王弟殿下の矯正実験の行方
前作「短編 こいつは同じ騎士見習いで男友達みたいなもんだって、それは侮辱と受け取って宜しいですか?」のスピンオフとなります。
単体でも読めますが、宜しければシリーズのほうで前作をお読みになって見てください。
本編の倍を超える量になってしまいましたが、楽しんで頂けると幸いです。
先頃、私の仕える主人、クリストフ王弟殿下の通われる学園にて、すこしばかり騒動があった。
騎士科の落ちこぼれ候補生が、同輩の女性候補生に性的なものを含む、極めて陰湿な侮辱行為を働いたばかりか、それに一部の教官や候補生が同調していたことが、被害者本人の告発によって発覚したのだ。
事態を重く見た殿下によって、関係者には罰がくだされたのだが。
「という訳で、ガイナス、お前に3ヶ月の臨時の教導監督として出向を命ずる、なにか質問はあるか? 」
なぜか、私ガイナス・エンドロードは殿下より、その不届者たちの指導役として出向させられることとなってしまった。
「まず持って、私は護衛として殿下に付き添っておりますから、共に学園へと参っております。その任を解かれ、期間を定めて学園の教官として赴任せよとの仰せで間違いありませぬか? 」
殿下の護衛の傍らなのか、それとも専属での勤務なのか、確認は必要と考え、伺いを立てる。
「あー、その認識で間違いない、短い時間だが、遠慮なく扱いてくれ、勿論、改心出来なかった者については、容赦なくこちらで切り捨てる」
その言葉に安堵する。全員をモノにしろと言われたら、少々厳しい。
「しかし、お優しいですな。全員、離職や退学なしとは、特にランパードでしたか、主犯の彼など、実家は学園への寄付も打ち切り、勘当同然と聞きますが」
結果的には切り捨てる覚悟であれば、落伍者など、配慮などせずに廃棄すれば宜しいものをと思うが。
「ガイナスは正義に厚いから理解できんだろうと思うが、今回の件、たかが女がすこし触られたくらいで騒ぎおってと、不満に思っている者も少なからずいる。それは、貴族の当主を含めた部外者でもだ。なので、あまり罰を重くすれば、私にたいして不満を持つ者もでる」
そう言われて、殿下の深慮遠謀を読めない不甲斐なさに項垂れるが、流石の殿下と足りない頭で考える。
「成る程、一旦の罰を与えて、そこからの再起の機会を与えることで、出来なかった者は切り捨てられるのは自業自得と納得させるのですな」
確か、罰を受けた候補生は任官のさいの内申点や、成績に応じた評価を0にされたと聞いている。よく考えれば崖っぷちだ。ここから、臨時教官の指導と、試験を潜り抜け、評価をすこしでも上げねば、騎士として栄達する未来はない。
教官も、降格に減給、そして懲戒の記録と、実はかなり厳しい処分を受けている。それを殿下の温情で学園に残れていると流布されたことで、軽い処分で済んだと誤認させている状態だと気づく。
「ガイナス、無手の英雄の君なら、遣り遂げると信じている。手段は問わない、君の力を存分に発揮し、学園の病巣を取り除いてくれ」
ここまで言われては応えぬ訳にはいかない。
「必ずやご期待に応えます」
私はそう言って、この件を引き受けた。
〜〜〜〜
「なぁ、ランパード、俺たちの新しい教官、クリストフ殿下の近衛隊長の鬼のエンドロードらしいぞ」
この前の一件で俺と共に処罰され、このろくに整備されていない第3訓練棟に隔離された騎士候補仲間が話しかけてくる。
「はっ、無手の英雄とか言われても、所詮は昔負った傷が元で剣を握れなくなった無能だろ、そんな者に何を教えられるって言うんだ」
俺は思ったままに悪態をつくが、周囲の者は同調し、口々にそうだそうだと囃し立てた。やはり、俺は間違ってなどいない。近衛だか知らんが、役立たずの王弟殿下に仕えることになった、第5分隊隊長など、さっさとボコボコにのして、俺の優秀さを思い知らしてやる。
そう考えていた時、訓練所に熊のように大柄で、顔に向かい傷を持った壮年の男が入ってくる。学園で何度か見掛けた事はある。殿下共々目立つ見た目で、すぐにわかる。
「鬼のエンドロードか、ただの厳ついだけのおっさんだろ」
俺の呟きに応える者も、囃す者もいなかった。
〜〜〜〜〜
「ガイナス・エンドロードだ。貴君らの教官として、3ヶ月のあいだ世話になる。先に言っておく、この3ヶ月を経て試験を行い、合格となれば、貴君らが失った内申点や成績評価は戻される予定だ、反対に不合格なら、赤字つきでの退学となる」
赤字つきでの退学という言葉に候補生たちは目に見えて狼狽えた。当たり前だ、赤字つきとは問題があるか、成績評価や素行評価が、0を更に下回っていると判断された証明だ。
退学というだけでも任官は絶望的だというのに、赤字つきとなれば、民間の機関ですら、先ずは雇って貰えない。ほぼ、人生の終わりを告げられたようなものだ。
「巫山戯るな、何の権限があるってんだっ! 」
思わず口をついた言葉だったが、おっさんの顔はピクリともしなかった。
「威勢がいいな、32番」
「なっ32番、……32番って、俺のことか? 」
いきなり番号で呼ばれた俺はよくわからんまま問い返したが。
「あー、言い忘れたな。全員これを見とけ。名前の横に書かれてる番号がこれから3ヶ月の貴君らの名前だ。番号はここに来る前の成績順だ、特に意味はない」
ここには40人前後が連れて来られた。全員が女への侮辱行為をしたと決めつけられた被害者だ。その中で俺が32番目だって言うのか、そもそも番号で呼ぶだと。
「犯罪者扱いする気かっ! 」
これには仲間たちも同調し口々に不満を叫んだが。
「あー、煩い煩い、自分の欲望やくだらん自尊心を満たすために女性を辱めるような、畜生に劣る外道が今更に人間ぶるな、騎士道の何たるかを解し、実力を身につけた時は名前で呼んでやるが、それまでは番号で十分だ」
さっきから巫山戯やがって、もう勘弁ならん。
「テメーみたいな剣も握れない奴に教わることなんてない。今ここで打ちのめして、この場で謝罪させてやる」
どうだ、ビクついて恐れ慄く、そう思った俺の前でおっさんはニヤニヤと嬉しそうに笑っていやがった。
〜〜〜〜〜
ここにいるのは、問題行動で処罰され、更生の名目で隔離された騎士見習いだが、そもそもこいつらは元から騎士科の中でも成績は低い者が多い、一応は候補生としては上位に位置した者もいるが、大抵は中位より下、家柄に胡座をかき、告発の前から素行が悪かったと評判の者ばかりだ。高位貴族出身の教官の選民思想が、そのまま騎士科の腐敗の温床となったのは、これを見れば言うまでもない。
現在の騎士科2年生68名3年生42名合わせて110名、その中でここいる43名は内申点と合わせた評価は各学年で上位に連なっていた。成績や実力の低さを家柄と寄付金を加味した内申点で補っていた連中だ。その中で32位。よくもまぁ、そんな強気になれるもんだと感心する。
「いいだろう。そこの壁に掛けてある得物、好きなものを使ってかかってこい」
そう言って前に進み、屯するように固まっている落伍者どもに端に散らばるように手を振って追いやる。
「後悔するなよ、おっさん」
本当に高位貴族の子息なのか、甚だ疑問なのだが、ランパードは幅広のロングソードを両手に持ち戻ってきた。
ろくに構えもせず、ヘラヘラと笑って両手で剣をプラプラと振っている。訓練用の木剣もあるというのに、刃引きはされてるだろうが、わざわざ厚手のロングソードを持ってくるあたり、殺る気は十分のようだ。
利き手の右を前に出し、やや半身に構えて、左を脱力したまま軽く曲げる。
踏み出したランパードは大上段に構えると、そのまま右手を狙って振り下ろした。
「今度はフォークも握れなくしてやるよ」
そう言って思い切り振り下ろした剣は盛大に空振りした。何のことはない、剣閃の軌道から紙一重避けるために、半歩、前に出た足を横に滑らしただけだ。
態勢の崩れたランパードの腕をとり、思い切り床に叩きつける。勿論、引き手は離しはしない。頭を打たれて死なれては元も子もない。
強か腰を打ったランパードだったが、剣は手放さなかった。掴まれたままの手を払うと立ち上がり、何とも言えん顔で捲し立てる。
「運が良かったな、今度こそぶった斬ってやる。テメェみたいなおっさんに負けるかよ」
避けられたのではなく、単に手先が狂ったと思っているようだ、実戦ならすでに死んでるとは思わんらしい。
「好きなだけ来い」
打ち込むたびに投げてやる。存外、根性はあったらしい。息も上がっているというのに、まだ闘志はあるようだ。
「その若さで体力すら劣るようではな。よく私を倒せると思ったもんだ」
煽ってやれば、周りから失笑が漏れる。さっき迄はやっちまえと囃し立てる声もあったと言うに薄情なもんだ。
「傷などと贅沢は言わん、切っ先をかすらせただけでも貴君の勝ちとしてやろう、32番」
「舐めるな、バカにしやがってっ! 」
肩で息をしていたというに、怒りに任せて一気呵成と攻め立てるが、剣筋は思ったよりは悪くないものの、疲労で体軸が定まらんでは動きが雑で緩慢になる。
避けるのは容易いからこそ、敢えて好きなように振らせてやる。ここに来て、得物の選択を間違えた代償がランパードを襲っているだろう。
一撃必殺で倒せると踏んでいたのだろうが、あの長大で幅広な分厚いロングソードを振り回しているのだ。
「クソがっ! なんで当たらねーんだっ! 」
得物の重さに振り回されるように足が縺れ、勢いのまま振り上げた手から、ロングソードはスッポ抜けた。誰かに当たって怪我させてもつまらんと、誰もいない方へと払う。
空っぽになった手を見て呆ける馬鹿の腹に前蹴りを入れれば、疲労と鈍痛に蹲って。
「おぅえ、うっ」
嗚咽とともに吐瀉物に塗れていた。
「挨拶はすんだな、これから、宜しく頼む」
応える奴は1人もいなかった。
〜〜〜〜〜〜〜
「なぜ私が教官補佐に降格なのですかっ 」
学園長に詰め寄るも、袖にされる。王立学園を優秀な成績で卒業し、近衛見習いとなるまでは良かった。それがクリストフ殿下のせいで学園の教官へと飛ばされ、それでも教官長にまでなったというのに。
「ルダンくん、わかっているだろう。クリストフ殿下が君の指導する騎士科に問題があると調査した結果だ」
また、クリストフ殿下だ、あの呑気な王弟殿下は何度、私の人生を破壊すれば気が済むのだ。
「あと、教官長の後任や、教官の再配置は追って決める事になるが、君は第3訓練棟を宿坊として訓練する対象処罰者たちの教導の補佐に就いてもらう。教導監督として赴任するのはクリストフ殿下の近衛隊長エンドロード卿だ。失礼のないように」
その言葉に思わず机を叩いて学園長へと詰問する。
「ガイナスだとっ 、私にガイナスの補佐をしろと言うのかっ! 」
私の激昂ぶりも意に介していない様子で、面倒くさそうに手を振った学園長は。
「あー、そう言えばエンドロード卿と君は学園でも
近衛候補時代も同期だったか。尚更、失礼の無いようにな。次に問題を起こせば、首だよ。比喩じゃない、文字通り、その首が胴体と生き別れになると思いなさい」
栄えあるルダン公爵家出身の私が、マルロ男爵家の従者に過ぎんエンドロード士爵家、元はジェントル出身のガイナスの補佐をまたするのか。
あまりの屈辱に勢い余って退職を告げようとした時、感情の削げ落ちた顔で学園長は告げた。
「責任を放棄して、この役から逃げるなら、君は辺境の閑職へと赴いて貰うことになる。クリストフ殿下の温情でここに残れているというのに、その好意を無にすることの無いように、わかったね」
用件は終わりと退出を言外に促す学園長に無言のままに部屋を出る。無手の英雄などと持て囃され、大衆人気もある王弟殿下と共に華やかな活躍をするガイナス。
「そこは、私の場所だったはずだ」
呪詛のように紡いだ独白が、掻き毟るように私を苛んでいた。
〜〜〜〜〜〜
「順調か、ガイナス」
学園のサロンにて、報告に来た私にクリストフ殿下は端的に尋ねてきた。
「まだ、ひと月ですからな。ただ、訓練棟にある空き部屋を利用し、宿坊として押し込み、規則正しい生活をさせておりますから、そろそろ、反発もあるかと」
私の言葉にさも可笑しそうに殿下は笑われた。
「反発が起こるのを待ってるような口ぶりだな」
意図した訳では無いが、本音が漏れ出ていたかと口を噤む私だったが。
「安心しろ。咎めているのではない。ガイナス、お前のことを信じているだけだ」
その言葉に、何としても期待に応えねばと前のめりになる私に。
「なぁ、ガイナス、お前が私の兄上を救ってくれた日から、お前は私にとって、最高の騎士だ」
10年前のあの日、絶望から救いあげて下さった殿下の言葉に喉が詰まる。
「殿下、10年前、私を拾い上げて下さった、あの日より、私の主上は殿下ただお一人です」
愉快そうに高笑う殿下に、私も豪快に笑った。
〜〜〜〜
「もう限界だ」
俺たち矯正組の中で7番と呼ばれている男は、その日の訓練を終え、寝床になっている広間で大声で叫んだ。
「どうした、バラン」
誰かがそれとなく声をかけたが、この場の全員が、バランに共感していたと思う。
「ルダン教官に気に入られてるお前らに男爵家出身の僕じゃ、逆らえなかったし、でも、そのせいで僕の人生めちゃくちゃだ」
ここに押し込まれ、全て時間管理された生活に皆、うんざりしていたが、まさか、俺たちに向けての悪意とは思っていなかった。
「おい、バラン。そりゃ、どういうことだよ。お前がここにいるのは俺たちのせいだってか」
バランにたいして、この場の全員が圧をかけ、悪意ある言葉で恫喝するが。バランは引かなかった。
「ランパード様たちはいいですよね。家の力で何とかなりますもんね」
一部の者が殴りかかろうと詰め寄ったが、俺たちの中でも小柄で、目立たなかったバランは大声で煽りだした。
「やれよ、殺されたほうがマシだ。ここで僕を殺せば、今度こそ、お前らも身の破滅だな」
狂気を孕んだ目に皆が怯えて一歩、また一歩と距離が空いていく。
「殺せよっ 殺してくれよ。……」
皆、何も言えなかった。理解できず、なぜ、という言葉が積み重なって。
「いい加減しろよ」
耐えきれなくなった数人がバランに殴りかかった。
「おいっやめろっ 」
止めに入った俺もとばっちりで打たれる。
「ふざっけんな、てめーら」
「あっ、オメーもブッ殺すぞ」
「やってやるよ、こら」
そこからは酷かった。
誰が誰を殴ったかもわからない、雑魚寝するための薄い毛布と敷布があるだけで良かったと思う。武器になり得る物があれば、間違いなく殺し合いになった。
散々と揉み合って、殴り合いに加わった者と、傍観していた者、誰もが苦り切った顔でそこにいた。
誰ともなく拳を振るうのを辞めたのは、それが無意味だと、そう気づいたからなのか、単に痛みにアホらしくなったのか。血を流して座っているバランに声をかけた。
「満足か」
額をきって血を流してるっていうのに、バランは笑っていた。
「これで、お前らも終わりだな」
そのあと、怪我をした者は処置のために一旦、用意されている医務室に連れて行かれた。
「なぁ、ランパード、あいつの言ったとおり、俺たち、もうダメだろうな」
伯爵家出身で、よくつるんでたサイモンが肩を抱いて言ってくる。声は沈んで小さかった。
「何がだ」
「みんな、薄々は気付いてたろ。ここで3ヶ月生活して、最終試験受けて合格したとこで、その前までの評価が0から元に戻るだけ、他の騎士科の連中はその間も加点されてんだぞ」
言われて見ればそうだ。それに加えて。
「処罰歴あり、か。そうなりゃ、復帰後の内申点は引かれても文句言えんもんな」
さらにここで喧嘩沙汰。確かに終わったな。
「なぁ、ランパード、エンドロード隊長、無手の英雄は強かったか? 」
「嫌味か、ボコボコにされたの見てたろ」
「ならよ、今度は全員でやろうぜ、どうせ、俺達は後がないんだ。あの教官、みんなでボコボコにしてやろうぜ」
サイモンは肩から手を離して立ち上がり、大声でそう言った。その場の誰もが、勝てるわけ無いとわかっていた。このひと月、嫌というほど扱かれた。自分たちじゃ、束になっても敵わない。
「いいな、それ、一度やってみるか。どうせ、もうダメなんだしな」
処置を終えて帰って来た奴等も含めて、どうやってあの鬼教官を倒すかで盛り上がった。
バランだけが、その輪の外にいた。
〜〜〜〜
「そうか、喧嘩沙汰で複数の怪我人を出したばかりか、不満をためて、ガイナスを襲撃する計画を立てていたと、報告、御苦労」
元々は格納用の小部屋だったのだろう窓もない部屋に、ベット、サイドチェスト、ローテーブル、チェア1席とクローゼット、家具が詰め込まれ、薄暗いランプの灯りに揺らいでいる。
「どうした、用が済んだなら戻れ」
教官補佐として、必要な情報の交換のために呼んだことにしてあるが、長居されても困る。
「ほっ、ほんとに約束を……」
「余計なことは言うな。わかっているだろう。私を信用すればいい、家族のこともだ」
そう言えば、下を向いて、全身の筋肉が小刻みに震えている。
「とにかく退去しなさい」
一言促せば、出ていった。
王弟殿下の裁定は批判を躱すための一次的なもの。
3ヶ月が過ぎれば元に戻る。
私の降格も表向き責任を取らしただけのこと、何れ戻れる。
私の言う事を聞いていれば、大丈夫だ。
家族のことが心配だろう。
こんな分かり易い嘘に騙されるのだ。元より従順な生徒だったが、駒は手懐けやすい方がいい。
毒が回りきる頃には、思考など出来なくなるだろう。
未来に私の居場所が無いのなら、一人でも道連れに地獄へと堕ちて行くだけだ。
〜〜〜〜〜
どなたかが茶器を落として、カシャンという硬質な音が響きました。
「申し訳ございませんっ! 」
落としてしまったのでしょう、見習いメイドらしい、可愛らしい少女が顔を青くしております。
「怪我はないか、ワゴンに乗せ忘れていたカップとソーサーのセットを運んでくれていたのだね。私が忘れたばっかりに、申し訳なかった」
わたくしの侍女兼護衛として側に侍ってくれているマニエは、その凛々しい見た目とちがって、彼女らしい優しい配慮を言葉に包んでいますわね。
「そっ、そんなっ、これは私が粗相をしただけで、マニエ様のせいではありません。申し訳ございません」
そう謝る少女の顔はさっき迄の蒼白さはなくて、ちょっとキラキラした瞳でしたわ。あれはマニエに惚れましたわね。あのふさげ虫の言う、男のようなは、巫山戯た虚言でしたが、我が家の女性たちから見て、マニエは男装の麗人のような気品と凛々しさで大人気なのです。おまけに優しいですからね。
「メルティナ、でしたかしら、貴方の白磁のような綺麗なお肌が傷付かなくて良かったわ。茶器なら買い直せば良いから、失敗を反省したら、あまり引き摺らないでね、貴女は大切な我が家の1人なのですから」
マニエに倣って、優しく言ってみたのですけど、泣いてしまわれましたわ。
どうしましょうと内心で慌てるわたくしにマニエは微笑んでおりました。
「共に主人に恵まれましたね。さぁ、あちらですこしおやすみなさい。レニーアンヌ様は使用人が泣いていることを悲しまれる、優しいお方ですから」
マニエにそう言われて、彼女はありがとうございますと下がって行かれましたわ。
「勝手なことをして申し訳ありません」
頭を下げるマニエに微笑んで返します。
「いえ、見事な対応でしたわ。謝る必要なんて無くてよ」
そう言えば、マニエはありがとうございますと端的に、でもしっかりと気持ちを乗せて返してくださります。
「でも良かったのかしら、マニエ。まだ、学園で過ごしても良かったのよ」
先日の一件を経て、わたくしは正式に次期当主として後継の誓約を、暫定的なものから、全て正式なものへとしましたわ。
わたくしは学園には、まだ通っておりますが。わたくしの誘いに、マニエは間髪入れずに応じて、騎士として仕えることを決めてくださいましたの。
「元より未練はありませんでしたし、幸いにして、飛び級での卒業も、問題なく認められましたから」
笑顔で話してくださるマニエに心が軽くなりますわ。わたくしたちの日常は穏やかに流れておりましたわ。
〜〜〜〜〜
あれから、さらに2週間くらい経って、正直、ガイナス教官に勝てる作戦が思いつくどころか、勝てるわけ無いという気持ちが強くなる。
それでも、その日、俺たちは演習場に早々と集まると、教官が来る前から、各々手に武器を取って待ち構えた。
ただ1人、バランだけが、その輪から外れて隅に座っていた。
「なぁ、バラン、どうせ勝てないけど、みんなで教官に挑むんだ。バランも加わらないか? 」
バランのほうへと歩みよって、俺は声をかけた。バランに言われたことが、ずっと引っ掛かっていた俺は、とりあえず、バランに輪に戻って欲しかった。
「もう、巻き込まないでくれ。これ以上、父を悲しませたくない」
そう言ったバランへ、俺は言葉を詰まらせた。
「名門侯爵家のお前にはわかんないよな」
そう言ったあと、バランは俺に、俺たちに捲し立てた。
〜僕の故郷は特筆するとこもない。田舎の小領地だ。そんな利もない男爵家の僕が、近衛や王立騎士団を輩出する王立学園騎士科に入るため、僕は死に物狂いで努力して、勉強して、そうして、王立学園騎士科に受かったんだ。〜
「父上も母上も、兄も、弟妹たちも、とても喜んで、住み込みの使用人なんていないから、通いの使用人や料理人、庭師、その家族も祝福してくれて、領地の誇り、将来の英雄だと、お祭り騒ぎで送り出して貰ったんだ」
家族のことを話すバランはすこし上を見て懐かしそうに、そして苦しそうに話していた。故郷での祝賀のことも、顔を歪めて。
「なのに、ここに来て知ったのは、騎士科は実力じゃなくて、階級の論理が支配してるってことだった」
感情の削げ落ちた声で、淡々と騎士科の階級主義について語るバラン、俺たちは、バランの迫力に圧されて声を出せないでいた。
「故郷の誇り、自慢の息子、それがこの様だ。どう顔向けできる。僕はどの面下げて故郷に戻れるっ! 」
バランにだって非はある。そう思っても、期待を背負ったバランが、その期待に応えるために、俺たちの顔色を窺っていた。この前それを聞いて、確かにバランは、いつも俺たちの後ろにいて、俺たちの従者のようだったと。
「勝手にガイナス教官にボコボコにされろよ。わかるか、此処に送られることが決まって、父から届いた手紙になんて書いてあったか」
俺は答えられなかった。俺の家は、ほぼ俺を切り捨てて、手紙なんて寄越さなかった。
「信じてる。体に気をつけて無理をするな。みんな、お前の幸せを願ってる。バラン、お前は私たちの自慢だ。そう書いてあった。……なんで、なんでなんだ。僕は……」
泣き崩れるバランに俺たちは何も言えなかった。バランの両親が、バランを絶対に見捨てないことへの嫉妬が俺にはあったと思う。それ以上に、そこまで期待され、愛された才能あるバランを、俺たちは潰してしまったんだと。
謝ろうと思った。
「バラン、その……、いや」
ごめん、でも、申し訳なかった、でも、赦してくれ、でも、何でもいいから口にしたかった。けれど、そのどれも、軽いと思えて言えなかった。
「なんだよっ! 」
そう言い返すバランに答えようとして、演習場にガイナス教官が入ってきた。
「行けよ、倒すんだろ」
冷めた目で言うバランに。
「いつか必ず、……謝るから」
ボソッと言って俺はガイナス教官へと駆け出した。
〜〜〜〜
いつもの時間に演習場に来ると、矯正組の候補生たちは武器を持って、皆立っていた。
1人、バランだけが隅に蹲り、ランパードが傍らに立っていたが、私の方へと向き直ると、誰よりも先に私に襲いかかった。
「ほう、集団戦を教えて欲しいのか。良いだろう、いくらでも掛かってこい」
私の挑発に、候補生たちが次々と襲ってくるが。
「連携がなってない。狼のほうが理路整然と攻めを組み立てる。お前たちは落ちた金貨に群がる乞食と同じだ」
言葉が悪いが、直感で理解出来るものでなくては、この状況では伝わらない。
四方から攻めようとして、お互いに交錯する。武器が邪魔し合う。体の向き、視線、僅かな足の動きで、自爆を誘発する。敢えて動きを阻害するところに投げて時に敵の影に入り、盾にする。
「なんでだ、なんで当たらない」
「バケモンだ。勝てるか」
数度に渡り投げられ蹴られた者が脱落していく。それでも数人が必死に喰らいつくが。
「お前だけだな、32番」
残ったのは意外にもランパードだった。
無言で剣を振るう、あの日と違い、取り回ししやすいショートソードで巧みに連撃をしてくるが。
「足がお留守だ」
隙を晒してやれば、大振りになる。躱して足を払えば、受け身を取りながら、すぐに起き上がった。
「ほう、成長したな」
肩で息をしているが、闘志はあるようだ。何か企んでいるようだが。そう思っていると、ややふらついた攻めで連撃に出て、剣がスッポ抜けた。
初日と同じ状況、違うのは、これはわざとだと言うことだ。わかった上でのってやる。剣を安全な位置に払い落とし、そのために空いた胸に、ポスンと拳が叩き込まれる。
「さ……触ったぜ」
随分と酷い顔になって、それでも悪そうに笑うランパードに。
「あぁ、そうだな、貴君の勝ちだ、ランパード」
崩れおち、体に凭れるように倒れるランパードは、そのまま膝をついて座り込んだ。
「教官、……俺は何を間違ってたんですか? 」
ランパードの言葉に驚くが、頭に拳骨をふらして。
「それは私が教えることじゃない。自分で考えることだ」
頭を押さえたランパードは、それでも確かに涙を流して笑っていた。
〜〜〜〜〜
「うわぁぁぅぁうぁぁあぅぁー」
色々なことが去来しては寝付けずに思わず身を起こして叫びあげた。周りから、うるせぇぞ、といった罵声と舌打ちが聞こえる。
「厠に行ってくる」
誰に言うでもなく、そう言って。よろけながら、僕は演習場に来ていた。
ひたすらに剣をふって、汗を流した。
「なんで僕は」
ガイナス教官にボコボコにされる奴等を見て、ざまぁ見ろと思っていた。
「立って、戦わなかったんだろう」
ガイナス・エンドロード卿に本気で挑んでいる奴等に、自分も交ざりたいと、そう思っても立ちあがれなかった。
「あの場所は」
ランパードは初日と同じように意外な程に粘り、そして剣をすっ飛ばした。幾多の戦場や敵襲を切り抜けた最後に立つ者には勝てやしないのだと。
『触ったぜ』
あの、ランパードが教官に認められ、名前を呼ばれた。僕に向けて言った、いつか必ずって、こういう事なのか?
「そこは僕の場所の筈だったのに」
なんで、立って戦わなかったんだろう。ガイナス教官に共に挑んで、認められることも出来たのに。
『家族のことは私に任せなさい』
剣を振る手が止まる。もう、言う事を聞きたくは無いし、恐ろしい。それでも、僕は結局、彼等より卑怯で卑劣だった。
将来のためと言って、彼等に迎合して女性たちを助けるのではなく、共に辱めた。体に触れてないとか、ただ、彼等の行為を肯定しただけなんて言い訳だ。
折角、努力して手にした、王立学園騎士科候補生という肩書と、その先に約束される未来を手放してでも、騎士道を貫く強さが無かっただけだった。
『賢い君なら、わかるだろう』
どうすれば、いいんだろう。あいつらに復讐すること、もう自分など、破滅しても仕方ないのだと言いなりになっていた。……でも。
「こんなところで、何してる」
突然の声に驚く。演習場の入口を見る。
そこに居たのは。
〜〜〜〜〜
ここでの生活も予定の3ヶ月を迎えようという頃、遂に試験だと、俺たちはガイナス教官に連れ出された。
久しぶりに第3訓練棟を出た俺たちが、連れて来られたのは学園にあるゲストハウスの一つだった。
「レニーアンヌっ! 」
思わず叫んだ俺に眉を顰めた元婚約者の傍らで、マニエ・カナリスが静かに感情の乗らない声で訂正した。
「ミッドガルド騎士補、フォーゲンドール伯女です。お間違え無いように」
返事をする間もなく、ガイナス教官から、説明が入った。
「このゲストハウスで5日間、此処にいらっしゃる次期伯爵家当主をお守りするのが、今回の試験だ」
俺たちは顔を見合わせる、俺の元婚約者に、俺たちが虐げた元同輩、これは公平な試験なのか?
「改めてフォーゲンドール伯爵家のレニーアンヌですわ。皆様、宜しくお願いいたします」
思い直す、元婚約者の彼女は私情で不公平な判断を下す人間ではない。とりあえず、試験を頑張るよりない。
俺たちはゲストハウスの間取りや周辺をもう一度確認し、配置や交代の段取りを決めていった。
「この人数で多少は大きいといえ、ゲストハウスの護衛なんて楽勝だな」
本当にそうだろうか。何かが引っ掛かる。2階建て全5部屋のゲストハウスで、俺たちは1階3部屋に常駐し、2階2部屋をフォーゲンドール伯女が使う。俺たちは2階には行けず、1階と外を固めて守るということらしい。
「一応は2階のテラス部分には指揮を執る者を置くようにってなってるが」
そう言った俺だったが、特に異論もなく、俺とサイモンが指揮官と副官として護衛対象者との折衝と指揮をすることに決まった。
改めてゲストハウスにて、フォーゲンドール伯女の元で護衛計画を話すが、そこにマニエ・カナリスの姿はなく、変わりに髪を短く切り揃えた、怜悧な美貌の眼鏡をした執事服の男が立っていた。
「フォーゲンドール伯女、失礼ですが、カナリス卿は? 」
そう問うた俺に、元婚約者はあっさりと答えた。
「彼女も試験官ですもの」
〜〜〜〜
「おい、マニエも試験官ってどういう事だ」
元婚約者から聞かされた言葉の意味を、俺たちは考える。
「サイモン、カナリス卿だ、言葉に気を付けないと、試験中だぞ」
サイモンに注意する。変なとこで減点されちゃたまらない。
「悪いな、気をつけるよ、それより」
「常にフォーゲンドール伯女の横にいるはずのカナリス卿のかわりに伯爵家の者だろう使用人がいた。なら、伯女の言う彼女も試験官という意味は」
「カナリス卿も襲撃側ということか」
俺たちの中で少し弛緩した空気が流れる。
やはり、難しい試験ではなく、形だけのものではないか、そんな雰囲気が漂うが、どうしても違和感が拭えない。
開始から2日が過ぎ、何事もなく過ぎていく、何事もなさ過ぎる。警戒したところで、何の襲撃もなく、そのことで逆に疲弊する者、緊張が緩み、だれる者とに分かれていく。
全体として、空気が悪い。
「試験中だぞ、もっと気を引き締めないと」
叱咤して見ても、あまり効果がない。そこに元婚約者が現れた。2階から降りて来た彼女は俺と数人の候補生に冷めた目を向けていた。
「あまり、マニエを舐めないでね。貴方達が敵う相手では無いのだから」
この言葉に俺とサイモンをのぞいた何人かが、明らかに苛ついた感情を見せる。不味い、そう思ったが、衝突はなく、事なきを得た。
「サイモン、なぜ、伯女はあんな事を言ったんだろうな」
その後、サイモンと2人でテラスから敷地を見下しながら話す。
「さぁな、ご自慢の騎士を、凄いと言いたかっただけじゃないか」
いや、少なくとも彼女は公の場所、公的な関係の相手に無駄なことや、軋轢を生む発言はしない。そのくらいは分かる、分かるからこそ、違和感がある。
考えろ、護衛をすることが試験とゲストハウスに連れて来られて、そもそも、何故フォーゲンドール伯女なのだ。俺との因縁やカナリス卿と俺達の因縁がある、その因縁を踏まえても護衛がこなせるか、というのだとしても、わざわざフォーゲンドール伯女を5日間も拘束するだろうか。
ただ、試験のための依頼者役なら、他に誰か適当な者をあてれば良いのに。
「ただの依頼者役……」
思わず口をついた言葉にサイモンが反応した。
「どうした、ランパード」
そうか、そういう事だと繋がっていく。彼女"も"と言ったのはそういう事だ。
「サイモン、俺達は間違ってた、フォーゲンドール伯女も試験官だ、この試験は因縁ある人物の護衛で、護衛対象者と信頼を築けるかを試すものだ」
「はっ、何だそれ、そんなの言われてないだろ」
「5日間、お守りするのが試験、確かにそれしかいわれてないけど、反対に襲撃があるとも言われてない。護衛依頼を受けて、それを期間内熟せというだけの試験だ」
「待て、なら俺達」
「あー、最悪だな。すでに半数は緩みっぱなしだ、そもそも、伯女とはこちらからはほぼ接触できない、たまに1階に降りて来たり、外を散策されるのに同行する程度、その時も」
「何人かは明らかにいい加減な態度だったな」
それを踏まえての今日だ。
「わざと怒らせようとしたと取るべきだ。情報を共有して、気を引き締めるぞ」
そう言った俺にサイモンはやる気のない顔をした。
「なあ、こんな落とす気満々の試験なんて、やる価値あるか」
気持ちはわかる、でも、やるしかない。
「なぁ、サイモン。俺達は失敗して、人を傷つけて、此処にいる。周りの人間は俺達がさらに失敗して、落ちぶれてくのが見たいだろう。第3訓練棟はそのための場所だった。そう思うんだ」
最近、この3ヶ月は何だったのかを考えてた。こんな無駄なことをするより、此処にいる者を退学にしたほうが、遥かに楽で、金も人も掛からない。
「俺達は見世物ってことか」
「違うよ。殿下も教官も、失敗した俺達が社会に受け入れられる場所を作るためにやってると思う」
その言葉をサイモンは鼻で笑ったが。それでも。
「そうだな、悲観するよりはそう考えるほうが健全だわ」
そう言って、笑っていた。
4日目となっても、依然として何も起こらない。
1階の広間に候補生の半分を集め、改めて、最終日に向けて話し合っていると、フォーゲンドール伯女が降りて来た。
傍らにはあの執事だ。
「皆さん、頑張っておいでで、明日まで改めて宜しくお願いいたしますわ」
優雅に述べる横で、無口な執事に強烈な違和感を感じる。
何故、男なのだ。帯同するなら侍女を連れて来ないか。そもそも、ここまで襲撃がないなら、カナリス卿を横に置けば、
「カナリス卿っ、そうか、フォーゲンドール伯女、横にいる執事はカナリス卿なのですね」
俺の突拍子もない言葉に候補生たちから呆れた空気が漂うが、フォーゲンドール伯女の後ろに控えていた執事が前へと出てくる。
「よく気付きましたね」
そう言うと短く切り揃えられた髪に手をかけ、引き剥がされたその下から長い髪が露わになった。
眼鏡を外せば、そこにいたのは間違いなく俺達の知るマニエ・カナリスだった。
「まさか気付かれるとはね、本当に驚いたわ、随分と賢くなられたのね、ミッドガルド令息」
元婚約者の言葉にも、カナリス卿の言葉にも反応できない。
「つまりは俺達は4日間も、暗殺者役を演じてる知り合いに全く気付かなかった間抜け、もっと言えば、本来なら試験終了まで気付けない間抜けとして処理される筈だったのか」
サイモンの目には怒りがあった。そう考えるなら、確かに切り捨てだ。
「そうね、確かにそう取ることも出来ますわ。けれど、殿下もエンドロード卿も、そのような性格の悪い方ではないの」
伯女の言葉に俺は納得する。この試験はやはり、あのまま、学園を放逐されては生き場の無かった俺達への温情だったのだ。
「カナリス卿、素晴らしい変装でした、貴女が暗殺者なら、私たちはとうにこの任務に失敗していたと言う事です。試験を通じて経験を積ませて頂き申し訳ありませんでした」
頭を下げる俺に、周囲が驚いているように感じた。
「本当に変わられたのね。エンドロード卿は素晴らしい手腕をお持ちだわ」
嬉しそうにコロコロと笑う元婚約者を見て、胸が痛んだ。彼女はこんなにも優しく笑う女性だったのだなと。そんなことも知らずに、随分と酷いことをしてしまった。
「フォーゲンドール伯女、改めて、貴女に謝罪を、カナリス卿、貴女にも、本当に申し訳ありませんでした」
深々と下げた頭の上から、優しい声が降りてきた。
「ええ、謝罪を受け入れますわ。元より、わたくしもマニエももう気にしておりませんし」
その突き放しが、とても心地良かった。
〜〜〜〜〜
遂に最終日、そこにはガイナス教官とクリストフ殿下もいた。
「試験、御苦労だったな。これで、終了だ」
俺達は全員が固唾を飲んで見守っていた。ゲストハウスの外、綺麗な庭園の中で、クリストフ殿下、フォーゲンドール伯女、カナリス卿、ルダン教官補と、関係者が揃う中での発表だった。
〜〜〜〜〜〜
「ガイナス、よくやってくれた」
この3ヶ月を労うと共に、仕上げへと向かう。
「殿下、此方こそ、機会を頂きありがとうございました。必ずや、決着を」
この言葉に万感の想いが込み上げる。10年、長かったが、ついに決着がつく。
「あの男は良い友を持っても、無駄だったな、ここまで腐っていたとは、……それより、ガイナス、剣を佩くなど珍しいではないか、変わった剣だが」
利き手で剣を握れなくなってより、一度も剣を佩びたことの無かったガイナスだが、今日は少し風変わりな剣を佩いている。
「いや、あの子たちの門出ではありますからな。たまには」
それだけでは無いと思うが、まぁ深くは訊くまい。それよりも、気になるのは、儀礼用に華美にならぬ程度に美しく装飾されているが、細身のやや短いロングソードで反りがある。
「山岳地帯に住む一族に伝わる、片刃の剣、カタナと言ったか」
「おぉ、さすがは殿下、わかりますか。一族の鍛冶が王都におりましてな、頼んで作らせた一点ものです」
嬉しそうに言うガイナス、この男が使えぬ物を腰に佩く訳もない。
「そうか、それは楽しみだな」
何を見せてくれるやら。
〜〜〜〜〜
殿下と共に試験を行ったゲストハウスへと着き、庭園の前に一同が揃ったところで、向かいに並ぶ候補生たちの前に出る。
「試験、御苦労だったな、これで、終了だ」
終わりを告げれば、候補生たちの顔は様々だったが。
「結果を言えば、条件付きの合格だ。復学するのではなく、貴君らには東部辺境の前線にて、騎士補として出向してもらう。そこで武勲を上げるか、地道に励めば、騎士として取立てられる」
この言葉には明らかに不満な顔をした者もいたが、ランパード、サイモン、そしてバランの3名は晴れやかな顔で、納得の表情を浮かべていた。
クリストフ殿下に前へと来て頂き、お言葉を貰う。
「皆、よく頑張った、この鬼教官の扱きに耐えたのだ、辺境の地でも活躍してくれると信じている」
ランパードを呼ぶ、陛下より賜った勅命の証書を代表として受け取って貰うためだ。
「頑張るように」
殿下らしい、端的な言葉での証書の授与だが、ランパードは震える手で受け取っている。
ふと、目をやればバランは呼吸も浅く、手が震えているのが見える。クリストフ殿下には伝えてあるが、まぁ、どうなるか。
ランパードが下がろうとするのを敢えて引き留め、証書を掲げさせる。
今一盛り上がりに欠けるが、まぁ、皆の視線が集中すればいい。
バランが決意を籠めて短剣を手にクリストフ殿下へと突進した。礫の一つも投げれば止められるが、様子を見る。
「何してるんだっ、バラン」
ランパードが気付き、抱き込むようにバランに飛び付き、そのまま押し倒した。
「バランっ、……ちがう、バランはこんな事する奴じゃないんだ。家族想いの、努力家で、……だから」
クリストフ殿下を見やれば、任せたと目が言っている。ならば問題無かろう。ランパードを殿下の側に留めて正解だった。
「バラン、よくやってくれたな。略式の式典にさいして、内乱者が要人を襲うという演習、この難しい役をよく引き受けてくれた。そして、ランパード、咄嗟に気付いて制圧し、バランを信じて、庇おうとした。随分と成長したな」
歩みより、身を起こしたバランと、呆けたまま此方を見ているランパード、2人の頭を撫でてやる。
クリストフ殿下の向こう、ルダンが此方を睨んでいた。
「十年前と違い、今度はこんな子供を使うとはな。随分と卑怯者に成り下がったものだ、マリウス」
バランを使い、クリストフ殿下を襲う。成功する必要は無かったのだろう。その事実さえあれば、私の経歴に傷をつけ、よしんば殿下に深手を負わせられれば、それで満足だった筈だ。
「結局、お前たちも私と同じだ、権力を使い、都合のいい物語をつくるのだろう」
ルダンの言葉は確かに事実だが、肝心な部分が抜けている。
「一緒にしてくれるな。お前は常に、己の私欲のためだが、殿下は常に国家と、民のために力を揮うのだ」
ルダンの顔には焦りは無かった。ただ、深い怒りと、憎しみがその顔を歪ませていた。
「出会った頃は、流麗な顔の貴公子だと、男ながらに見惚れるように憧れたもんだが。これではどちらが鬼かわからんな。鏡をみる暇も無くしたのか、マリウス」
私の言葉にルダンは爆発した。
「私を侮辱するなっ、ガイナスっ! 」
殿下に目もくれず、周囲の一切を視界に入れることもない、恐ろしく真っ直ぐな目のままに、ルダンは剣を抜き、上段より袈裟に斬りかかる。
「教官っ! 」
ランパードの声が聞こえる。
「お前に使うのは勿体ないが、マリウス、最期の土産だ」
腰元の柄を左手で逆手に掴むと、そのままに弓手引く、山岳の一族に伝わる、左手のみの居合術。
「なっ! 」
驚くルダンだが、既に振り出した剣閃は縒れることはない。すり上げるように抜き出した剣の腹でルダンの剣をいなして逸らす。
そのまま、剣を正眼の高さに切っ先を持っていけば、ルダンの鼻先に切っ先が突き付けられる。
「まだだっ 」
目の前の剣を払うため、振り上げて構え直すルダン、剣先を立て躱しつつ、こちらも構え直す。
ロングソードを両手で持ち、水平正眼から斜に構えるルダン。こちらは片刃の背を肩に担ぎ、握りを柄頭へと移して煽る。
「剣筋は素直なところは変わらんのだな」
返事に変わり、肩口を狙って鋭い突きが来る。こっちの切っ先は後ろを向いたまま。肩を落とした勢いで柄を下に引き落とす。平突きに対して刃を寝かして叩き落とす。刃を打ち付けて毀れても詰まらん。
「本当に素直だな、剣だけは」
「形無しの剣で中央を否定するお前が、近衛の隊長などと」
打ち落とされた反動で体を回して、横薙ぎへと繋げたルダンだが、後ろの足を引いて、体を軽くのけ反らす。がら空きの首元へ剣を引き上げるが。
「お前だけは許せんのだ」
強引な体重移動で剣の重みに振られるように側面へと避けたルダンは、懐から短刀を抜き出しフォーゲンドール伯女へと投げた。
「しまったっ! 」
10年前の光景が蘇る。非番の筈のルダン、当時は王太子であった陛下に向けて射られた矢。
「手癖の悪い御人ですね、そんなだから、生徒も倣うのです」
静かに抜き放った剣で、短刀を払い落としたカナリス卿に助けられる。
「なっ 」
思わずと呆けたルダンを追撃したのはフォーゲンドール伯女であった。
「わたくしのマニエがこの程度防げないはずはありませんし、何の問題もありませんわ。そもそも、そこの元教官は警戒対象でしたし」
それにクリストフ殿下がたまらないと言った様子で爆笑なさる。
「クッ、アッハッハあ~、はぁー。そうだな、友として信頼し、疑ってなどいなかったガイナスとは違う」
その言葉に、ルダンは剣を握り直す。
「私の犯行だという証拠などない」
静かな言葉だった、ただ事実を述べているといった温度がそこにはあったが。
「警備の穴をついて、物陰に潜むお前に気付いた。休日にどうしたと声をかける前に、弓を引くのが見えたため、陛下をお守りするのを優先し、この手の矢を受けた」
「マリウス、お前が弓を引いたのを、私は見ていたんだ」
その言葉にルダンは剣を取り落とした。
あの日のルート上で人員の関係で警備が薄くなる箇所は侵入経路と合わせて、問題はないとされていた。
マリウス・ルダンを疑う者などいなかった。恵まれた家柄に、近衛見習いという高い地位、犯行の被疑者に上がることすらなく、矢毒で7日7晩、苦しみにのたうち回った私は、剣を握れなくなった絶望に落とされた。
「ならば、なぜ、私の首は繋がったままいる」
ルダンは問い返したが。
「マリウス、まだ決着がついてない。剣をとれ」
正眼に構えて右を添える。真正面に剣を向ける。
「ふん、処刑されるなら、お前だけでも切り倒してからにしてもらうか」
ルダンの言葉が震えていた。
「マリウス、私はお前に感謝していたのだぞ」
男爵家の縁者として学園騎士科に入った私を迫害していた者を「くだらんことに時間を使う余裕があるのだな」と叱責し、助けてくれたことに。
「感謝されることなど、したことはない」
剣が閃く、ルダンの大上段から上段打ち、踏み込みの強さ、剣閃のブレのなさ、真っ直ぐな剣だ。
切っ先を振り下ろされる剣に正面から這わせる、剣先から鎬にかけた僅かな膨らみが、ルダンの剣を逸らしていく。真っ直ぐ前に割入る。
首筋へと切っ先を突き付け、勝利を宣言しようとした、その時。
「やっ、やっぱりガイナス・エンドロード卿は英雄だっ! 」
立ち上がって両腕を掲げたバランの声が響きわたっていた。
〜〜〜〜
結局のところ、殿下がランパードに関わり、騎士科の粛清に乗り出したのは、私とマリウス・ルダンの関係、そして殿下の判断の清算のためだったのだろう。
ルダンが何故、あのような凶行に及んだのかは今もってわからない。ただ、当時の私は気付いていながら、犯行の可能性を疑うことをせず、弓が引かれるに至って動くという体たらくだった。
私が矢を受け、騒ぎに乗じて姿を眩ませたようで。
剣を握れなくなった私は、近衛どころか、騎士すら引退することを余儀なくされた。
「どうせ、継承権を放棄する、さして重要でない私の護衛なら、腕に覚えあるガイナス・エンドロードを付けても問題なかろう。なにより、兄上を命がけて護った王家の恩人に報いることもせず、では、王家は恩知らずの恥知らずとなりますよ」
当時、まだ8歳だった殿下の言葉で、私はクリストフ殿下の近衛として復帰を果たしたのだ。
「ルダンが犯人です。ですが、彼にも事情があるのだと。幸いに怪我をしたのは私だけです。証拠も他にありません。温情をお願い出来ませぬか? 」
王家の面々に頭を下げ、ルダンを左遷で済ませた。
その事がこの様な形になるとは。
〜〜〜〜
その後、俺達、処罰組候補生たちは、条件付き合格という名の辺境への左遷に、ルダン元教官は中央復帰は絶望的な、かなり田舎の村の一兵卒として爵位や騎士としての紋章を剥奪されて飛ばされた。
ガイナス教官は当然だけれどクリストフ王弟殿下の近衛に戻り、フォーゲンドール伯女とカナリス卿は社交界で影響力を日に日に高めているらしい。
「しかし、良かったのか、バラン。中央に残れば王立騎士団へ入ることも出来たのに」
バランは加害側であると同時に被害者でもあった、なので、俺はガイナス教官にバランだけは騎士科に残せないかと話したのだが。
「1人だけ残されても針の筵だし、それにガイナス・エンドロード卿も王家の要請で近衛でありながら、戦場で武勲をあげ、英雄になったんだ。僕も英雄として、故郷に凱旋するんだ」
キラキラした目をみながら、俺も負けてられないと思った。
「バラン、あの時はゴメンな。過去にやってしまったことを、詫びたからと許される訳じゃない。自分の過ちと、向き合いながら、これからも頑張るよ」
そう言って手を差し伸べた俺と、その手を取ろうとしたバラン。その間に入ったサイモンが。
「門出だってーのに辛気くせーんだよ。明るくパーっと、ジメジメしてたら戦死するわっ! 」
謎の理屈でぶち壊すんだった。
〜〜〜〜〜
午後のひととき、執務の合間の休憩で心を解しておりますと。
「レニーアンヌ様、そう言えば、ランパードたちは無事に辺境で活躍しているようですよ」
そう、マニエが報告してくれましたわ。
「あら、もうふさげ虫とは呼べませんわね」
そんな冗談にマニエは上品に笑って返してくれます。
「レニーアンヌ様、それとは別にクリストフ王弟殿下より、次回の王家主催の夜会のエスコートの申し出が来ております」
淡々と告げるマニエに。
「宜しいんでなくて、わたくしと殿下ならば、双方に損はないでしょう」
その言葉を拾って、では、と動き出すマニエを見ながら、まぁ、当分は伴侶は必要ないわねと、抜けるような青い空に目を細めましたわ。
感想お待ちしておりますm(_ _)m
щ(゜д゜щ)カモーン




