Ordinary life
自分で言うのも何だが、私は欲張らない方だと思う。
裕福な暮らしをしているが、他の貴族に比べて豪勢な食事なんかしない。お洒落にも興味無い。
その代わり人一倍好奇心旺盛だった。何度も城を抜け出してはお父様に叱られた。
それでも危険と分かっていて進む時のあのスリルと快感を忘れる事が出来ないのだ。
「姫様。」
私はまたいつものように抜け出そうと足音を忍ばせて階段を登っていた時、怒気を孕んだ声が耳に侵入してきた。引きつり笑いを浮かべながら振り返る。
「ソルテア。どうしたの?こんな夜遅く。もう皆寝ちゃったわよ?」
「私は見回りをしていただけですが。姫様こそここで何を?」
そう、本来ならとっくに寝ているはずの時間だ。仮にもこの国の姫がうろついていて良い時間ではないだろう。
ソルテアは私の従者である。私の奔放な性格が災いし、従者と言う名の見張り役として我が国ストレーマから派遣されてきたのだ。
「ほら、その、夜風に当たりたくなっちゃって。」
「そんなロマンチックな性格でもないでしょう。それにバルコニーは反対ですが。」
痛い所を突かれ口ごもる。
大体彼は厳し過ぎると思う。一流の女王になるように、が口癖で、耳にたこが出来るぐらい言われている。
少しの口調の乱れも許さない。城を抜け出すなんてもっての他だ。
「ちょっとだけ、チラッと外に出るだけだから!ね、お願い!」
手を合わせて必死にお願いする。こういう時は開き直るのが一番なのだ。だがしかし、彼には通用しなかった。
「絶対に駄目です。」
部屋に戻る長い廊下をとぼとぼと歩く。前には私の厳しい従者がいた。
ここから部屋までは結構離れている。
二つ目の階段に差し掛かった時、白いワンピースのポケットの中をこっそり探り、目当てのそれを放り投げた。
ボフン!
小さな破裂音をさせて手のひら程の小さな球は弾ける。
前を歩いていたソルテアが振り返ったように見えたが、投げた球から発せられた白い煙でもう見えなかった。
「姫様!こんなもので私から逃れられると...ゲホッ」
(今だ!)
私は城門へ全力で走った。庭園を抜ければもうすぐだ。
門番と目が合い、びっくりして一瞬足が止まりそうになったがそのまま走り続ける。目を凝らせば生気の抜け落ちた瞳で門を開けていた。
きっと今から会う男の仕業だろう。
もう何も心配する事はない。
町への一歩を、これからの悲劇への一歩を、踏み出した。