第1話
みんなにも経験があることだと思うけど、私がきっと一番だと思う。
本を読むと自分もその世界に入り込んだかのような錯覚に陥る。面白ければ面白いほど、深くリアルな世界へと引きずり込まれる。
…私は誰よりも、その架空の世界に入り込みやすかったのだ。
私は小さい頃から本がすきだった。book worm。よくそう呼ばれていた。
その日、私は高校の図書室で一冊の本を手に取った。題名は『A mental illness』つまり『精神病』という意味だ。
私はページをパラパラとめくってみた。どうやら、一人の精神病患者とその治療にあたった医師の話らしい。
そこまで厚いものでもないし、今までに読んだことのないジャンルのものだったので、私はそれをかりることにした。
家に帰ってさっそくその本を読んでみた。予想通り、その話の内容は少し難しかったが、私はいつものようにその本の世界に引きずり込まれた。
私は本の中で、精神病患者のポジションにいた。この本は、まず普通の生活を行っていた頃の患者の話から始まった。私も本の中で患者と同じ生活をしていた。
その患者は男性で、最初はみんなと同じように会社に行って働いていた。有能で期待もされていた。明るい性格で同僚に好かれていた。しかし、そんな彼がしだいに欝状態になっていく。
その理由は上司のいびりだった。やたらと仕事にいちゃもんをつけたり、雑用はすべて彼にやらせたりと、なかなかにひどいものだった。
はじめは怒られたら落ち込む程度だった。それがしだいに悪化し、ふさぎこむようになり欝状態となった。
しばらくして、彼は仕事を辞めた。それも悪かった。彼は自分の無力さ、期待を果たせなかったことへのうしろめたさからどんどんと悪い方向へ進んでいった。
それで、彼は友人の勧めもあり精神科へ通うこととなったのだ。
「夕飯よー!降りてきなさい!」母が呼ぶ声で、私は本の中から引き戻された。
続きが気になったが仕方がなかった。ご飯を食べてすぐ読むことにした。
ご飯を食べている間(本を読んですぐはいつもこんなものなのだが…)私は読み途中の本の中の患者のようにふさぎ込んでいた。
母にどうかしたのか。と尋ねられたがいちいち説明するのも面倒だったので、なんでもないのだと返事をした。
急いでご飯を食べて、私は再び本を手に取った。
早く続きが読みたかった。
「あなたは躁鬱病ですね。」
「躁鬱病…ですか?」
彼は聞き慣れない病名を医師に聞き返した。
「あなたの場合は心理的負担が原因でしょう。
…躁鬱病というよりも双極性障害…という呼び方の方が多いですが、気分が高まったり、沈んだりと両方をもつ気分障害のことです。
治療は薬物治療・心理治療です。薬物とは気分安定薬ですね。」
医師は一気に話し終えると今日渡す分の薬の説明をしだした。
薬を受け取って彼は家に帰った。一人暮らしなので待つものなどいなかった。今日のことを親に話すべきか悩んでいた。自分が鬱病だということが、恥ずかしくて仕方がなかった。
……気が付けばもう夜の12時回っていた。寝なければ明日苦労するだろう。私は本を閉じて寝ることにした。
しかし先程の彼の悩みが、まるで自分の悩みのように頭の中でめぐっていて、なかなか寝付けなかった。