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カルアミルクの酒乱

作者: 小豆龍

 深夜の酒場。

 今日も男は口元にうすら笑いを浮かべ、マスターに話しかけていた。

「私が弱い理由はね、弱いからなんですよ」

 ほほぉ、とマスターは精いっぱい愛想よく、義務感でうなづいた。

「分かるかなぁ」

 男はグラスのカルアミルクをあおって、語り始める。

「私はよく失敗するんです。この前はうまくお客さんに愛想笑いができなかった。同僚に頼まれていた書類の角に折り目を付けてしまった。上司に千円札の両替を頼まれた時に、小銭を渡すのに随分と手間取ってしまった。予定表を毎日書き直さなくちゃいけないほど計画性がないし、恋人にピンク雑誌を発見されて全て処分されてしまうこともありました。これらの失敗は、全て私が弱いからなんです。何が弱いか。私の意志です。仕事への情熱です。未来への渇望です。苦労への好奇心です。私が強く意志を持ちさえすれば、これらのことは全て解決できるんです。ねぇ、マスター。あなただってこのお店を構えるには随分と意志を強く持たなければならなかったでしょ? 意志が強けりゃそれだけのパワーがあるってことですよ。でも私にはない。だから私はパワーが弱い。マスター、ホットカルーア」

 マスターは嫌な顔を見せずにうんうん、とうなづいて、ミルクを温め始める。

「あぁー、これこそ私の弱さなんですよ。ホットカルーアのミルクが温まるまで待てない! カルアミルク一つ!」

「お客さん、カルーアは甘さで分かりにくくなってますが、けっこう度数あるんですよ。大丈夫ですか?」

「大丈夫! 大丈夫! 意志を強くするために鍛えるんですよわたしゃ!」

 マスターは体に覚えさせた動作であっという間にカルアミルクを仕上げる。しかし気持ち、カルーアの分量を少なくした。マスターの案の内で、男は一息にグラスをあおり、あっという間に空にしてしまった。

「お待たせいたしました。こちら、ホットカルーアです」

「ありがとう」

 男はちょびちょびとホットカルーアを楽しむ。男がようやく静かになったので、息をひそめていた常連がマスターに声をかけ、にこやかな世間話の花が咲く。


 うちの息子がかわいくて……

 写真映りがいいいから果てはジャニーズか俳優か……

 いや、でもかわいい息子を鬼がひしめく芸能界に送り出すわけにはいかない……

 マスターもそう思うだろう?


 会話を断ち切るように、男が手を上げる。

「マスター、お会計」

 男の顔はゆるみ、頬に赤味がさし、目の焦点はズレ気味になっていた。

「合計2000円になります」

 男は胸ポケットや腰のポケットをひっくり返し始める。マスターの冷やかな視線に気が付いて顔をあげ、ニヘラッと笑い返した。

 「そう、マスター、私は今こそ意志の強さを発揮するべきだと思いませんか」

 男はそう言って、ダッと背を向けて店の外へと走り出した。

 マスターは慌てて追いかけた。男は店先で倒れていた。酔いで目がまわったのだろう。

「マスター、警察呼ぼうか?」

 常連の客がマスターにそう声をかける。

 しばらくすると赤ランプが近づいてきて、男を連れて行った。

 財布は上着の内ポケットにあったらしい。 


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