表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

2

「だいたいデリカシーがないのよ」


パンを口に含みながら私は聞こえよがしに言った。

出来たてのパンは外はカリッとしており、中はふわふわで、ちぎると蒸気が一瞬宙に舞った。

若い執事、神谷宗治はそんな私の様子を隣でバツが悪そうに見つめている。


今の若者にしては短い髪の毛、黒い大きな瞳は今も昔も変わっていない。一時期身長は私のほうが大きかったはずなのに、生意気にいつの間にか私を見下ろすようになっていた。


「しかし、明日香様。何度かノックはしましたし、熟睡されていたようなので」


ボソボソと申し訳なさそうに、反論する。

こういうはっきりしないところも嫌いだ。


自分が悪くないと思うならもっと堂々としてればいいのに。


「そんな理由であんたは主人の部屋に勝手に忍びこむわけ?」

「忍びこむなんてそんな…」

「黙りなさい!」


一喝し、カップに入っていた紅茶を一息で煽った。


「あんたは私の友達なの?違うでしょ。あんたは私のなんなの?」

「…執事です」


うつむき、宗治はつぶやくように答えた。


「わかっているなら、分をわきまえなさい」


フキンで口元を拭い、私は席を立った。

宗治はますます落ち込み、うつむいた。


シャンとしなさいよバカ。


私は宗治を蹴り上げたい衝動をかろうじて我慢した。




「うわ、見て!」

「朝から神々しいわ」

「本当に美しいきっとビーナスの生まれ代わりだわ」

「私も生まれ変わったら、あんなふうになりたいわ。霧生様みたいに」


リムジンから降り、学園に向かって歩いていると、いつものように遠巻きから私を讃美する声がヒソヒソと聞こえた。

いつものことなので気にはしないがいくらか胸を張って歩く。その少し後ろを宗治が私に歩調をあわせてついてくる。

宗治が霧生家に仕え、私の執事になってからそのポジションは変わっていない。いまではすっかりその場所が宗治の定位置だ。


私と宗治が通っている高校は私立湊学院高校。一般の家庭の生徒もいるにはいるが、この学園には基本的に名家、ある程度知名度がある一族の生徒が通う。


「ああ、美しいわ。それに見て後ろの神谷様」


途端に私の耳が膨らんだ。


「去年S級執事検定に合格なさって、一層気品があふれでているようですわ」


「それにみんなに平等で優しく」


「聡明で運動も抜群」


「そしてなにより中性的で美しいお顔」


「少しでいいからお近づきになりたいわ」


思わず立ち止まり、声のするほうを睨みつけた。しかし人だかりが多くて誰が言っていたのかわからない。


「いかがなさいました?」


突然立ち止まった私に不思議そうに宗治が尋ねてきた。


「別に。ただ、周りの不躾な視線が不愉快なだけよ」

「ああ、そういうことですか」


宗治はちらりと、私達を取り巻く人だかりに目をやり、首を左右に振った。


「仕方ないことです。皆様はお嬢様の一挙一投足に興味がおありなのでしょう。この学園に通う皆様はどなたも名家の生まれですが、霧生家はどの名家にも負けないぐらいの名家ですから」


「くだらない」


ぼそりとつぶやくと、宗治は困ったように苦笑いを浮かべた。



教室につくと、すでに大半の生徒が教室に揃っていた。

私が教室に入ると一瞬水を打ったように静まったが、すぐさまもとの騒がしい教室に戻る。

毎朝毎朝、一瞬静かになるのをやめなさいよ。

誰に言う訳でもなく、私は心の中でつぶやいた。


「明日香さん、おはよう」


席に着き、バッグを降ろすと同時に、隣りの席から石渡華奈、が無邪気な笑顔で手を振ってきた。


栗色の髪の毛に人懐こそうな猫目、本人は気にしているが、女子にしては大きな身長。モデルのように長い手足、すべてが合間って石渡華奈はモテる。

モテモテだ。実際高校に入学してから十回は告白されている。


ちなみに私はゼロだ。恋文らしきものは何通かもらったことがあるが、気持ち悪いのでいつもすぐに捨てている。


「朝から不機嫌ね」


私の表情を見ただけで華奈は私の心を読みとった。


「別に、いつもどおりよ」

「ああ、そうね」


おかしそうにクスっと華奈が笑い、そして私の耳元で小さく囁きだした。


「いつもどおり、朝少し早く起きて、髪の毛をセットして寝てるフリして、宗治君に可愛い寝顔見せて、だけど宗治君はいつもどおりただ起こすだけで、学校についたらついたで宗治君を狙う輩がいっぱいいて、それにヤキモキして。本当にいつもどおり残念な朝ね」


素早く華奈に向かって肘を振り抜いた。

しかしさっきまであった、華奈の顔はなく、私の肘は宙をまった。

華奈は私から離れ「あら、やだ」とわざとらしく、驚いた顔をしている。


「殺すわよ」

「野蛮ね。いやだわ本当」


おほほ、と華奈が一昔前の貴婦人みたいな笑いかたをする。


よろしい戦争だ。


「ちょっとなにしてるんですか、お嬢様!」

「止めるんじゃあないわよバカ宗治。こいつは明日の日本のために今殺すわ」

「なに物騒なことを言ってるんですか」


宗治が素早く私の後ろをとり、私の両手を押さえこんだ。さすが日頃訓練してるだけあって握力は強い。


「なにしてんのよ、バカ!その技をかける相手は私じゃなくて、あっちでしょ!主人に技極めてどうするのよ」

「勘弁してください。石渡家と問題を起こしたらどうなるか、お嬢様もご存知でしょう」


耳元で宗治が囁いた。

確かに石渡家は戦後から外国との貿易で一旗挙げた名家だ。霧生家ほどではないにしろ、知名度は高い。しかし


「そんなの関係ない。すぐにこの手を離しなさい。宗治」


命令するとすぐさま宗治の手は私から離れた。

執事であるということは主人に絶対服従。

幼いころからそう教え込まれた宗治は、命令には絶対従う。

例えそれがどんな理不尽なことでも。


「さあ、遺言はいいのかしらビッチさん」

「汚い言葉。霧生家では礼儀も教育してないのかしら。ねえ柏木?」


柏木と呼ばれた長身のスーツの男は華奈をジロっ見たあと、「もう、おやめください。どう見てもお嬢様がわるいです」と低い声をだした。


華奈はその言葉に怒った様子もなく、フンっと鼻を鳴らし、教室から去っていた。柏木もそれに続き教室から出て行ったが、出る前にこっちにむけて、申し訳ない、とばかりに軽く頭を下げた。

私は収まりがつかない怒りを持て余し、キッと宗治を睨みつけると、宗治はまたしても困ったような苦笑いを浮かべた。

なんなのよもう‼

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ