アルベティーナと不思議な旅人.13
(モナ! モナ!! モナ!!!)
アルベティーナは心の中でモナの名前を何度も呼んだ。
(お願いモナ! どうか無事でいて!)
頭の中に次々に湧いてくる嫌なイメージを振り払うかのようにアルベティーナは頭を振った。
城内を走り回っている侍女や使用人に何度もぶつかる。
「邪魔よ! どきなさい!」
アルベティーナは声を荒らげ、廊下を走った。
(今いくわ! 待ってて!)
アルベティーナは庭へと通じる扉を開いた。
空は黒く厚い雲に覆われ、生暖かい風が吹いている。
庭の花たちは元気がないように暗い色に染まっている。
アルベティーナはあたりを見回した。
しかし人の姿が見当たらない。
「モナァーーーーッ!!!」
アルベティーナは大きな声でモナの名前を呼んだ。
しかし返事は帰ってこない。
アルベティーナは駆け出した。
「モナ! いたら返事して! モナ!」
何度も親友の名前を呼ぶ、しかし返事は帰ってこない。
(さっき降ってきた何かが気になる……)
先ほど視界の端に捕らえた何かを思い出す。
「もし、魔物だったら……」
前の戦いのフラッシュバックが脳裏に映る。
アルベティーナは胃からこみ上げてくる熱い物を必死に抑え、走った。
その時、アルベティーナは何かに躓き、転んでしまった。
「何よこんな時に! 邪魔よ!」
アルベティーナは振り返り、躓いたものに視線を向けた。
それは木で作られた剣と盾であった。
「これは……!」
モナを守るために使った剣と盾。
全部頭の中の事だけど、何度もモナを守ってきたアルベティーナの大切な物。
アルベティーナは目を閉じ、ギュッと剣と盾を抱きしめた。
そして力強い目を見開いた。
「モナは、私が守る!」
アルベティーナは立ち上がった。
*
その時、少し先で女の子の悲鳴が響いた。
「この声!」
アルベティーナは走り出した。
全ての力を振り絞って走った。
するとしゃがんでいるモナの姿が目に入った。
「モナ……ッ!!」
そこにはモナだけでなく、醜い魔物の兵士も存在していた。
醜い魔物の兵士が一歩ずつ近づく。
モナはただ恐怖に震えることしかできない。
醜い兵士がまた一歩近づく。
モナの目から涙が流れ、あまりの恐怖に叫び声をあげることも出来ない。
そして醜い兵士が歪な形の剣をゆっくり上げ――
――振り下ろした。
「モナァーーーー!!!!」
アルベティーナはモナに向かって飛び込み、間一髪のところでモナを魔物の剣から救った。
「モナ! 安心して! 私が守ってあげるわ!」
余裕のない、とても必死の形相でアルベティーナはモナに言った。
モナはアルベティーナの顔を見ると、少しずつ笑顔になり、アルベティーナの体に顔をうずめて大きな声で泣いた。
「安心しなさい! 大丈夫よ!」
アルベティーナはモナの頭を力強く撫で、魔物に向かって鋭い目つきで睨んだ。
「魔物……」
魔物は汚らしいよだれを垂らしながら、濁った瞳でアルベティーナの事を見つめた。
アルベティーナは石を拾いながら立ち上がった。
足がガクガクと震える。
息が上手くできない。
心臓が今までに感じたことないくらいバクバクと大きな鼓動を刻む。
アルベティーナは歯を食いしばった。
「私は騎士なのよ!! 醜い魔物なんかに負けないわ!!!」
アルベティーナは固く目をつむり、声を裏返しながら叫んだ。
「あなたの相手は私よ!!!」
そして木の剣を魔物に向かって掲げた。
*
「やああああああ!!」
アルベティーナは石を思い切り魔物に向かって投げた。
石が魔物の目に当たる。
ギュエエエエエエェェェェエエエェエ!!!
おぞましい悲鳴が庭に響き渡る。
魔物がのた打ち回っている間にアルベティーナはモナを抱きかかえながら草の中に隠れた。
「モナ、私が囮になるからあなたは早く逃げなさい!」
そう言ってアルベティーナは掴んでくるモナの手を優しく振りほどいた。
「そんな……ダメだよアルナ! 囮なんてダメだよ!」
モナが悲しげな表情でアルベティーナの事を見つめる。
「ふふっ、なんでこのタイミングで普通に話すかな……」
アルベティーナは優しく微笑んだ。
「私なら大丈夫よ。あなたの100倍は動けるもの。だから私が魔物の相手をするわ。代わりにモナは早く誰かに助けを求めてきて頂戴」
アルベティーナは震える声でそう言い、ぎこちなくウィンクをした。
「でも……私足をくじいちゃって……」
モナはそう言い、自分の右足へ視線を向けた。
モナの足は赤くはれ上がっていた。
「……逆に好都合よ。もし健全な足だったら焦って走っちゃって、そして簡単に魔物に見つかっちゃうわ。これならゆっくり、バレないように移動できるわ」
アルベティーナはぎこちない笑顔を浮かべた。
「……」
モナは不安そうな眼差しで黙ってアルベティーナの事を見つめた。
そしてギュッと固く目をつむり、力強く目を見開いた。
「分かった。私はアルナの事を信じるね」
モナはアルベティーナの手をとり、力強く握った。
アルベティーナもモナの手を強く握る。
2人は涙を流しながら無言でうなずき、2人は動き出した。
*
草から身を出したアルベティーナはキョロキョロと周りを見渡している魔物に向かって石を投げつけた。
「あなたの相手はこっちよ!」
そして大きな声で魔物の事を挑発し、走り出した。
アルベティーナの存在に気が付いた魔物がドシドシとゆっくりだが、力強くアルベティーナの事を追いかける。
チラッと草に目を向けると、モナがゆっくりと動き出していた。
その姿を確認し、アルベティーナはホッとした。
その瞬間、アルベティーナの体にとてつもない緊張と悪寒が走った。
走っているアルベティーナに突如大きな影がかかる。
アルベティーナは驚き、急いで足を止めた。
バキバキという音と共に大きな木がアルベティーナの前に倒れこんできた。
すさまじい衝撃と大きな音がアルベティーナを襲い、アルベティーナの小さな体を吹き飛ばす。
「くぅっ!」
幸いにも飛ばされた先に草が生えており、草がクッションの役目をなしてくれたおかげで衝撃は小さかった。
アルベティーナは顔をバッとあげた。
魔物が一歩、一歩と近づいてくる。
アルベティーナは立ち上がろうとした。
(あ、ヤバい……)
しかし立ち上がれない。
上手く足が動かなかった。
「ヤバ……どうしよう……腰が抜けちゃった……」
アルベティーナの心臓がドクドクと波打つ。
目の前にいる絶望の塊が一歩ずつ近づいてくる。
まるで己の『死』が一歩ずつ近づいてきているようだった。
頭の中がグルグルと回る。
どうすればいいかわからず、ただ近づいてくる死を見つめることしかできない。
ハァーッ!ハァーッ!と自分の呼吸が馬鹿みたいに大きく聞こえる。
魔物の兵士がまた一歩近づいてきた時だった。
コツンと魔物の頭に小さな石が当たった。
「魔物さん! こっちだよ!」
アルベティーナと魔物は声がする方に視線を向けた。
苦痛の表情を浮かべているモナが震える足で立ち上がっていた。
「こっちから狙った方が良いよ!」
モナはそう言いながら石を投げつける。
魔物はチラッとアルベティーナを一瞥し、石を投げるモナに向かって歩き始めた。
(ダメ! ダメ!! ダメ!!!)
叫ぼうにも上手く声が出ない。
ハァーハァーという荒い呼吸しかアルベティーナの口から出てこなかった。
(ダメよ! ダメ! お前の敵は私なのよ! 私がモナを守らないとなの!!)
アルベティーナは動かない自分の足を強く叩いた。
(動け! 動け!! 動け!!!)
バシッ!バシッ!と音をたてながら足を叩く。
しかし足は一向に動く気配がなかった。
アルベティーナの目から涙が溢れ出てきた。
(モナ!!!)
アルベティーナは涙目をモナに向けた。
モナもこちらを見つめていた。
そしてゆっくりと、優しく微笑んだ。
「ダメエエエェェェーーーーー!!!!!」
アルベティーナは立ち上がり、叫びながらモナに向かって走り出した。
ジンジンと喉と体が痛む。
ゆっくりと歩いている魔物の横を通り過ぎ、モナの体を覆うようにモナの前に立った。
「守るのよ! 私の大切な存在を!! 私の大切な親友を!!!」
木の盾を醜い魔物の兵士に向ける。
醜い魔物の兵士が一歩ずつ近づく。
ギュウとモナの事を背中で抑え込む。
「私は絶対守るのよ!!」
醜い兵士がまた一歩近づく。
「だって私は!!! 騎士なんだから!!!」
そして醜い兵士が歪な形の剣をゆっくり上げ――
――後ろに大きく吹き飛ばされた。
大きな衝撃音と共に魔物は木にぶつかり、倒れる木に押しつぶされた。
アルベティーナは目を見開き、口を半分開け、魔物の事を見つめた。
呆気にとられているアルベティーナの頭に誰かの手が乗った感触がした。
アルベティーナは顔をあげた。
「よく頑張ったね。アルナは良い子だ」
そこには笑顔を浮かべたツートンの顔があった。
「ツ˝ー˝ト˝ン˝!!」
アルベティーナは滝のように涙を流し、ツートンに抱き着いた。
「あはは。僕だけじゃないよ。フェイもここにいる」
そう言ってツートンは魔物を吹き飛ばした方向を指差した。
そこには立ち上がっている魔物と、それに立ちはだかるように立っているフェイの後姿があった。
フェイの周りの空気がゆらゆらと揺らめいている。
「おい。あたしの大事なアルナに酷いことしてくれたじゃないか」
ドスのきいたフェイの声が響く。
魔物は剣を掲げ、振り下ろした。
フェイは魔物が剣を振りおろすよりもはるかに速い速度で魔物に近づき、ブヨブヨの魔物の首に手をかけた。
「死にな」
突如として魔物の体が燃え上がる。
炎に焼かれた魔物はおぞましい声をあげながら、黒い炭になった。
その様子をアルベティーナとモナは、口を開けて唖然として見ていた。
そして胸の置くから湧き出てくる熱い思いを抑えられなくなり、アルベティーナは静かに涙をこぼした。




