッと体をふるわせた。
「えぇバッチリ聞いたわ。新しい依頼ね」
アルナはニヤリと笑顔を浮かべた。
「えっ? えっ? 依頼? なんのことかしら?」
状況を把握できないエレナはキョロキョロと辺りを見回し、視線を泳がせた。
「あなたは生き残るのよ! だから一緒に暮らしたいって言うあなたの願いを叶える必要があるわけ!」
アルナはジトーとエレナの事を睨みつけ、戸惑っているエレナの額を指でつついた。
「あうっ」
エレナはつつかれた額をさすりながらキョトンとした表情でアルナとフェイのことを見つめた。
「あたし達をそんじょそこらの護衛と一緒にしないで欲しいねぇ」
フェイは憎たらしい笑顔をエレナに向けた。
そして見ている方が心に勇気がわいてくるような力強い表情に変わった。
「大丈夫。エレナはちゃんと生きることができる。そしてトルルと一緒にまた暮らすことができる」
真っ赤に輝くフェイの瞳がエレナのことを見つめる。
「……本当に、本当に信じていいのかしら?」
エレナは驚いた表情を浮かべたまま目を丸くし、フェイのことを見つめる。
「私を誰だと思っているのかしら? 私は騎士なのよ?」
アルナは誇らしげに平らな胸をドンと叩いた。
「あっはっは! お前はまだ騎士になってないだろう」
大きな声で笑いながらフェイはアルナの頭をバシバシ叩いた。
「痛ッ! そうやって頭を叩くのをやめなさい!」
アルナは叩いてくるフェイの手を振り払い、まるで今にも噛みつかんとばかりに歯をむき出しながら唸った。
「ぷっ! あはははははは!!」
そんな2人のやりとりを見ていたエレナから大きな笑い声が聞こえてくる。
「あははははははは!」
エレナの笑いはなかなか収まらず、遂には腹を抱えて床にうずくまった。
「何よ! そんな笑うことないじゃない!」
だんだん恥ずかしくなってきたアルナは顔を徐々に赤く染めていった。
「ご、ごめんなさ……ふっふふ……」
笑いすぎたせいか、エレナも顔を赤くしながら目の縁にたまっていた涙を指で拭き取った。
「……本当に私は生きることができるのかしら?」
エレナがフェイとアルナの顔を見つめる。
「何度も言わせないでよね。あなたは生きる。それ以上でもそれ以下でもないわ。そうよねフェイ」
若干不機嫌そうな表情を浮かべながらアルナはフェイに顔を向けた。
「あっはっは。そう。エレナは生きて、そして幸せな生活を取り戻すことが出来るのさ」
フェイはニッと白い歯を見せながら満面の笑みを浮かべた。
2人の言葉を聞いたエレナは再び目から涙を零した。
「ありがとう……」
しかし表情は安らかな笑顔だった。




