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紅の雪

作者: 萩悠

始めに

本作では呪術じゅじゅつ陰陽おんみょう、妖怪などを取扱っています。

宗教関係者さまなどが読めば、「いや、これはこんな時に使うものではない」といった意見が有るかとは思いますが、あくまでもファンタジーです。ご了承下さい。

また、私自身が初めて扱う領域ですので、なるべく史実や現代での解釈を取り入れたつもりでは有りますが、間違っている部分も多々有るかと思います。

また、本作では専門用語を多々含んでおりますので最後に注釈をつけております。

ただし、全て拾い上げているときりが無いため、ある程度になります。

もしも、わからないものがございましたらコメントかメールにて連絡してください。

出来る限りお答えしようと思っております。


妖怪や呪術が嫌な方はbackボタン連打を推奨いたします。

「大丈夫だよ!」とおっしゃってくださる心優しい方へ

では、本作をお楽しみください。

萩悠

―十七年前―

「オギャーオギャー」

“あぁ、やはり生まれてしまったか…”

禍罪まがつみの子じゃ”

“あぁ恐ろしや恐ろしや”

“あの女を直ちにはらえ!子供はその後だ!”

“殺してやる!殺してやる!”

“本家から異形いぎょうの者が出るなど断じて許されんぞ!”

「オギャーオギャー」

何も知らない赤子は精一杯、生を叫んだ。




―現在―

「はぁぁー、今日も暑い…」

だるような暑さの中、黒いスーツを着崩した少年は夕日のかかる京都の路地を歩いていた。

今年は特に残暑が厳しい。

「本当に何も無いな……

平和過ぎて張り合いがねぇ…」

そう呟いた黒髪の少年は片手に握ったスーツとは不釣合いの錫杖しゃくじょうを軽く鳴らした。

いい加減暑さに彼がイライラし始めた頃、彼の耳はかすかな悲鳴を捕らえた。

東大路ひがしおおじの方向か!ちょっと距離が遠いけどの言ってらんねぇか!」

顔を引き締めて少年は裏道を駆使くしし、東大路ひがしおおじへと向かっていった。


「ちっ、やっぱりここか…」

一度の幽かな悲鳴だけで大体の見当を付けていた少年はとある廃寺へと辿りついていた。

「んな?!この時間帯は烏丸通からすまどおりの方を見回っているはずじゃなかったのか?」

「悲鳴が聞こえたんだよ。なんせ俺は耳が良いからな」

にやっと笑った少年は悲鳴の主と襲ったものと黒尽くめの人間を捕捉ほそくしていた。

体型から男だとは判断できるが残念ながら男の顔は覆面ふくめんとフードのせいで確認できない。

ちっと舌打ちを一つした少年はスッと目を細めた。

「んー、そこのは魑魅魍魎ちみもうりょうの類か?どっちかって言うと植物系の付喪神つくもがみってところか。

まぁ、何にせよ『祓魔ふつまの“いぬい”』が目を光らせている中、真昼間まっぴるまに呼び出すのはどうかと思うぞおっさん?」

「予定外なことが起きただけだ、私のする事は変わらない。ちなみに、こいつはこいつは木魚達磨もくぎょだるまだ。間違えてやるな。」

「あぁそうかよ!」

開き直ったのか、悠然ゆうぜんと構えなおし、男は術を唱えて指示を出し始める。

「おっと、そうはいくかってーの!」

すばやく距離を詰めた少年は構えていた錫杖しゃくじょうを一閃する。

魑魅魍魎ちみもうりょうなどといったあやかしたぐいは基本的に陰陽五行おんみょうごぎょうに従って成立している。

この場合、もくに該当する植物系の付喪神つくもがみこんに該当する少年の持つ錫杖しゃくじょうに負けることになる。

「ほう、流石は最年少で『乾家いぬいけ』の現当主だけある。たいした力量と度胸だ。

だが、これはどうかな?」

すっかり腰を抜かしてしまっている悲鳴の主である少女を人質に取る。

「あ、しまった!」

付喪神つくもがみに気を取られ、すっかり少女の事を忘れていた少年は歯噛はがみする。

「人質のためにもおとなしくしてもらおう」

そんな少年の様子を見てとった男は勝ち誇る。

しかし、

「そんじゃぁ、本気出すしかないか…」

少年は動じない。

「我、いぬいの血を引く者。我に封じられししき血を今一度解放せん、我が身に宿れ、酒呑童子しゅてんどうじ!」

少年がそう唱えた瞬間、

季節はずれの桜が吹き荒れた。

桜吹雪がおさまった時に、その場に立っていたのは黒いスーツの少年ではなく、深紅しんくの瞳に、前髪の間からうっすらと見える角に口元から覗く牙、炎をまと錫杖しゃくじょうを持った着流しの男が立っていた。片方の袖は脱いでおり、胸元には複雑な紋様もんようが描かれている。

「俺に本気を出させたからには引いてもらおうか!」

興味を持ったらしい男は少女をぞんざいに投げ飛ばす。

「きゃっ!」

「おっと、女の子に向かって何してんだ!彼女は全く関係の無い部外者なのに巻き込むだけ巻き込みやがって……」

間一髪抱きとめた少年は苛立ちを顔ににじませた。

「叩き潰す!」

少女をそっと地面に降ろし、少年は一気には畳み掛ける。

「ほう、やる気か。しかしその胸元の印、能力を封印されているのではないのか?」

 しかし男は呪符じゅふを駆使してのらりくらりと立ち回る。

「ほう、あのうわさは本物だったということか・・・・・・

これは危険を冒した価値もあったといえるであろう。そろそろ、呪符じゅふも残り少ない。今日のところは引いてやる。」

叩き付けるように水行符すいぎょうふを発動させて男は距離をとる。

「あっ!てめぇ待ちやがれ!!」

叫んで錫杖しゃくじょうを男を目掛けて投げたのだが一歩届かない。

ひらりとかわされ、男の居た位置に錫杖しゃくじょうが突き刺さった。

「きっとまた会えるだろうよ、“乾健人いぬいけんと”」

そう呟いたかと思うと男は裏の林へと消えていった。

「くそっ・・・・・・あ、あの女の子は?!」

すっかり男に気を取られてしまい、またも少女の存在を忘れかけていたが危うく思い出した少年は、慌てて辺りを見渡す。

すると、男が消えた事により術者の制御下を離れた付喪神つくもがみが数匹スッカリ腰を抜かしている少女を囲み始めていることに気が付いた。

「やばっ!お前立てるか?!」

声を掛けるも、男が慎重に少女から引き離すように逃げていたらしく、助けるには時間が足りない。

これが、錫杖しゃくじょうが手元にあったなら話は少し変わるのだが、生憎先程投げつけてしまった為、取りに行く時間も無い。

「仕方ねぇか。祓いたまえ、清めたまえ、神ながら、守りたまえ、幸いたまえ、急急如律令!」

素早く祝詞のりとを唱え、呪符を飛ばす。

間一髪、少女に付喪神つくもがみが襲いかかる寸前ではらう事に成功して事なきを得る。

「大丈夫か?!」

慌てて少女に駆け寄ると、少女は後ずさった。

「つ……角に牙?!」

「あ…わりぃ、驚かしちゃったよな…

でも、怪我はなくてよかった。清めなくて済む。」

「あ、あの…いえ、助けていただきありがとうございました。少し驚きはしましたけど」

「あ、それについてはごめん。まぁ、何事も無くてよかった。元々あの手のたぐいは俺の見落としだしな」

「いえ、本当にありがとうございました。お名前うかがってもよろしいですか?」

「ん?そういえば言ってなかったな。俺は乾健人いぬいけんと祓魔ふつま大家たいかいぬい”の現当主だ。訳あってこの身にあやかし…鬼を宿しているからこんな格好なりなんだ。

別に君に危害を加えるつもりは無いから安心してくれ。」

「いぬい・・・けんとさん。はい、覚えました!

本当に助けていただいてありがとうございました。今度会った時にお礼させてください!」

「じゃ、覚えてたらよろしくな」

そう軽く返した少年は少女の額に素早く札を当てて、

「汝、我の命に従ひて、之を忘れよ、急急如律令」

と呟いた。

淡く札が光り、少女は気を失った。

「ごめんな、このことは忘れてくれないと困るんだ。」

 そう気を失っている少女を木にもたれかけさせながら少年は悲しそうな笑みを見せた。

「さて、連絡の式も応戦中に送ったし、片付けは任せるか。

我、天に示さん、いぬいの名において之を封じよ」

ふわっと季節はずれの桜が舞うと、まるで何事もなかったかのように錫杖しゃくじょうを拾い、黒いスーツの少年―健人けんとは再び日の沈んだ京の街へと歩き出した。




健人が完全に去った後、木にもたれている少女の側には先程逃げた男が立っていた。

「おい、何時まで寝ぼけた真似をしている。もう情報は得たのだろう。ならば引き返すぞ」

男は呆れたように少女へ声をかける。

―むくり―

何事も無かったかのように少女は伸びを一つして立ち上がった。

「少しは呪術じゅじゅつ昏倒こんとうするという迫真の演技をした私を褒めてもいいのだけれど?」

「何故我が褒めなければならない?ちぎりはまだ成立しておらんぞ。で、どうする?」

「わかってるわ。契約の話はまた今度。本家の奴らが来ても面倒だからそろそろ行きましょう」

「我が先程言ったのだがな」

くくっと男が笑い声を漏らす。

その直後、一際強い風が吹く。

 少女と男の姿は虚空こくうへと消えていた。


 見回りを終えた後、はらった数と種類、時間帯等をいつも通り記入している時に健人はある違和感に気づいた。

「あれ…あの子そういえば何で角に気づいたんだ?封印でも弱っていたか…や、んなわけ無いし…

でもあやかしからの傷も無ければ祓魔師ふつましでもないのになんでえたんだ?」

ぽつりともらした疑問は誰にも気づかれないまま消えていった。


翌日も、いつも通り夕刻ゆうこくに健人は見回りを行っていた。

 昨日の件も有り、廃寺や廃神社といった人に忘れ去られた霊的意味を多分に持つ場所を重点的に見回るように、昨日の会で“いぬい”の門下生や祓魔師ふつましに徹底するよう指示したため、健人自身のルートもおのずとそういった場所になる。

「よし、鬼門きもんの方角の封、結界全て異常なし。これで北大路きたおおじは大丈夫か。あとは昨日の寺の結界の確認か。一応、人払いの結界は日向と真田がやってくれているみたいだから心配ねぇだろうけど万が一って事があるしなぁ」

そうぼやいた健人はそろそろ陽も落ちるかというような綺麗な夕焼けを横目で眺め、足早に昨日の廃寺へと向かった。


「ん、よし。青龍せいりゅうの印で確認はラストだったな。結界はもうちょい強めといた方が安全かもしんねぇなぁ~」

 一般的にあやかしの類は一度発生した場所に再度発生する確率が高い。いぬいの長年の記録からいけば、再度発生する確率が他の場所と比べて五倍と非常に高くなっている。

 元々、自然発生はほぼ皆無に近くなっている現代に関して言えば、頻度は無いに等しいのだが、先に手を打っておくに越した事は無い。

 では何故結界を強める必要があるのか。

 これは昨日のように人為的に生み出されたり、発生させられたりするのを封じるためにある。

 なぜなら、祓魔師ふつましは人員が多いわけではない職業だからである。

祓魔師ふつましには決して努力では補えない能力、あやかしの類を視たり感じたりする天性の才能―すなわち見鬼けんきが必要だからである。

ましてや科学技術が闊歩かっぽするこのご時世。基本的に霊などは信じられない為さらに人員は少ないのだ。

 だから、どうしても見回りの際に“抜け”がある。

 一度“抜け”と判断された場所はその手のやからが入れ替わり立ち代わりやって来る。その“抜け”ている場所で人為的にあやかしを発生させようとする輩の出入りを禁じる為に結界は必要なのである。

「んー、四神しじん五行ごぎょうで結界を作り上げるって発想も良いし、相生そうしょうのおかげで強まりはしているけど、一箇所でも相剋そうこくされると崩れるな。

昨日の男もまだ捕まってねぇし、乾式オリジナルを付加しておくか」

 結界の分析を済ませ、健人が乾式オリジナルを付け足そうとした矢先だった。

“ぐらっ”

結界が揺らぐのを健人はた。

 

刹那


結界が掻き消え封も消え、突如出現した黒い空間に健人は為す術も無く吸い込まれた。


ドサッ

 空中に投げ出され、受身もろくに取れないまま、健人は地面へ叩きつけられた。

「ってー!あ、錫杖しゃくじょう!……はあるな。一緒に吸い込まれてて良かった。呪符じゅふもあるし、特に無くなった物はねぇな。時間帯も一緒くらいか?

しかし……」

辺りをぐるりと見渡すと健人は呟いた。

禍々まがまがしい気配がひしめいているが此処はどこだ?」

くんくんと辺りを嗅ぎ健人は顔をしかめる。

健人がまず感じたのはあやかしの気。鬼をその身に宿す―正確には鬼の血を引く―ために人の何十倍もの身体能力を持つ健人はもう一つの重大な事に気が付いた。

「んな?!霊力が強すぎる!!」

京都も昔からの信仰対象で、霊力は多い方だ。

しかし、この場所はあまりにも霊力が強かった。霊気れいきが集まってうっすらと幻を作り出している場所すら存在している。

「こんな場所見た事ねぇぞ……

マジで此処はどこなんだ…………」

愕然がくぜんとする健人の前に、ふっとフードを被った男が現れた。

「ご機嫌いかがかな、いぬいの現当主様?」

「てめぇは確か昨日の?

あぁ、サイッコーだな。こんな胸糞むなくそ悪い場所に放り出されたんだからなぁ!」

“シャラン”

錫杖しゃくじょうを構え、臨戦態勢に入る健人。

「威勢が良いのは美点だな。だが、これを見ても、まだその態度を貫けるか?」

「あぁ?」

 訝しげに眉をひそめる健人の前に現れたのは、

「やぁ、また会ったね。お礼をしに来たよ」

昨日襲われていた少女だった。

「お前!」

血相を変えた健人は呪符じゅふを男に向かって投げながら少女に向かって走る。

少女はそんな健人の行動をどこか嬉しそうに眺める。

「ふふ、やっぱり知らなかったんだ。でも大丈夫。今からあなたは「火生土、急急如律令!おい、お前逃げんぞ!」ってへ?私?」

 男に対して気休め程度にしかならない土の壁を築き、健人は驚く少女の手を掴んでその場から勢いよく走り出した。

壁の向こう側で男がわらっているとも知らずに―


「よし、ここまで来たら大丈夫だろ。ごめんな、急に走り出して。って大丈夫か?!」

「はぁ…はぁ…わ…たしは、ふぅー、大丈夫…です」

 あやかしに会わないよう、健人は感覚を駆使しながら路地を駆け抜ける。

そうして、どうにか何の気配もしない場所へと二人は辿りついていた。

息も絶え絶えといった少女に対し、平然としている健人。やはり鬼の血が関係しているのであろう。

「はぁー、しかしお前も災難だな。またも巻き込まれるなんてな。

さっき走ってきた感じだと、いつもの感覚で走れたからここは京都で間違いないんだろうけど、家の造りとか道の感じが古いんだよなぁ…」

うーんとうなる健人に対し、少女は首をかしげた。

「あの…何処かでお会いした事ってありましたか?」

「え、このま…あっ!何でも無い、忘れてくれ。うん、俺の見間違いだな。知り合いと間違えたみたいだ!

とりあえず、一晩過ごせるように食料とか調達してくるから、大人しく待ってろ。あーっと、寒かったりしねぇか?」

「は、はぁ。私は大丈夫です」

慌てて取り繕った健人に対し、返事をしながらも軽く睨む少女。

 しかし、その視線に健人は気づかない。

「そっか。んじゃ心細いだろうけどちょっと待っててな!

んじゃ行って―って忘れてた!一応安全にだけしとくか」

 そう言って、健人はおもむろに懐から出した小刀しょうとうで指を軽く切り、ポケットに入れていたケースから新しい、まだ何も描かれていない符に自らの血でさらさらと祓死霊符と不受呪咀符、返呪咀祟符を描き上げた。

「これでよし。これを俺が帰ってくるまで持ってろよ?

お守りだと思ってもらって構わねぇから」

そう早口で少女に告げた健人は半ば押し付けるように符を渡し、もう日も暮れかけた街へと駆け出していった。


「ふう、人の話を聞いてない上に鬼の能力を使っているのに、何の罰も受けず、のうのうと生きているなんて許せない。」

冷めた瞳へと一瞬で変わった少女は健人の走っていった方向を睨んだ。

「くくくっ……気がついたのかと思いきや、まさか一般人に間違われるとはな」

突然、少女の背後に男が現れた。

「黙りなさい。」

「はいはい。くくっ……」

「お前は私の望みを叶えてやると言った。

能力を与えてやるとも。それは本当?」

「あ?あぁ、本当だ。何の能力も持たないお前でも、使えるようになる。」

「ならば、私と契約して。私の悲願が達成された後は、この身がどうなっても構わないわ。」

「くくっ…いい目だ。契約は成立だ。ほい、これがちぎりの呪符じゅふだ。決して破るなよ?」

「当たり前でしょ?

じゃぁ、これは必要ないわね。追うわよ。」

少女は何の躊躇ためらいも無く健人から渡された呪符じゅふを破り捨てた。

「はいはい……くくっ」

笑いを堪える男と少女は闇に呑まれた京の街へと消えていった。


一方、一足先に町へ来ていた健人はとある推測を確信しつつあった。

「やっぱり、俺の知る京じゃない。それに、昔の京でもない。」

町には電灯でも提灯ちょうちんでもなく狐火きつねびが舞い踊り、通りには異形いぎょうのモノが溢れ返っていた。

食料を手に入れるためには通りに入って行くしかないが人間だとばれると命の保証は恐らくないであろう。

 止むを得ない。そう判断した健人は鬼の能力を解放し、町を歩くことにしていた。

「ここまで異形いぎょうのモノが溢れているのにあの“いぬい”が放置するはずがない。

しかも、霊気が異常なのにも関わらず物質の影響もなくバランスを保っているなんて事は普通有り得ないし。

別の世界に飛ばされたのか、それとも百鬼夜行が起きて親父でも対応しきれていないのか…」

色々と仮説を立てながら、通りを中程まで進んだ時、不意に緊急用の式が飛んできた。

「げ…まずいっ」

慌てて式を掴み、不自然にならないよう細心の注意を払いながら足早に健とは通りを抜けていった。

 健人が慌てたのには理由がある。一般的に式が使えるのは人間だけだとされている。

 つまり、式が飛んでくるということは、人間である事を言いふらしているようなものだからである。

 幸い、“乾式オリジナル”の超小型だった為、少し変な動きをした鬼という印象を与えるだけで済み、通りを抜けきった健人は安堵あんどの溜息をついた。

 なるべく霊気の少ない場所を選び、とりあえず鬼を再封印する。

 そして、先程慌てて握りつぶしてしまった式を改めて視る。

「この式は一体どれの―――?!」

 血相を変えた健人は顔に怒りをにじませて、最初に此処へ来た場所を目指し疾走していった。


「おい、本当にこれでいいのか?」

「えぇ、あの男は必ずここへ来るわ。

あの“式”を辿ってね」

 最初に辿り着いた場所、正確には廃神社に少女と男は居た。

“シャラン”

錫杖しゃくじょうの音が響く。

「よぉ、探したぜクソ女ぁ」

「ほら、来た」

健人の鋭い眼光は二人を射抜く。

一方、神社の賽銭箱であったであろうものに腰かけていた少女はぴょんと飛び降りて視線を真っ向から受け止める。

「あながち間違いでもなかったか」

 そう感心し呟く男は少女の隣へと並んだ。

「一般人なのに何で俺の変化がわかるのかと疑問に思っていたが、まさか今回の一件を引き起こしていたのがお前だったとはなぁ。

んな事にも気づけず、あまつさえ助けようとした俺はバカ以外の何でもねぇな」

けっと吐き捨てた健人に対し、少女は

「天下の“いぬい”もこの程度なわけね。そんな“いぬい”に殺されたのでは母も浮かばれないわ」

と、少女は余裕の笑みを見せた。

「はぁ?母?一体「契約を履行りこうなさい、夜叉やしゃ。私に今こそ全ての能力を!」?!」

「承知した。」

健人の声を遮るかのように少女の声が響き、吹雪が吹き荒れた。

 吹雪が止むと、そこに立っていたのは白髪の鬼とうごめく一つの影であった。

「契約……ってまさか?!」

契約という単語とうごめく影を見た健人は記憶の彼方にあった文献を思い出し、明らかに表情を変えた。

刹那

白い鬼から影が伸びる。

「おんあぼぎゃべいろしゃのうまかぼだらまにはんどまじんばらはらばりたやうん」

 光明真言を唱え終わると一瞬にして健人の足元に円を描くように結界が展開。

 しばらく影は攻撃していたが、やがて諦めたのか大人しくなる。

「お前・・・鬼と契約したな?

それも自分の身に宿る鬼と。」

じっと何かを見極めるように少女を視る。

「何?それがどうしたというの?

これは本来私にあったはずの能力よ?

とやかく言われる筋合いは無いわ」

 そう少女は冷たく言い放つ。

「そうか、こんな夏の暑い日に黒尽くめの服なんておかしいと思ったが、あの男はソレか」

憎々しげに影を一瞥すると、影は嘲嗤あざわらうように揺らいだ。

「お前、自分の中の鬼と契約するっていう事がどういう事なのか、理解してんだろうな?」

そう問い掛けた健人に、少女は初めて苛立ちをにじませた。

「知ってるわよ、だから何なの?」

「いや、お前はわかってない。知っているのと理解しているのとでは話が根本的に違う。」

真剣な眼差しを少女へと向ける。

「鬼と契約するという事は、自分の中の心の弱い部分に付け込まれるという事だ。そして、弱みに付け込んだ鬼は人間を堕とし、最後にはその身を乗っ取る。

悪い事は言わない、契約を破棄しろ。甘言かんげんに惑わされるな。」

御託ごたくはもういい、消えなさい!」

 少女の周りを雪が舞い踊った。

「行きなさい夜叉やしゃ!」

 指示が出るや否や、影が先程とは比べ物にならない力で結界を突き破る。

「くそっ、我、乾の血を引き継ぐもの。我に封じられし悪しき血を今一度解放せん、我が身に宿れ、酒呑童子!」

桜吹雪が舞い踊り、健人の姿が鬼のそれへと変化する。

追いすがる影に対し、健人は呪符じゅふを叩き付ける。

「五行相生せよ、急急如律令!」

ばら撒いた五枚の呪符が一気に展開する。

水が木に吸われ、巨大化した木が一気に燃える。そうして出来た土が鋭い金を生成し一気に影を襲う。

「引きなさい、夜叉やしゃ

火生三昧に住し、障を焼いて智火と成る、急急如律令!」

相手の手が金だと判断した少女が唱えたのは不動明王の不動護摩。

陰陽五行に従って力を増していたはずの金もその激しい炎にいとも簡単に焼き尽くされた。

一瞬

静寂が訪れる。

「なぁ、何でこんなに強いのにこんな事を引き起こしたんだよ?

お前ならもっと別の生き方だって出来るはずだろ?」

ぽつりと漏らした健人の言葉に、少女は激昂げっこうした。

「貴方に何がわかるっていうのよ!

分家に生まれ、ただでさえ肩身が狭い中、鬼の子として生まれついた私の辛さが!傷みが!苦しみが!」

吹雪が一段と激しくなる。

「母親は幼い私を庇って身代わりになった!本家と分家のいさかいに巻き込まれ、分家の連中が母を理由に本家に付け込まれるのを嫌って!あの狭い家の中で助けてくれる人も居ない!私に生きる希望を与えてくれるものもない!唯一あるものといえば早く消えれば良いのにという冷たい視線だけだ!

ただただ真っ暗で冷たい空間で生きていくのがどれほどみじめで辛いものなのか!

本家に生まれた貴方に私の苦しみなど分かるはずもないし分かってもらいたくもない!」

そう絶叫する少女は何かに怯えているようで、それでいて何処か真っ直ぐに伸びた凛ときらめく百合ゆりの花の様でもあった。

「あぁ、そうか、お前が分家に生まれたっていう鬼の子か。」

どこか納得したように健人は呟き、しっかりと少女を見た。

「確かに俺は本家の人間だ。分家と本家のいさかいも、お前が小さい頃にどんな仕打ちを受けてきたかも全く知らない。だから、お前の苦しみが分かるなんて言うつもりは更々ないし、分かるはずもない。いや、分かりたいとも思わない。」

そう言い切った健人に対し、少女の目には憎悪の炎が宿った。

「だけどな、お前さ、自分が沢山の愛情で守られてるっていうことは解ってるんだろうな?」

健人が静かに問い掛けた瞬間、少女の時が止まった。

「な、な、な、何を訳の分からない事を!

私の母は殺されたのよ!私を庇ったという理由だけで!それも本家の人間に、だ!分家の人間よりも早く嗅ぎ付けて!私自身は実の父からも殺されかけた!本家でぬくぬくと育ってきた貴方に何でそんな私が愛情で守られているなんて言う資格があるっていうの?

ふざけるのもいい加減にしてよ!!」

怒鳴った少女に、突然健人は淡々と、そして何気ない様子で自分の過去を話し始めた。


「俺の父親と母親・・・はまぁどうだか知らないけど、じいちゃんもばぁちゃんも立派な陰陽師おんみょうじだ。まぁ、“いぬい”ってのはそういう家系だしな。

だからかなー、鬼と契りを交わし、あまつさえ子供をはらんだ母親はそりゃまぁ、凄いブーイング受けたらしいんだ。でも、子供は鬼との契りを交わした母親がはらんだものの、父親との間の子供かもしれないという一抹いちまつの可能性が存在していた。」

錫杖しゃくじょうが揺れた

「俺さー、何故か覚えてるんだ、この世に出てきて一番初めに見たものを。

絶望の表情を浮かべ、自分だけは助かろうと必死に首を絞めようとしてくる母親の姿をさ。」

吹雪が止んだ

「もちろん、母親は殺されるだろうし、次は俺の番。

半狂乱になってわめく母親は取り押さえられ、俺もこの世に出てきてすぐに殺される。

でも、これもやっぱり血なんだろうな。俺は生まれたばかりなのに、自分の母親をはらったらしい。鬼とのちぎりを交わし、それを破棄していない人間ははらう事が可能。

つまり、俺は自らの手で母親を殺したんだよ。」

ふっと健人は自嘲じちょうするかのような笑みを浮かべた。

「今考えても恐ろしい話だよなー、自分を殺そうとした母親を生まれてすぐの子供が殺したんだぜー?

まぁ、バレても契りを破棄しなかった母親も母親でどうなんだって話なんだけどさ。」

おどけた仕草をして見せた健人の目が再度引き締まる。

「それに比べてお前はどうだ?

我が子を守る為に自らの命を投げ打った母親と、自分だけは助かろうと子供に手をかけ、返り討ちにあった母親。

一体どっちが本当に最悪なんだろうな?」

まぁ、別にこんな事はどうでもいいけど。

そう健人は本当にどうでもよさそうに独りごちた。

「で、でも祓魔ふつまの才能のある貴方はいいじゃない!」

苦し紛れに少女は叫んだ。

「いや、お前にも有るはずだ。さっきの俺が描いた式に入れておいた“乾式オリジナル”の式に手を入れたのは他でもないお前だろ?

それに、本家は厳しい。なんてったって”いぬい”の名に誇りを持ってる連中しか居ないしな。技術面でも立場でも俺は弱かった。でも、努力でここまでぎ着けたんだ。それに関しては譲るつもりは無い。俺に血の関係が有れども、俺自身に才能はない。」

きっぱりと言い放つ健人を見て少女は叫ぶ

「じゃあ一体私にどうしろっていうのよ!私はもう死んだほうがましなのよ!!」

何かが壊れた少女は泣き崩れる。

「みんなみんな私をらないって言ったわ!私なんて才能もないしどうしようもないのよ!

誰もが貴方みたいに強く生きていく事なんて出来ないの!冷たい視線や陰口を叩かれる中でひっそり生きていくことが精一杯だった!どれだけ私が祓魔ふつまの勉強をしたって変わらないのよ!だったら死んだほうがましなのよ!」

幼子おさなごのように愚図ぐずる少女に健人は歩み寄った。

その間にも攻撃を仕掛けてくる影を錫杖しゃくじょう牽制けんせいする。

「大丈夫だ、お前は十分強いよ。努力が報われない?そんなわけがあるか!さっきの火生三昧だってほとんどお前の能力じゃないか。俺にはわかるよ。だから、死ぬなんて言うな。」

しゃがみこんだ少女に健人は高さを合わせる。

「でも、小さい頃からみ嫌われてきたのよ?!私が生きたいなんて言う資格はどこにもないわ!生きていたってどうせ何も変わらないのよ!誰がこんなみ子を必要とするのよ!」

こぼれたものは少女の本心。

「俺が保証する。いや、俺がお前に頼みたい。『生きてくれ』」

じっと見つめる健人とようやく少女は目を合わせた。

「貴方もそう言っておいて影では嫌がるのよ!」

拒絶する少女の瞳に暗い色が差す

「お前はバカか!俺は陰口なんか言わない!というか、気に食わない事があったらすぐに口にするタイプだ!ってあれ、これは偉そうに言えることじゃないか…」

弱ったように健人は頭を掻く。

「とにかく!俺はお前に生きていて欲しい!それだけは変わらない!!」

きっぱりと言い切った健人の目に迷いは無い。

「…………本当に?

少し、ほんの少し……ほんの少しでも良い。私が生きていても良いという希望があるのなら……」

涙で濡れた少女の瞳が揺れる

「なに?!お主、よもや契約をたがえるつもりではあるまいな?我ならばお主の理想を叶えられるのだぞ?」

「鬼の甘言かんげんに惑わされるんじゃねぇ!

それに生きていて良いかって?当たり前だ!この世に生まれてこなければ良かった命なんて一つも無いんだ!!」

それは健人の心からの叫び

「わ…たしは………」

少女は不安げに健人を見つめる

「こいよ」

そんな少女に健人はにっと笑って手を差し伸べる。

「健人くん…私……私は………」

ぐっと契約の呪符じゅふを握り締めた少女は健人に手を伸ばした。



だが、





あと一歩届かない





「邪の道は邪、天帝呼びたもうて悪しきものを之、乾の名におき、万物流転し大いなる流れを乱す邪気を祓わん、急急如律令!」

“シャラン”

不意に錫杖しゃくじょうの音が鳴り響き、少女と影となった鬼の足元に印が描かれる。

「なっ?!待てっ!」

一瞬で印の意味を理解した健人は慌てて印を消そうとする。

が、健人が動くよりも早く印は発動し、印に近づいていた健人は弾き飛ばされた。

「おいっ!待てって!そんな・・・・・・バカなっ!」

何度やってみても印にも少女にも近づけない。

焦る健人とは裏腹に、全てを悟った少女は微笑んだ。

「ほらね、健人くん、健人くんは私の事を肯定してくれたけど、やっぱり世界は私を否定するみたい。

だから、私はこれでいいの。どうせこうなる運命だったから。最期に健人くんに出会えた。それだけで私は幸せだったよ?」

少女の瞳に差した光が消えた

「馬鹿な事言うんじゃねぇよ!生きるんだろ?!お前は本当にそれでいいのかよ?!」

返事が返ってくるよりも早く、彼女の隣で術を消そうと暴れていた鬼が消えた。

彼女の持っている呪符じゅふもだんだんと崩れていく。

「私はもう行くね。はらわれちゃったみたいで、呪符じゅふも・・・私も・・・もう持たない・・・・・・」

「俺が何とかするから諦めんな!

っ、くそっ!何で干渉できねぇ?!」

「もう止めて、健人くん…私はこれでいいから。」

「でもっ!」

どう足掻あがいたところで契約している鬼がはらわれた段階で少女もはらわれるのは決定事項。変わる事は無い。

しかし、それでも健人は割り切れない。

 何度も何度もあの手この手で干渉を試みるも全て弾き返される。

「最期に…一つだけお願いしてもいい?」

「最後とか言わずに全部言え!いつでも何でも言っていいから!」

「私…名前は雪乃ゆきのって言うの。小さい頃…健人君と遊んだ事…あるんだよ?

…名前…だけでも…今度は…覚えていてくれたら・・・・・・嬉し―」

呪符じゅふの最後の一欠ひとかけらが空へと溶けた

 結界となっていた印が不意に解け、急いで健人は駈け寄り崩れ落ちた少女を抱き上げる。

少女は眠るように死んでいた

結界が解けたという事は、中に居た鬼と術者をはらい終えたということ。

 そして、乾家いぬいけの現当主である健人が干渉出来ないほどの強力な術式。

「親父・・・・・・そこに居るんだろ?」

背後にある神社に向かって振り返りもせずに問いかける。

“シャラン”という錫杖しゃくじょうの音と共に神社の拝殿はいでんから先代である健人の父と、いぬいが抱える有能な祓魔師ふつましたちが現れた。

「ほう、流石に気づいたか」

いぬいのオリジナル、それも先代が得意とする祓魔ふつまの秘術、八百万の祓。嫌でも誰かわかる」

抱き上げた少女をじっと見つめながら淡々と健人は分析を話す。

「あの黒い空間からこっちへ来たんだろう?恐らく、何かしらの手を加えて隠してあったとは思うが、一度起きた歪みと霊的干渉は残るからな。」

「ほう、中々当主らしくなってきたな。分析も適格、知識も定着しつつある」

少し感心した口ぶりで先代が感想をもらす。

「親父、いや、先代。先代はこいつ、雪乃ゆきのが俺と同じ禍罪まがつみの子、あるいは半堕はんおちと呼ばれる鬼の血を引く者だって知っていたんですか?」

感情を押し殺した声で更に先代へと問い掛ける。

「じゃあ、今から雪乃ゆきのが生まれ変わろうとしていた事も?」

「あぁ、知っていた。」

そして先代は平然と肯定する。

健人が我慢出来たのはここまでだった。

せきを切ったように話し始める。

「だったら・・・だったら何で!何で雪乃ゆきのはらったんだよ!もう少し待って、契約を切ってからはらえば雪乃ゆきのは死ぬことはなかった!

雪乃ゆきのは自分のしてしまった事を後悔して、反省して!それも受け入れて強くなろうと!進もうと!必死に手を伸ばしてきたんだ!未来を掴もうと!なのに何ではらっちまったんだよ!こんなんじゃ雪乃ゆきのが救われねぇ!」


絶叫


「だからどうした?」


絶句


「分家に半堕はんおちが生まれたという話は聞いていた。そして、そいつはいぬいにあって当然の祓魔ふつまの才は皆無だと聞く。これだけでも処分する理由は十分だったが、あまりにも抵抗するので分家に見切りをつけて放置してきた。だが、今回あろうことかいぬいの分家の分際で、名をけがすような真似をした。いぬいの血筋に有るまじき失態。

また、契約を一度交わしたものは、再度契約を結ぶ事も容易たやい。これを未然に防ぐ事もまた祓魔師ふつましの仕事。これをはらわずして何とする?

それに相手は所詮半堕しょせんはんおち。ここで死んで当然だ。

しかし、もっと昔に殺しておけば良かったやもしれんな。」


絶望


そして決意


「そうか・・・・・・」

自分でも驚くほど穏やかで低い声が出る。

先程、感情的になっていたとは思えないほど頭が冴え渡っていく。

「先代、俺、決めました。」

少女をゆっくりと地面に横たえ、しっかりと立って先代の目を見る。


「俺は」


するりと懐から呪符じゅふを出す


「どうやら」


自分の周りを呪符じゅふが舞う


祓魔師ふつましに」


左手で錫杖しゃくじょうを強く握る


「向いていないらしい」


錫杖しゃくじょうで地面を一閃


「「なっ?!」」

 健人の一挙手一投足に注目していた先代を除く、精鋭の祓魔師ふつましが全員思わず声をあげる。

「健人、貴様どういうつもりだ?」

 健人の足元に出来上がっていたのは、半堕はんおちに使われる祓魔ふつまの術式。

ゆっくりと問いかけた先代の目をしっかりと見返す。

「さっき言った通りだ。俺はどうやら祓魔師ふつましには向かないようなんでな。まぁ、陰陽師おんみょうじとしてもだけどな。

鬼と契約したからって人間を“当たり前”のように殺す事も、ましてや、未来を掴もうとしている人間を“当然かのように”殺す事も俺には出来ない。

それに、俺自身が半堕はんおちだ。先代のいう“いぬい”や“本家”にとっても不都合だろうしな。

この辺で幕を引かせてもらう事にした。」

「何を寝ぼけた事を抜かしている?貴様はいぬいの現当主だぞ?勝手な真似が出来ると思うのか?所詮何も出来ない小童こわっぱが?」

健人を試すようにあざける。だが、その目は健人を測りかねている。

そんな先代に、笑顔で健人は別れを告げた。


『さようなら』


一瞬


健人の中に在る鬼が解放される。


一閃


健人の描いた印が鬼と化した健人を襲う。


一撃


健人はあっけなく地面へと崩れ落ちた。


くれないの鬼が立っていた場所には凛と、そして誇らしげに錫杖しゃくじょうが突き刺さっていた。















この時の少年はまだ知らなかった。二十年後、また世界のどこかで、白く儚く舞う雪と、気高く悠然ゆうぜんと立ち上る紅のほのおが交差する事を―


―fin―

最後に

本作では専門用語を多々含んでおりますので注釈をつけております。

注釈に関しましても私なりに調べたものをなるべくわかりやすく、まとめた物となっていますので、詳しく知りたいという方はご自分で調べていただけると嬉しいです。




―注釈―


付喪神:打ち捨てられた器物が変化した妖怪のこと。


木魚達磨:これは仏具(木魚)が妖怪と化した姿だと言われている。


陰陽五行:簡単に説明すると、木は土に勝ち、土は水、水は火、火は金、金は木に勝つという考え方をさす。また、木は火を生み、火は土、土は金、金は水、水は木生むと考えられている。

前者の考え方を五行相剋、後者を五行相生という。


酒呑童子:伝説では、丹波国大江山に棲み、財をかすめ、婦女を掠奪するも、源頼光らに退治されたという。本作では、健人の父から母を掠奪したことになっています。


水行符:水を発生させる霊符である。他にも陰陽五行の四つの霊符がある。


祝詞:本作では祓詞を参考に創作しています。あくまでもファンタジーですので悪しからず。


火生土:火は土を生むの意。陰陽五行を使用。


祓死霊符:死霊に悩まされる人が用いると解消される。本作では霊が寄り付かないようにという意味合いで用いております。


不受呪咀符:この呪符を所持すれば呪詛を受けない。本作では下記にある、返呪咀祟符と共に用いて呪詛を受け付けず、返すようにといった意味合いで用いております。


返呪咀祟符:この符を使えば呪詛を返すとされる。


式:本作では式神をイメージしています。術者の意思に従って動くイメージであるが、中には最初に命令さえしておけば自立して動くものもいるという具合です。


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